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暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

〜Tower of Babel〜[6]
―――6―――

明朝、町の大広場の中心にフィリアは立っていた。
霧が薄っすらと立ち込める中、ブルーを抱え、じっとしている。

朝の散歩を楽しむ人に時々おはようと声をかけられ、ブルーがそれに答える以外は静かなものだ。
散歩人は反応したのがフィリアでなくスライムだったという事に驚き、いぶかしげに去っていく。

フィリアはほとんど喋らない。
真理奈達が挨拶してもチラリと目を合わせただけで終わってしまう。
でもそれは言葉ではない、フィリア特有の表現方法なのかもしれない。

  「フィリアちゃん、やっぱいない?」

プレナが霧の中から現れ、フィリアに駆け寄りながら確認する。
フィリアはふるふると首を横にして左右に揺らして肯定した。

  「はぁ……どこ行っちゃったんだろ」
  「さぁな、もうほっといて出発しよーぜ。時間の無駄だ」

ジュードがプレナの後ろから近づいて来る。心底呆れたといった感じで冷たい言葉を放つ。

  「仕方ないの……真理奈は事が済んでから探すとしよう」

パトリスもそれに合流する。

昨日の夜、兵士長を探しにいった真理奈はそのまま帰って来なかった。
朝になっても戻らないので、もう一回探してからエジンベアに出発する事になったのだ。

その問題を考えると、携帯があるというのは何と便利な事なのか、改めて理解されるだろう。
待ち合わせや、動向の確認がすぐにできるのだから。

この世界にもそのような呪文があれば良かったのだが、今は仮定の話をしても仕方が無い。

  「とりあえず出発する事にしましょう。真理奈は弱い人ではありません」

ジュードの怒り。フィリアの疑問。パトリスの妥協。プレナの不安。
それぞれのモヤモヤがこの霧に表れている様だった。

パトリスがルーラを唱えようとした時、霧がさぁーっと動き、不意に視界が晴れる。
陽が差し込み、4人は目を伏せる。

まぶたをゆっくりと持ち上げると、広場を大勢の兵士が埋め尽くしているのが見えた。
しかし突然の出来事というのは理解するのに時間がかかるものだ。

  「何だ、貴様らか」

兵士長が相変わらずの無表情でそこにいた。

  (真理奈〜今日遊んで帰ろうよ〜歌わないとやってらんないよ〜)

  「そうだね〜ストレス発散しよーぜ!」

     …………

  (あ、真理奈先パイ! もう帰るんですか? 今度デートしましょうよw)

  「お〜おごってくれるならいいよw」

     ………

  (能登、ウチの部に入ってくれよ。お前なら全国狙えるぞ)

  「またその話ですか先生〜助っ人くらいならいいですよ」

     ……

  (……真理奈 …起きて ……遅刻するよ?
   ………ったく……
   起きろっつってんだろー!!)

急に頭が回転しだす。が、そういう時は霧が晴れた時と同じ様なものだ。
赤い絨毯。右腕を下にして寝そべっている自分。動かない手足。
少しずつ理解していく、一種の防衛本能。

  (あれ…? どうしたんだっけ…? 確か……)
  「気が付いたかな?」

突然の声に驚く。その声は背後から聞こえてくる。

  「誰?!」
  「手荒な事をしてすまないな。けれど……ふふ、仕方ないんだよ」

絨毯を擦る音が聞こえる。声の主が近づいてくる。
それから逃げようとするが、体に力が入らない。

  「まだ動けないはずだ。キャビンの腕はワシが認めている」

足音が耳元で止まる。

  (キャビン! そうだ! 私――!)
  「久し振りだな。会いたかったぞ」

そう言って後ろから顔を覗き込んでくる。この顔は……エジンベア王だ。

  「お前っ!」
  「おっと。女はそんな口を利くもんじゃないぞ。…くそっ、これでは待つのではなかった」
  「どういう事だよっ! 早く動けるようにしろ!」
  「まだ動けない、と言ったはずだ」
  「み、皆は?」
  「クク……もう殺されている頃じゃないか?」

