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暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

〜Tower of Babel〜[8-3]
  「あーっ!!」
  「聞いてなかったみたいだから、自己紹介と三つ目を。
   僕は魔王ゾーマ。つまり、君が倒すべき相手はこの僕さ」

  「…………どうして殺したの?」
  「人を殺す事は悪い事なのか?」
  「は? 当たり前じゃん」
  「なぜ悪いのかって考えた事あるかい?
   僕らは動物を殺して食べるよね。実験の為に動物を殺す。
   恨みや快楽の為に人を殺す。戦争で人を殺す。
   生き物を殺すという行為はたくさんあるのに、罪になったりならなかったりする。
   それを決定するのは何なのか」
  「……」
  「それは圧倒的な強者だよ。
   強者が善悪の基準となり、弱者はそれを享受するのみ」

完全に悦に入った彼の演説は、たった一人の観衆さえも忘れられて続けられた。

  「つまり強者次第では、殺人も罪になるとは限らないんだよ。君だって歴史を習っただろう?
   今はたまたま殺人が罪になる時代だという事だよ。
   この世界も、あっちの世界もね」

力の抜けた王を、足で蹴飛ばして退ける。

  「しかしそれももう終わる。
   この僕が変える」

ニヤリと笑う。それは悪役に相応しい、あの笑顔。
 
  「分かった」
  「それは良かった」
  「あんたがムカつくヤツだって事が分かったって言ってんの」
  「知る事は素晴らしい事だよ」
  「そんなんだから人を殺せるんだよっ!」

真理奈は青年に突進する。
まず足払いを仕掛けて、それをジャンプで避けさせる。
そのまま一回転をして、飛び上がった相手に合わせてこちらも飛び上がる。
その遠心力を利用してソバットを叩き込むという作戦。

  (完璧じゃん!)

何が完璧なのか聞きたいところだが……
念のため右手を引き、パンチのフェイントを入れてから青年の前でしゃがみ込み、右足が床を滑る。
絨毯を擦る音と、何かものに当たる感触。しかしその感触は予想していない。
疑問が生じるが体は止まらずにそのまま予定通り動き、真理奈は蹴りを思いっきり空振りしてコケる。
最初の一撃で既に青年は転倒していたのだ。

  「いった〜……ちょっと! 真面目にやりなさいよ!!」
  「痛いな…真面目にも何も殴って来ると思ったから…」
  「フェイントに決まってんじゃん! 勉強しろとか言っといて、そんなのも分かんないの?」
  「……僕は武術を習った事無いからな」
  「は?」
  「うん、でも君を倒すのに訳は無いから安心して」

何かを小さくつぶやく青年。
真理奈が何を安心すればいのか聞こうとした瞬間、青年の体が真理奈の視界から消え去る。
そして今度は疑問を挟む間も無く、横から衝撃を受ける。

  「く……はっ…!」

自分の位置がいつの間にか変わっている事と、脇腹の痛みで吹き飛ばされた事を真理奈はようやく理解する。
青年はスクルトを唱え、素早さを格段に上げていたようだ。

  「これで分かったろう?」

青年の余裕ある言葉が真理奈には気に食わなかった。

  「この世界で君という存在に出会えたのはとても興味深い出来事だ。
   他にも誰か来てるのかな? 探してみるのも面白そうだ。
   けれど今日は闘う気分にはなれないな。だからもう帰るよ」

