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暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

〜Jacob's Dreame〜[2-11]
――♪――

「ここまできてあなたは何を言っているのですか?」

静かに、けれどキツイ声がその場を支配する。

「私はソールと結婚すると申し上げたのです」
「そうではありません。そこまで説明しなくてはならないのですか?」
「もちろんその上で、認めていただきたいのです」

エルフの里。
森に囲まれ、自然と共に暮らしているエルフが住んでいる。
妖精と言えば手のひらサイズのものを思い浮かべるかもしれないが、
この世界でのエルフは人間と大して身長は変わらない。

しかしその他のイメージ――例えば美しさなどと言った――は、
個々人の差があるとは言え、概ね当たっていると言えるだろう。
しかし、この世界にそれを確かめる事が出来る人間がどれだけいるのか
という問題はまた別に存在している訳だが。
そして、その女王の間。
と言っても、その権威を象徴するようなものは自身が座る椅子だけだ。
そもそもここではそれを象徴するなどという事はほとんど意味を成さない。
エルフ自身に尽くす事よりも、世界に尽くすという事が求められるからだ。

「そんな事をしても、何も生み出しはしませんよ」
「どうしてそんな事が言えるのですか?!」
「この世界がその歴史を知っているからです」

そしてこの里に人間が訪れるなどという事は、非常に珍しい出来事である。
それはエルフの里が通常の手段では近寄り難いように隔離されているからで、
この里に生まれて死んでいったエルフの大半が人間という存在を知らないままであった。
そんな慣例の場所にあるこの里で、フォルテが唐突に決めた結婚を女王が許すはずもなく、
不毛な言い合いが続いていた。

「アンねぇにもそう言ったの?!
 アンねぇがルビーを持って行ったから?!」
「あの子の事は今は関係ありません」
「じゃあどうして!!」
「あなたが知る必要のないものです」

最初は丁寧な言い方をしていたフォルテだったが、今は大声で叫んでしまっている。
それは結婚が認められない事への憤りもあるが、
女王の心を変えなれない自分の無力さを嘆いているようでもあった。

「私知ってるんだからっ!
 ママがルビーを使ってる事!
 どうしていつも過去ばかり見るの?!
 私とソールは仲良く出来てるじゃない!
 これから結婚だってするんだからっ!!」
「それはあなたが何も知らないからです。
 もう好きとか嫌いとか、そういう次元ではないのです」
 フォルティス……どうして分かってくれないのですか」
「そんなの知らない! だって何も言ってくれないじゃない!」
「そうではないのです。
 それは私が知っていればそれでいいのです。
 私は……
 私はエルフが――」
「言い訳なんかどうでもいい!
 エルフの過去も私には関係ない!
 大事なのはいつもこれからだよ!!」

フォルテは前かがみになるほど大声で叫ぶ。
そして女王に向かって体当たりし、夢見るルビーを奪い去って走っていった。

「フォルテ!」

ソールがフォルテを追いかけ、外へ飛び出す。

「……どうしてエルフと人間は仲良くできないの?」
「それが、エルフと人間という種族なのです」
「……」
「キャー!!!」

女の子の悲鳴が聞こえてくる。
それに続いて数人が騒いでいるのが分かった。

「フィリア、と言いましたね?」

とっさに入り口に向かおうとしたフィリアを女王が呼び止める形になる。
女王へと向き直るフィリア。

「もう少しこちらに寄りなさい」

こんな時に何を言っているのかと思うが、
そうしなくてはならないと思わせる力をフィリアは感じた。

「……」
「……」
「あなた、ご両親は?」
「今はいない」
「フィリアねぇ! フォルテが連れてかれたっ!!」

必死になって叫びながらソールが女王の間に駆け込んで来る。
ソールに振り返らずに、コクリとフィリアはうなずく。

「ごらんなさい。これで分かるでしょう?
 いつもいつも…人間達は我々の事など考えてはいないのです」
「自分の娘がさらわれてるのに何言ってんだ!!」
「さらったのはあなたと同じ人間なのですよ?」
「くっ……」

会話に割って入ったソールは、フィリアの所まで走りその袖を掴むが、
どうしたらいいのか分からないといった感じでおろおろとする。

「…フィリア。
 あなたにこの私の……
 私達の気持ちが分かりますか」
「分からない」
「……分からないという事が示しているのです。
 人間とエルフ、所詮は相容れない存在なのだと言う事を」
「……」

「人間はエルフの事を理解しようとしない。
 エルフは人間の事を理解できない。
 そこに個人の感情などはやはり関係ないのです」
「……」
「それを知っているのはもう私だけでいい。
 エルフである事の悲しみをわざわざ体験しようとする事はないでしょう。
 だから人間と一線を画すように言いつけてあるんです」
「……」
「それが、エルフにとっての幸せなのです」

そう言った女王の目は、誰が見ても寂しそうであった。
隠そうとしても隠し切れない、そんな思いが無意識に現れてしまっていた。
今にも泣いてしまいそうな、綺麗な緑色をした瞳……

「でも」

その瞳をじっと見つめたまま、フィリアは自分の思いを素直な言葉にする。

「でも、だから、知りたいと思ったの」

その言葉に女王は目を閉じた。
フィリアはソールの手を握り、行こうと促す。
ソールは不安を打ち消すかのようにギュッと力を込めた。

「どっち?」
「連れてった男と一緒にいた男が『西の洞窟にフィリアと一緒に来い』って」
「……そう」
「待ちなさい」

2人が同時に振り返ると、女王が音もなく歩いてくるのが見えた。

「私も行きます」
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