  「何だお前ら! 特にお前!」

ジュードが兵士長に吠える。

  「我らの邪魔をしてもらっては困るのだよ」

そう言って兵士長は片手を振り上げる。それを合図に兵士達が解散しようとする。

  「むっ! ボミオス!」

すかさずパトリスが兵士達の動きを止める。対象の素早さを限りなくゼロにする魔法だ。

  「ふん…ピオリム!」

兵士長が真逆の魔法を唱え、パトリスの魔法の威力を相殺させてしまう。

  「なんと?!」

動き始めた兵士達に今度はボミオスをかけ続けて全ての兵士の足を完全に止める。

  「…邪魔をするなと言ったはずだが?」
  「いきなり言われて、はいそーですかってなる訳ねーだろ。 …お前の目的は何なんだ?」
  「ふん、まぁいい。貴様らから始末すればいいだけの話だ」

そう静かに言い放ち、兵士長はいきなり4人の方へ走り出した。

  「!! こやつにボミオスは効いておらんぞ!」

走りながら剣を抜く兵士長。その刃がパトリスに届く直前にジュードが同じく剣で受け止める。
が、わずかに兵士長の方が力が強いようだ。ジリジリと押されていく。
ジュードに焦りの色が見える。しかし少しでも力を抜けばやられてしまう。

  「ぐはっ!」

その時、ジュードと兵士長の競り合いの後ろから、フィリアの兵士長への攻撃が決まる。
ジュードはすかざず兵士長のヘソの辺りに蹴りを入れ、突き飛ばして距離を取る。

  「サンキューフィリア……」

フィリアはジュードをじっと見つめる。しっかりしろ、と言いたいのかな…?

  (分かってるよ……だけど、コイツ、強ぇ)
  「先ほどの質問に答えていただきましょう。あなた達は何をしに来たのですか?」

戦いの間を使い、プレナが問いかける。兵士長は剣を杖代わりにし、立ち上がった。

  「ふん、貴様らに言う必要はない」
  「そういう訳にはいきません。私はこの町の責任者です」

ずいっとジュードの前に進み出て、その立場を示す。

  「…なるほどな。では教えてやろうか。この町がどうして潰されるかを、な」

  「なっ! 何でだよ!」
  「最初から交渉など必要なかったのだ。必要なのはあの大陸へと渡る足だ。
   足さえあれば後は町を潰すのみよ」
  (な…何言ってんの?)

自前の論理を前提に話をされると、何を言いたいのかすぐには理解できないものだ。
しかし王はそれをする。基本的に傲慢なのだ。

  「あの町は使える。あの物流をこの手にすれば世界中のアイテムは私の物だ。
   そこへイエローオーブの話が舞い込んだ。お前達の事だ」

横たわる真理奈の側にしゃがみ込み、ニヤニヤと笑いながら機械的に事の次第を話し続ける。
王の間でだ。普通ならば到底有り得ない状況だが、それを咎める家臣はいない。
真理奈と王の2人きり…

  「あの時お前が荷物からオーブを取り出した。という事はその中にはイエローオーブ
   以外のオーブが入っているに違いないと感じた。事実そうじゃったからな」

王は真理奈に皮の袋を見せる。オーブが入れてあった袋だ。

  「あっ! 泥棒するなよ!」
  「泥棒ではない。これは収集だよ」

真理奈のツンツンした声色とは対照的に、王はその口調を崩さない。

  「戦争もその為だ。植民地などにはしない。
   我が国が支配する土地は、我が国民が住むべきだからだ。
   だから、彼らは皆殺しだ」
  「――!!」
  「理解したかね?」