まるでそれは友達の家から帰る時のような軽さを持った発言だった

  「ちょっと待ちなさいよ! まだ勝負は終わってないじゃない!!」
  「いつから勝負になったんだい?」
  「私とあんたが会った時からよ!」

真理奈は自分のバッグにダッシュし、武器を取り出し、装備する。
学校のバッグにこんなモノ入れてるなんて…まったく怖い女子高生だな。

  「鉄の爪か。そんな装備で魔王を倒そうと?」
  「あんたこそ素手でいいの?」
  「そうだね。じゃあ僕の手下がやる事にするよ」

青年がモンスター達に合図をすると、三匹がゆっくりと近づいて来た。

  「卑怯者!!」

叫んだ瞬間、魔女が枯れた声でベギラマを唱える。
炎の波が高級な絨毯を焼いていく。
真理奈は助走を付けてベギラマを飛び越えるように飛翔し、そのまま魔女に攻撃しようとする。
が、そこにキラーエイプの巨大な拳が迫って来る。
巨体のキラーエイプにとっては、ジャンプした真理奈の位置が格好の射程範囲だ。
とっさに鉄の爪をキラーエイプの手の甲に突き刺す真理奈。
そこを支点としてジャンプの勢いを方向転換し、キラーエイプのアゴに強烈なサマーソルトを決める。

  グォッ……

白目を剥き、ゆっくり倒れるキラーエイプ。
音も無くキレイに着地する真理奈。
スカートを押さえるのだけは忘れないで…
着地の瞬間を狙って地獄の鎧が攻撃を仕掛けてくる。
真理奈の頭に向かって来る剣を鉄の爪で受け止め、地獄の鎧の腹に蹴りを入れ吹き飛ばす。
鎧が堅い。足が少し痺れた。

  ククッ……

再びベギラマが真理奈を襲おうとする。
横っ飛びに逃げると、真理奈の後ろにいたキラーエイプが炎に包まれた。
受け身を取って反転し、一気に魔女との距離を詰める。
魔法使いは接近戦が弱いのは知っている。
慌てる魔女に密かに微笑み、真理奈は彼女の乗ってるほうきを奪って魔女を転ばしてしまう。
そしてそのまま、ほうきで頭を殴りつけてやった。

  ガハッ…!!

ほうきを放り出すと、その場でいきなり後ろ回し蹴りをする。
その蹴りは、ちょうど真後ろまで来ていた地獄の鎧の兜にヒットする。
動く時の鎧の音で、真理奈に位置がバレてしまったようだ。
頭を揺らされフラフラとする地獄の鎧。
とどめとばかりに、真理奈は鉄の爪で兜ごと頭を吹き飛ばす。
見事な会心の一撃。ふぅ、と一息つく真理奈。
ガシャーンと、地獄の鎧が倒れる。
絨毯とキラーエイプを燃やす炎が次第に広がっていく。

  「お見事。いや、君は凄いな。本当に強い」

青年がパチパチと拍手をしながら、真理奈に近づいて来る。

  「逃げたんじゃなかったの?」
  「一つ聞いていいかな? 君がこっちの世界に来た時、どこに現れたんだい?」

真理奈はさすがにうんざりとする。こんなに会話出来ないヤツは初めてだ。

  「アリアハン! ってかアンタ何なの?!」
  「やっぱり。グリズリーを倒したのも君だったのか」
  「え? どうして!」
  「また今度会った時には、君の疑問に答えてもいいかもしれないな。今日はホント、もう帰るよ」

青年が真理奈に背を向ける。

  「待て待て待てー!!」

再三、真理奈が青年に突っ込み、鉄の爪で攻撃する。
が、振り返った青年はその細腕でいとも簡単にその刃を受ける。
ブレザーの袖は、一つも傷ついていなかった。

  「なっ……!!」
  「うん、まぁ一応仇を取っとくか。バギマ!」

彼が呪文を唱えると、鉄の爪の周囲だけで真空の刃が生じる。
高速回転するその刃は、鉄の爪の『爪』を綺麗に折ってしまった。
三本の爪が落ち、絨毯に突き刺さる。

  「勝負はお預けだ。今日は殺さない。こういうのは大抵死亡フラグなんだろうけどね。
   まぁ同郷のよしみってヤツさ」

ククッと声を殺して笑う。どこまでも気に触るヤツだ。
青年は再び真理奈に背を向け、出て行く。

真理奈はしばらくの間、炎と煙が充満しつつある玉座の間で立ち尽くしていた。
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