[] [] [INDEX] ▼DOWN

暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

〜Tower of Babel〜[7]
―――7―――

  「プレナ! たすけに きたよ!」

その声は思わぬ方向から飛んできた。
プレナ達が振り返ると大勢の男達が広場に集まって来ているところだった。
その集団はこの町の住民だけでなく、スー民族の若者も交じっていた。
それぞれ武器を手にし、いつでも戦闘可能な状態……

  「皆……? どうして??」
  「そこのおとこが きのうむらにきた!
   プレナのまちつぶして スーもつぶすといった!
   ていこうするなら あしたひろばにこい ともいった。
   だからきたんだよ!」

話を聞いたプレナは思わず兵士長に怒鳴りそうになる。
が、拳をギュッと握る事でその怒りをどうにか押さえつける。
ここで我を忘れてしまっては全てが台無しになるだろう。

  「皆、ありがとう。でも聞いて。
   大丈夫。
   私達の町は潰れたりしないわ。
   だから皆落ち着いて。武器を置いて」

まだ武器を堅く握りしめているのを見ると、その言葉の全てを信じている訳ではないようだが、
興奮していた男達がプレナの言葉で飛び出すのを止めた。
プレナがいかに影響力を持っているかが分かる。
そしてプレナは再び兵士長に向かって話しかける。

  「王の私欲の為だけに働くなんて間違ってるわ。
   しかもその為に人を殺すなんて……
   
   人はもっと違うものの為に働くのよ。
   あなただって少しはこの町を見たでしょう?
   彼らは自分の隣の人の為に働いているわ。
   それが時に自分の家族であったり、お客さんであったりするだけよ。
   そして自分自身も誰かの隣の人になる事もある。
   だから誰かに優しくできるのよ。
   
   そういう風にしてこの町は回っているの。
   だからここまで大きくなれた。
   もし私の思うままに造ろうとしていたら、どんなに発展していても悲しい結果になったでしょうね。
   自分達の幸せより支配者の幸せだけを考えないといけないのだから……

   ……あなた達、この町を滅ぼしに来たと言ったわね。
   でも暴力以外で解決する方法、私はあると思う。
   だってあなた達の国に私達の町の隣じゃない。
   私達はあなた達を拒まないわ。
   お互いに手を繋ぎましょう?
   そうすればいつかきっと良い結果がでるわ」

この話をエジンベア王にしたかったのか、とっさに考えたのかは分からない。
けれど、少なくとも聞く者の心に打つものが確かにあった。
ただ一人を除いて。

  「ククク……そんな話に俺が感動して手を差し出すと思ったのか?」

  「――!!」

  「差し出すのはこの剣のみよ!!」

その瞬間、兵士長の足元から風が吹き出し、頭上へと舞い上がった。
バギの風だ。それはまだらクモ糸を切り刻み、空に吹き飛ばす。時間にして一秒程度。
風が止んだと同時に、体が自由になった兵士長が動き出した。

  「フィリアっ!」 「!!」

その声を合図にジュードの体も風に包まれる。
しかし、一瞬、遅い。
風が止む時、そしてジュードが動けるようになったその時、兵士長は剣を刺し出した。

  ズッ!!

文字にすれば、そんな感じ。しかし、実際にはそんな音が聞こえる訳ではない。
突かれた勢いで体がくの字に曲がる。

  ズシュッ……!

肉に埋まった剣を抜く兵士長。今度はその剣に引っ張られ、一・二歩前に歩く。

  「あっ」

小さく声が漏れる。無意識に傷口を手で塞ぐ。
温かい。血が手の平を撫でていく。
体中の血液がそこから抜け出そうとしているんじゃないか、という感覚に陥る。

  「これが答えだ」

良く砥がれた刃が左肩から右腰に向かって流れる。
肩にかかっていた髪がその剣筋に沿ってキレイに切り揃えられる。
そして返り血の雨が降った。

足の力が抜け、膝を折り、プレナの体がゆっくりと倒れる。
兵士長の剣から飛び散ったプレナの血が左目に当たり、ジュードは反射的に目をつぶる。

プレナが切られたのは自分のせいだとジュードは思った。
一度目の突きは、もっと早く動けるようにしておけば十分対処できた。
そして二度目の斬撃。ただ、傍観してしまった。

確かに兵士長とジュードの戦いの間に割り込んで来たのはプレナ自身だ。
しかしそれには納得がいかない。
プレナは避けようとしなかったからだ。

  (くそっ……! 何なんだよ……! 何でそんなに……)

今までこんなに変なヤツに会った事は無かった。
敵も味方も傷つかないなんて事は有り得ないのに、プレナはそれをしようとした。
ジュードにその考えは理解できない。

しかし、こうも思う。

  (……気に入らないが、お前の言う通りにしてやろう)

