[] [] [INDEX] ▼DOWN

◆I15DZS9nBcの物語
[すりりんぐぶれいぶはーと]

第一話(2)
「とまあボヤいてみたけど品種改良とかやってみたら面白いと思うんだけどな」
コシヒカリとか見てみろ、ありゃもう農家と偉い学者さんの血のにじむような努力の結晶だ。
時間こそ長くかかるが凡人でもやっていける道のりだ。
その間に何度か世代交換があるがその辺は勇者パワーで何とか。
現代に戻るのが無理ぽいなら田畑耕すしかない、この辺を見ればまだ開拓できる土地は有り余ってるし。
つーか、人類未踏の地のほうが多い気がするんだがそこんとこどうよ。
「ぶっちゃけ魔王が居る害ってのが理解できねーしなあ」
飯さえくってりゃ体力無限大だし、幾らでも仕事をこなせるぞ俺、そのためには種モミをかっさらってくる必要があるが……。
しかしモヒカンやろうにも敵は厖大、人類の敵は人類とネルフの偉い人も言ったわけで。
ヤツら魔物にはビビるくせに勇者には冷たいもので、完全に舐められてるぜ。
「あの勢いで魔王のとこまで攻めいりゃ今頃人の世が戻っていたろうに」
まああそこまで軍隊を派兵しようと思ったら兵站が破綻するだろうが……。
中世クラスの、しかも底辺っぽい感じの農業力では辿り着く前に朽ち果てる予感。
「略奪が基本だろこの時代、各自食糧装備集めろじゃ士気最悪の国力ガタ落ちだろうな」
徴兵で主な働き手分捕ったら国傾く、いや余裕で瓦解する。
先にも言ったが品種改良という概念が存在しないし、農業科学も発展していない。
ぶっちゃけ中世と言ったが古代級の生産能力だ、しかもこの大陸は旅の扉まで封鎖しているから物流がない。
定期船は存在するが魔物の襲撃を恐れて大規模な艦隊を組んでるわけでもなし。
「慢性的な飢餓と厭戦感、それに社会不安と鬱憤が溜まれば勇者が希望になるわけか」
四人ほどのパーティーなら動かす余裕があるってことだな、だからこそ俺の裏切りは相当堪えたってことだ。
「海渡れないだろうか、エルフに眠らされたあの村なら人一人隠れて住めそうなんだが……」
呪いを恐れ人も立ち寄らないし荒廃しているとはいえ雨露を凌ぐ屋根に道具が手つかずで残ってるはず。

何となく思ったんだが。

「魔王の目的は『恐怖』なんじゃねえかなあ……いや、もしくはどうしようもない絶望か」
もしくは緩やかな人類の衰退だな、魔王ってシロモノは相当イイ趣味をしているようだ。
「どう考えてもドSに違いない、絶対どこからか俺のこと監視してニヤニヤ笑ってるんだぜバラモスとゾーマの野郎」
そう考えると腸が煮えりそうになるが我慢我慢、こんなところで叫んで木をぶん殴ったら魔物に気づかれる。
俺にとって恐ろしいのは大量のモンスターの襲撃だ、数が多かったらどうしようもない。
幸いにもこの辺の分布を考えればさほど強いのは居ないが昔のエロい人は言った、戦争は数の暴力であると。
未完のビジュアルクイーン……じゃなくて、決戦兵器である俺には微妙すぎる。
広域戦闘魔法でも使えるようになれば「HAHAHAHAHAHA、今までの恨み晴らすべし!!」とでも笑いながら間引きを行うんだけど。
「国王のおっさん土下座して謝って許してくれないだろうか、せめて専門教育だけでもやってくれないとマズい」

なあんて一人トリップ天国に陥ってると何やら悲鳴。
あー、俺バカだは、こんなにも森がざわめいているのに――

「自分の殻に閉じこもって気付かなかった」
己の勘が警鐘を鳴らす、本格的に危険なシグナル、そして俺は聞いてしまった。
人の悲鳴、どうしようもなく絶望的な悲鳴、魂の底からひねり出す悲鳴、人生の末期、ただいちどだけ許された絶叫を。
現代人が失ったのは思いやりの心だとか、だけれども、俺のそばで、今、失われる命があるということは、絶対に、許容、できない。
次の瞬間には俺は風になっていた。
それは暴風だった。勇者とは即ち勇気あるもの、それは自らに向けるに非ず、それはどうしようもなく放射線状に内側から外側に伸びる力。
だからこその勇者、そのためのブレイブ・ハート。最後の武器は自分の勇気ってこと、それは決してケミカルではない。

単眼の巨人が居た。
その足元にはよく分からないが人の影がある。
正体がバレるなんてことはそのとき全く考えもしなかった。
だからこそその勇気はどうしようもなく本物で、怒りの鉄拳が空気の弾ける音ともに放たれた。
[] [] [INDEX] ▲TOP

©2008-AQUA SYSTEM-