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◆fzAHzgUpjUの物語
[DQ4]

※STILL LOVING YOU
「ギター弾けるようになった?」
「そんなにすぐにはなれないよ。……私は『佐呂間さん』と違って弦楽器弾く天才じゃないんだから」
 高校の制服姿のままでスタジオに入ったボーカリストは、椅子に腰掛けるメイの足元に座り、床に置かれた譜面を覗き込んでいる。成長途中のボーカリストと練習中のギタリストは、他のメンバーよりも早くスタジオに入ることが自然と多くなっていた。
「ごめんね。元はと言えば俺が『佐呂間さん』のベースで歌えたら最高なのに〜! なんてミーハーなこと言ったから悪いんだよなー。……反省してるから恨まないで?」
「恨まないよ。今はもう、あなたの歌を引き立てる音を出そうと夢中なんだから。ね?」
 笑顔の裏にある邪とも取れるであろう思いを隠すため、メイはギタリストになってからサングラスをかけるようになった。演奏中、手元から目を離した時、真っ先に視線を向けるのはまだあどけなさの残る顔で歌うボーカリストだった。悪魔が味方しているのか、サングラスをかけて鋭さを増したメイの評判は、男性人口の多いメタル系バンドの世界にいても引けをとらないと噂になった。
「……俺がボーカルになったこと、後悔してない?」
 黒いレンズに隠れた瞳を覗こうと、ボーカルは精一杯メイの顔を見つめた。薄く小さなメイの唇が優しくつりあがり、子どもを相手にするための笑顔を作る。
「してないよ。……この先、『木暮くん』が高校を卒業しても大学生になっても、社会人になったって、ずっとこうして隣でギターを弾いていられればいいなって、いつも思ってる」
「ほんと?ずっとだぜ?ずーっと。俺たち一蓮托生?」
「うん。……私たち、ずっと一緒にいられたらいいのにね。『佐呂間さん』も『木暮くん』も私も、ほかのみんなも」
「……ねー、メイさんはいつになったら俺のことあだ名で呼んでくれるの?『木暮くん』って呼ばれるたびに、なんか背中のあたりがもぞもぞするんだけど」
「えー……?あだ名呼びってなんか恥ずかしいなぁ。おばさん、『木暮くん』みたいな若い子と違うんだから」
「何言ってんだよ。十分若いじゃん。ほら、一回呼んだら癖になるかもしれないよ?はい、呼んで呼んで?」
「んー……じゃあ。―――」

 ―――目が覚めて、よかった。呼んでしまってからじゃ遅かった。この歳になって起き抜けに泣くとかは勘弁。思春期の中高生じゃあるまいし。よりによって一番楽しかった頃の夢を見るなんて。何年前の話なんだか。私が彼を苗字で呼んでいたのは、彼がバンドに加わってから間もない時期だけ。一緒に活動してきた四年間、ずっとあだ名で呼んでいた。この世界に来てから忘れてた。彼はもういない。忘れようとすると、ふとした瞬間に記憶は蘇ってくるものらしい。
 落ち着けと言い聞かせても、嫌な汗は止まらずに寝間着をぐっしょり濡らしている。……未だ夢に出るほど、私は彼のことを好きでいたんだと痛感した。そして、……違う世界にいるときぐらいは聴きたくも口にしたくもない名前が出てきたことに、年甲斐も無く強烈なダメージを受けているのを自覚した。
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