と。
目を開き、兵士長をしっかりと睨みつける。
ジュードの目元から、プレナの血の涙が頬へと流れていった。

  「「「「プレナ〜!!」」」」

その場に集まった町の男共とスー民族達はプレナに起きた出来事を理解すると、
口々にその名を叫び、敵に襲い掛かろうと一斉に走り出した。
ジュードが既に兵士長と打ち合っているのもきっかけになったのだろう。

  「ボミオス!」

パトリスはその場にいる全員に再び呪文をかける。
敵・味方含めて300とも500ともつかない人数に呪文をかけるのは容易ではない。
しかし、やらなければ犠牲者が出る。
それだけは避けたい。
そこでパトリスはもう一つ呪文を唱える。

  「スクルト!」

これでもし、誰かの呪文が切れて相手に飛び掛ろうとしても、ダメージを与える事はできないだろう。
こうする事でパトリスはパトリスなりにプレナの意志を尊重したのだ。
これで当面誰も傷つく事はない。
パトリスのMPが切れるまでは……
しかし、ジュードと兵士長。
この2人にはボミオスもスクルトも効かなかったようだ。
つまりこの決着は、ジュードと兵士長に委ねられたのだ。
商人の町は奇妙に静かだった。
全ての人々が広場の中央で繰り広げられているたった2人の戦いに目を注ぎ、
固唾を飲んで見守っていた。
今や2人の戦いは国同士の戦いと同義だった。
しかしこれを戦争と呼ぶのなら、それは何と効率的で、犠牲の少なく、あっけないものだろうか。

 ギンッ!! 
       ……ズサッ…… 
                 ザシュッ……!!

打ち合いの中、ジュードはとても冷静な自分に気付いた。
兵士長の攻撃も、自分の体の動きも、そして自分の心の中までも……
だからだろうか。ジュードは疑問を持つ。
自分を殺そうとする者に対して。

  「お前、何の為に戦ってるんだ?」
  「国の為! 王の為よ!!」

兵士長の剣がジュードの左腕を斬り付ける。
これで盾は使えなくなった。
しかしジュードも兵士長の足を傷つける。
  
  「本当にそんなモンの為に戦ってるのか?」
  「貴様もあの女と同じ事を?」
  「……まぁ全部は守れそうにないけどな」
  「くだらんな……」

2人の間に距離が出来る。
その隙に兵士長は足に手をかざし、何かをつぶやいた。
血の噴出が止まり、傷が癒える。

  「……そうか、あんた転職したんだな?」
  「あぁ、国の為、王の為にな」
  「もう聞き飽きたよ」
  「しかし、それが真実だ!」
  「そのまま祈っていればよかったのに」
  「神などいらぬ! 想像の産物に祈って何になる!!」
  「あぁ、なるほど。同感」
  「だから俺は真に俺を助けてくれたものの為に戦う!」

ガキンッ!! ガキンッ!!!

再三の仕切り直し。回復していないジュードの方がより不利。
受けるので精一杯。
しかしそれは最初から分かっている事。
レベルが違う。
けれど、負けられない。

  「あんたによく似たヤツを俺は知っている。けどあんたとは大分違うな」
  「我が主の為に死ね!」
  「……俺自身は特に誰かを守りたいとも思わない。
   そんな事して強くなれるのか……?
   けど、今だけは、そうさせてもらう」

それまで受け身だったジュードが上段に構え、兵士長に突っ込む。
と、ピカッと剣が光り、兵士長の目を瞑らせる。
それは太陽の光の反射か、それとも……

  (――!! このままでは……)

兵士長は暗闇の中でジュードの剣を受けようと無意識に剣を顔の前にかざす。
ジュードはそれに構わず、剣を振り下ろす。

  ス――ッ……

刃が交差したところから、剣が剣に切られる。
防御を打ち破った剣は続いて、鎧の左肩から右腰を切り裂いていった。

ジュードは突っ込んだその勢いで兵士長の左へ体を流す。
左足で着地。そして一歩進み、そのまま逆時計回りに体を回す。
兵士長の背後に回ったジュードは遠心力を使い、
兵士長の鎧の背後部分、右腰から左肩へと剣を走らせた。

自身の重みに耐えられなくなった鎧が、兵士長の体からガランガランと滑り落ちる。
そして兵士長も膝から崩れる。
その体には傷一つ付いていなかった。
しかしこれで兵士長は戦えない。

  「あんたより、あいつの方が強かったぜ」
[] [] [INDEX] ▲TOP

©2006-AQUA SYSTEM-