  「そ…そんな事理解できる訳ないでしょ!! 何考えてるのよ!」
  「何も考える必要は無い。貴様らは我が国の為にいなくなればいいのだ」
  「――!!」

言葉には力がある。だからこそ、それは時に暴力として表現される。
相手の反論を許さず、ただその言葉を受け入れろ、とでも言いたげな兵士長の表情に
プレナは声を詰まらせる。

この人は怖い、と。

  「だから、死ね」

兵士長が剣を構え、再びこちらに駆けて来る。

  「くそっ!」
  「ダメー!!」

それに合わせて駆けようとしたジュードの右腕をプレナが掴み、自分の方へ強引に引き寄せた。

  「いっ?!」
 
上半身が後ろに引っ張られ、足は前に進もうとしたため、仰け反る格好になる。

ジュードが予期せぬ出来事に体勢を崩したところに、兵士長の剣が振り下ろされた。

ジュードはとっさに左腕に装備している盾でそれを受け流し、
プレナに腕を取られたまま体を捻り、兵士長の頭にハイキックを決める。
金属のぶつかり合う音が不快に響く。

フラつく兵士長に、今度はプレナを引き剥がしたジュードが襲い掛かる。
しかしそれもプレナのジュードへの体当たりで、攻撃が阻止される。

  「邪魔だ! 何で敵を助ける!」

ジュードはそう怒鳴りながらプレナを突き飛ばし、後ろへ向き直って兵士長と相対する。
レンガの敷き詰められた地面へと投げ出されたプレナは、
そのままの体勢で荷物からまだらクモ糸を取り出し、2人へ投げつけ、
再び剣を交えようとした2人の動きを封じた。

  「何なんだよっ!」

  「それはこっちのセリフよ! どうしてすぐに戦おうとするの? 
   それじゃあモンスターと変わらないわ!」

雲が太陽を遮り、広場を暗くしていく……

  「馬鹿じゃないの! それだけの為に人を殺すなんて!!」

しかし真理奈の世界の歴史は、そのようにして成り立ってきた一面がある。
そこまで思いが至らないのは、
真理奈が勉強不足だからなのか、勉強が本当の教育となっていないからなのか。
しかし思い至ったとしても、真理奈が発する言葉は同じだっただろう。

  「これからは魔王の時代ではない。モンスターでもルビスでもない。
   我らの時代よ。いつかはその事に世界が気付くじゃろうよ」
  「そんなの絶対におかしい!」
  「何とでも言いたまえ。 
   ……少々お喋りが過ぎたようだ。王としてのクセだよ、これは」

王は恐るべき内容を淡々と、ただ淡々と語った。
真理奈もプレナと同様に恐怖を覚える。

  「では本題に入ろうか。なぜお前がここに連れて来られたのか」
  「???」
  「オーブを手に入れるためだけの目的でお前自身をここに連れてくる理由などないだろう?
   しかも毒まで使って身動きできないようにしてまで、だ」

  「……! まさか!!」 
  「その通りだよ」

真理奈に手を伸ばす王。ニヤニヤは崩さない。
それどころか、ますます醜悪になっていく様に真理奈は感じた。
まず、肩に手をかけ、横たわっている真理奈を仰向けにする。

  「ちょっ! 止めてよ!!」

そして王は真理奈のブラウスのボタンを外そうと、胸元に手を持っていく。

  (マジ……?! 体! 動けっ!!)

しかし真理奈の体は、辛うじて手先が動くくらいにしか回復していなかった。

  「死ねっ! 変態!!」
  「女がそんな口を利いてはならんと言ったであろうが。黙ってろ!」

ボタンを少しずつ外していく王。 あぁ…真理奈の胸が……

  「やめろって言ってるだろ!!」
  「…ハァハァ……」
  「くっ……イヤー!!」

  「ふふ… いい! イイぞっ!! この肌触り! シャープなライン! 素晴らしい!!
   この服はどこで手に入れたのだ?!」
  「やめっ…………え?」

…………は?

  「そしてこのスカートの色! 素材! こんな服見た事が無い! は、早くこれを私の物にっ!」
  「服かよっ!!」
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