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暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

〜Jacob's Dreame〜[2-15]
クルエントは荷物の中からGを取り出し、アヴァルスに手渡した。
その金の半分がジュードの分なのだろう。
アヴァルスが腕に抱きかかえているエルフを老人の足元に放り投げる。
エルフは気絶させられている為、起き上がる気配もない。

「…どうした? アンタの取り分だぜ?」

エルフを渡そうとせず、差し出された金を受け取ろうともしないジュード。
それを不審に思ったアヴァルスとクルエントの視線に少し焦る。

(リレミトでフィリアと入れ違いになったら困るな…)

フィリアが来れば何とかなるかもしれない。
商人の町で兵士長と戦った時のように。

「エルフを金で買ってどうするんだ? ペットにでもするつもりか?」

ただの時間稼ぎだ。
取引が終わり、逃げられては元も子もない。
しかし相手の目的を知る事は、彼らを捕まえる理由を作る事にもなるはずだ。

「私にはそんな趣味はないよ」

声を殺しながら笑うクルエントはフード付きのコートを脱ぎ、素顔を晒した。
深く刻まれた顔の年輪。ツヤのない白髪。どこか達観したような眼。
どうしても老衰というものを感じざるをえない。
老人はコートの中からナイフを取り出し、コートを捨てる。
彼が手にしたのは真っ白な柄に細やかな技巧を凝らしてある、聖なるナイフだ。

「エルフの価値。そんなはした金などと釣り合うものではないわ!」

声の調子が一気に変わり、視線が鋭くなる。
ナイフの切っ先を足元のエルフの首筋にあて、その美しい皮膚を裂いていく。
傷口から血が噴き出してくるが、そのエルフはビクリとも動かなかった。
そしてクルエントはうなじに垂れていく血を舌で舐め取り始める。

「お…おい……何してんだよ……」

アヴァルスも二十万Gのはした金を手にしたまま目の前の光景に釘付けになる。
無心に口付けるクルエントの表情は、まさしく愛撫する時のそれだった。
見ていて気持ちのいいものではない。
ピチャピチャと音が鳴る度に、老人に対する恐怖感が強くなる。

「くくっ…美味いのぉ……世界のどんな料理も勝てはせん」
「そんな……馬鹿な……」

クルエントが喉をゴクリと鳴らす度に、彼の体に変化が起こる。
顔のシワが薄くなり、肌にみずみずしさが戻ってくる。
白髪に本来の色が戻ってくる。
そして曲がっていた背骨が正され、体格がしっかりとしたものになっていく。

「若返り…か……?」
「ふふっ…クククッ……」

堪え切れないといった感じの笑いが、血に濡れた唇から漏れる。
その声はさっきとは違い、確かに若い。

「私は間違っていなかった……
 これが…これがエルフの正しい使い方よ!!」

老人だった者は立ち上がり、高らかに笑い始める。

「さぁ、そっちの物も渡せ。そしてエルフの住処を教えるのだ!!」
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい…!)

エルフの血を喰らった老人の目線がジュードに突き刺さる。

「くっ!!」

縛られるような力から逃れるように、クルエントから距離を取るジュード。
抱えているエルフがやけに重たく感じた。

「フォルテ!!」
「フォルティス……」

その時、部屋の入り口から悲痛な叫び声が発せられた。
フィリア達がやっと到着したのだ。

「フォルテっ! 大丈夫か?!」

今にも飛び出しそうなソールをフィリアが止める。

「ジュード」
「フィリアか……悪い…」

冷や汗を流すジュードが横目でフィリアに詫びる。

「最初からお前にも話しとけばよかったな…
 馬鹿な事したぜ……」

首を横に少しだけ振り、謝罪を否定するフィリア。

「…夕ご飯、ありがとう」
「あ…?」

ジュードは思い出せない。
お礼を言われるような事をした覚えもない。

「あの人が悪い人?」
「お、おう……」

何も責めないフィリアに、ジュードはますます申し訳なくなる。

「これはこれは……飛んで火に入る夏の虫、というヤツですな」

直立不動で傲慢な態度のクルエントの発言で、ジュードは我に返った。
そんなクルエントに女王が冷たい顔で告げる。

「……今すぐフォルティスを返して下さい」
「もう死んでますよ、これは」

その様子を楽しそうに見ながら、彼はつま先で足元に横たわるフォルテを蹴る。
フォルテの頭が女王達の方へと転がる。
顔は既に真っ白で、血の気がまったく感じられない。
そしてカランッと音がなり、フォルテの懐から宝石が転がり落ちる。

「これは…?」

クルエントが赤い宝石を拾い上げ、調べ始める。
フォルテが持っていった夢見るルビーだ。

「エルフさんよ、悪いが逃げよう。アイツはヤバい…
 ここは俺とフィリアで食い止めるから――」
「私の娘をさらった人間が何を言うのです」
「そうだそうだ! フォルテと一緒じゃなきゃ帰らないぞ!!」

ソールが武器を握りしめながら叫ぶ。
けれどこれ以上エルフが犠牲になるのは一番あってはならない。

「あのエルフはもうダメだ!! それにアンタまで捕まったら……」
「私がエルフを見捨ててどうするのです。仮にも私は女王なのです」

ジュードに聞かせるというよりは、自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。

「俺も手伝うよ! 結婚するって決めたんだ! 死なせてたまるかよ!!」
「ジュード」

フィリアがジュードの手を引く。
真っ直ぐジュードの目を見るフィリアの瞳は「お願い」と言ってるようだった。

「ちっ…仕方ねぇな…」

借りがあるフィリアには逆らえず、ジュードは戦うことを決意せざるを得ない。
抱えていたエルフを部屋の入り口に寝かせる。
向こうの手に渡らないように気をつけながら戦わなくてはならない。

(やっぱ最初からフィリアに話しておくんだったぜ…
 真理奈とパトリスは…まだカザーブか……)

帰って来ていたとしても、ここに現れる事はないだろう。
スーッと鞘から剣を抜くジュード。
クルエントは手にしていた宝石を自分の懐に入れる。
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