暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語
〜Jacob's Dreame〜[2-5]
「おぉ〜よく見れば傷が結構あるなぁ」
それでもめげずに、ジロジロと観察し始める真理奈。
普段手入れとかはするけど、こんなにマジマジと見た事は無い。
そういう意味では、真理奈は今までで最もテッちゃんと向き合ってる事になるかな。
「そう言えばずっと一緒にいたのに、何にも知らないもんなぁ〜」
そんな人を好きになり始めの頃に吐くセリフを口にする真理奈。
まぁ知りたいって気持ちがあるのは良い事ですよ。
「他人になれ、かー。……自を捨て、客となり、己を茄子」
成す、ね。ツッコミ辛いからやめて。
「……」
正座し、目を閉じる。
自を捨てる事が他人になる第一歩という禅の心得ですか。
その先に再び形成される己は、先の自とは違う者である。
まぁ分かりやすく言えばロト紋のアレですよ。
姿勢を正し、呼吸を正し、心を正していく。
(めんどくさいからイヤなんだけどなぁ〜
これもテッちゃんの為、私の為、世界の為ってね)
とは言っても最初は色々考えちゃうんだよね。
(あ〜懐かしいな、この感じ。昔はよくやらされたもんだ)
厳密に言えば鍛錬じゃないから今では自己流入ってますけどね、
昔はきちんと練習してたみたいですよ。
そうこうしている内に雑念を制し、意識を制する事に成功する。
無意識とも言えない無の状態になってこそ、自を捨てたと言えるだろう。
そこで初めて他になれるんです。
すっと手を伸ばし、鉄の爪に触れる。
そして無の心が相手に触れる。
それは相手の心がこちらに触れてくる事でもある。
……
……
――!
「真理奈〜おるか〜?」
「ピィ〜?」
「だぁ〜!!」
扉が開かれる音と共に、ベッドに倒れこむ真理奈。
入って来たパトリスとブルーは何事かとうろたえる。
「も〜やめてよおじいちゃん!! もう少しだったのに〜!!!」
そのままベッドの上でバタバタと暴れる真理奈。
これは……失敗だ。
「おぉ、すまんすまん……もう夕飯じゃぞ〜と言おうと思ってな……」
「うぅ〜……」
「ピィ〜……」
涙ぐんだ目で鉄の爪を見る真理奈。
う〜ん……ドンマイっ!!
ブルーが真理奈に擦り寄り、慰めようとする。
「悪かったの……よし、お詫びと言っては何じゃが、ワシとデートしよう!」
「イヤ」
即答。
「まぁそう言わずに……美味しいモンが待っとるぞ〜」
「犬じゃないもん」
「腹減ったじゃろう。そうじゃ、今日はお酒も付けるぞ」
「……未成年だし」
「さらにデザート!」
「よし、行こっ!!」
パッと起き上がり、身支度をする真理奈。
そうか……
素早さは身代わりの早さでもあったんだよ!!(ナンダッテー!!
「オッケー、じゃあおじいちゃん行こっか」
チッチッ、とパトリス。
もう古いっす。
「せっかくのデートじゃ。パトリスと呼びなさい」
「あはw では参りましょう? パトリスさん」
「ピー!!」
腕を組ませる真理奈。
いいなぁ〜……
と、そんな感じで村中の食堂に向かった2人。
まぁデートと言っても、都会のおしゃれなお店って訳にはいかないよね。
その代わりに食事の内容をいつもよりも豪華にして、それらしく繕ってみる。
「ん〜おいしっ!」
「機嫌は直ったかな?」
「ん〜ん、一生忘れない」
「この食事でも駄目ですかな」
「これはこれ。あれはあれ」
「冷たいのぉ……」
会話の内容の割りには2人共楽しそうに食事を楽しんでいるみたいだ。
ブルーも満腹になったようで、真理奈の太ももでスヤスヤと寝息を立てている。
それより真理奈さん。あなたお酒飲んでもいいんですか?
この世界では別に良いとかいう設定は残念ながら無いんですけど。
とか言ってる間にも、真理奈はグラスを空にしてしまった。
「おじ…じゃなくて、パトリスはさっきの話分かった?」
「そりゃあの」
「じゃあ、もう少し分かりやすく話してくれたら許してあげる♪」
満面の笑みでお願いする真理奈。
そうじゃなぁ、と少し思案するパトリス。
「このような食堂のグラスが割れやすいのは何故か知っておるか?」
「ガラスだから?」
「ふむ。それが物理的という意味じゃ。
もう片方で多くの人の手に触れるから、という理由がある」
「手?」
「触れる事で無意識にその内の精神が物に宿るという話じゃった。
じゃからワシの精神が今グラスに注ぎ込まれているんじゃ。
酒を注ぐようにな」
「おぉ〜」
パトリスが真理奈のグラスに酒を注ぐ。
少し納得顔の真理奈は、ありがとと言ってパトリスのグラスにも注ぎ返す。
「得てして壊れやすいのは、ガラスである事とバラバラな意識がそこにあるからじゃ。
故にバラバラになりやすい。
しかし道具は人の手を渡る物だとも言える。
そこに同一の目的意識があれば、まぁそのような事にはなりにくいがの」
「ん〜なるほどね〜同じ目的かぁ。
でもテッちゃんの中にいる人の目的なんて分かんないよぉ……
あ、そうだ。ねぇ、おじいちゃん。おじいちゃんの昔の話聞かせて?」
「お、名前呼び間違えたの。これでは教えられんわい」
「あ〜ん、お願いー」
ふふと笑い、パトリスは真理奈をからかう。
「あれは元々レキウスの武器じゃった」
「れき……?」
思い出せない真理奈を見て、パトリスは愉快だと笑う。
「忘れたか。アリアハンの王様じゃ」
「おぉ〜あの人かぁ」
パトリスはなおもくっくっと笑い続ける。
きっと、王様なのに存在感の無いヤツじゃと心の中で馬鹿にしているんだろう。
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