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◆fzAHzgUpjUの物語
[DQ4]

湖の塔[1]
 昨夜、ホイミンくんから教わったのは「ホイミ」と「メラ」の二つの魔法だった。
 口と声で魔法の名前である「呪文」を唱え、それに魔力を乗せて相手に飛ばす。それが「魔法」というものだった。私にはなかなかの魔法の才能があるらしい。もといた世界に戻るのにも魔法が必要ならばと、魔力めいた神隠しの真相を探り帰路へのヒントを掴むため、ライアンさんたちに同行させてもらうことになった。
 ちっちゃいころは女の子の大半が、ピンクや赤のふりふりがついたお洋服を着て、星やハートや三日月のついた魔法のステッキを持って、かわいい魔女になることを夢見ていた。
 私だって、三歳や四歳のころからハードロックやヘヴィメタル一色だったわけじゃない。今でも魔法が使えるなら、そういう「かわいい」杖を持ってシャララーンと悪いやつをやっつけたい。
 ……なんて、いい大人が持つもんじゃない考えを持っていたのは、つい三時間ほど前のことで―――。
 「しゃあッ!」
 力むときの妙なクセとなってしまった掛け声と共に私が振り下ろしたのは、ライアンさんとお揃いの「鉄の槍」。有り金をはたいて武器を買おうと店のラインナップを見て、あんなに重たそうなもの絶対に扱えない! って思ってました。最初のほうは。だけども悲しいことに、アンプやスピーカを移動させたりとか、片手にマイクスタンドを三本とか四本とかまとめて持ったりするとか、そういった肉体労働のおかげで、私はこの世界の重い武器をありがたくもないことに扱えるみたいだった。これならテレキャスターでギャンギャン騒音聞かせたところをヘッドやネックで殴りかかったほうが私らしい気がするけど、見つからないものはもう仕方ない。ものすごく悲しいけど。給料半年間貯金しつづけて買ったやつだけども。
 ライアンさんのお下がりの「うろこの盾」をもらいうけ「鉄の槍」を手に、私たちは湖の塔の地下を目指している。
 ライアンさんがホイミンくんと出会った古井戸で見つけた靴は魔力がこもったものだった。ホイミンくんを左腕にしがみつかせ、右腕で私を抱きかかえて靴を履いたライアンさんは、二人と一匹分の体重なんてものともしないで重力に逆らい大空を舞った。飛び上がった瞬間、稲葉浩志にも負けないぐらいのシャウトをしちゃったのは、まあここだけの話ということで。
 塔なのに地下へ向かうのはなぜか。それは、空飛ぶ靴で着陸したのが塔の屋上だったことと、屋上から大目玉が子どもを無理やりつれて階下に向かうのを見たから。
 長い階段を下りて地下に向かうためには、まず入り組んだ塔の内部を探索して階段がどこにあるのかを探さなくちゃならない。それに付け加えて、塔には地上とは比べ物にならないほど強い魔物がたくさん出る。さっきからぜんぜん息が整わない私に、ライアンさんは木製の水筒を差し出しながら言った。
「メイ殿は、力があるのに体力がありませんな。気をつけてください。体力の無さは打たれ弱さの証です。けっして無理をしませんよう」

 呼吸のたびに肺からびゅうびゅう嫌な音がするのは十四歳のころから。ライアンさんたちと同行するのを決めたとき、覚えたてのメラで残っていたタバコすべてに火をつけて、一口ずつだけ吸ってあとは全部燃やした。ずいぶんと突拍子のない理由で禁煙することになったけど、これから毎日こんな長距離移動が待ち受けているなら、タールやニコチンなんて吸ってられない。バンドマンはボーカリストじゃないかぎり、大抵の人が喫煙者。私も例外じゃないわけで、鼻でらくらく呼吸をしているライアンさんとは違い、さっきからゼーゼー言いっぱなし。
「重い装備が出来る人って、普通は打たれ強いはずなんだけどなぁ」
「常識が通じない人間も中にはいるよ」
 気づかれないようにしていたのだろう、ソロ〜リと後ろから近寄ってきたダックスビルを槍でなぎ払う。トドメに遠距離からメラを打って完了。着々と強くなるのが実感できて、元いた世界でよく味わってた歯がゆさも忘れちゃいそう。
 ……ギターなんて、元から弾けたわけじゃないもの。ボーカル下ろされてギタリストにされて、弾けなくて弾けなくて。
「……メイ殿?どうなされた?なんだか遠いところを見ていたようだが」
「っあ、いや、なんでもないです、ごめんなさい」
 危ない危ない。魔物が出るところで昔のいろいろを思い出してる時間はないんだった。
「だいじょうぶ?痛いの?ホイミする?」
 心配そうにこっちを見つめるホイミンくんが黄色のぱやぱやにホイミの魔力を宿し始める。違う違う! 痛くないから! 大丈夫だから!
 微笑みながらも気を抜かないという、そんな矛盾に張り詰めた意識を蹴破ったのは、ライアンさんの立てる足音が突然早く、強くなったことだった。
「ゼノン!」
 ライアンさんが叫んだのは、人の名前らしかった。ホイミンと一緒に、走っていくライアンさんを追いかける。壊れたバトランド王家の紋章がついた鎧の兵士が、床にはいつくばっていた。鉄の鎧を鋭い爪が抉ったあとがあり、そこに至近距離からメラを打ち込まれたのだろう。肌が焼け焦げ、赤とピンクの内臓がはみ出している。ホイミンくんがぎゅっと目をつぶった。私も震える手を隠すためにホイミンくんを抱きしめた。
 倒れていたのはライアンさんの仲間のバトランド王宮戦士だった。戦士は語った。この塔の地下を拠点とした魔物たちは、世界を魔の手から救う勇者の復活を恐れているらしい。いずれ成長し強くなる勇者を子どものうちに始末しようと、魔族たちは躍起になっているのだそうだ。子どもたちの遊び場になっていた古井戸に、さっき履いてきた空飛ぶ靴を置いておけば、あとは待つだけというわけ。卑劣極まりない。
「……行こう。この下だ」
 友の死に唇を噛み締めるライアンさんの後ろで、ホイミンくんが遺体にホイミをかけていた。せめて死した後は人間らしくきれいに、と。
「……何がいいとか悪いとか、区別が付け辛い世界なんだね」と独り言を呟いて、ライアンさんに続いた。
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