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◆Y0.K8lGEMAの物語
[第十六話]

唯彼独尊[1]
甲高い悲鳴のような音をたて、顔が砕けた。
氷雨のように飛び散る冷たい飛沫を前に彼女は居た。

「ゲマ様!いかがなさいましたか!?」

どたどたと足音を荒げて部屋になだれ込む二つの異形。
それには答えず。憎悪に満ちた視線によって打ち砕かれた屑星の中、主は静かに口を開く。

「お二方に問いましょう。貴方達の働きは誰の為のものなのです?」

主から発せられた脈略のない問いに、不可解な表情を浮かべる二人。
それも一瞬の事。すぐに姿勢を正し、主の前に跪き返答する。

「私とゴンズの役目はゲマ様…しいては魔王様の理想実現のために尽力する事…」
「ジャミの言う通り。あっしらはゲマ様と魔王様のためならいつでも動きますぜ」

従者として実に模範的な解答。それを聞いた魔女が短く笑った。

「ほほほ…貴方達に聞いた私が愚かでした。良い、下がりなさい」
「しかしゲマ様…」
「聞こえませんでしたか?二度は言いませんよ?」

魔女はその視線を向けただけ。
ただそれだけで、魔族の中でも高位に位置する二人は慌てたように部屋を後にする。

「ほほほ…愚かな教祖も、三流魔王も…狭い世界で抗っていれば良いでしょう… まぁ…私の抗いも定めの中では無駄なのでしょうかね…」

誰もいなくなった部屋で自嘲気味に笑う魔女。
毒々しい紫の瘴気が漂う空間に、綺羅星のように鏡の破片が輝く。


         ◇


さっきまでの凶暴さが嘘のように、喉を鳴らしてサトチーに擦り寄る魔獣。
その行為自体は微笑ましい光景なのだが、如何せん体格に差があり過ぎて、どう見ても襲われているようにしか見えない。
まあ、当のサトチーが嬉しそうにしているからいいけどね。

「なんと。サトチー様とそちらのキラーパンサーは旧知の仲でありましたか。
 知らなんだとは言えとんだ無礼を…」

十年前。当時のサトチーに付き従い、様々な冒険を共にしたモンスター。
天涯孤独の身であるサトチーの幼少期を知る唯一のモンスター、それがこのキラーパンサー。
なるほどね。戦闘スタイルがサトチーに似てたのもその影響かな?

剣を向けた相手が主の戦友であった事を知り、平伏するピエール。
キラーパンサーにもみくちゃにされながら、サトチーが微笑みを向ける。

「最初は僕も気付かなかったよ。あんなに小さかったのに、すっかり大きくなって… そうだ、改めて皆に紹介しておこう。彼は僕の初めての仲間モンスター。彼の名前は…………」

そこで、サトチーの言葉が止まる。
言葉を止め、表情を止め、動きを止め、ただその口元が僅かに動く。

「名前…あれ?…プックル…ソロ…チロル?…いや、アンドレ…ボロンゴ?」

じっとキラーパンサーを見つめたまま固まるサトチー。
なぜか、その顔には困惑が浮かぶ。

「…サトチー卿…惑わされるな…正しい記憶は一つだ…」

戸惑い、視線を宙に泳がせるサトチーにスミスが静かに言葉をかけた。

「済まない。少し疲れたのかな…一度に色んな思い出が蘇って混乱してしまったよ。…そう、彼の名前はゲレゲレ。仲良くしてやってね」

―ゲ…ゲレゲレ?なんつうか、凄げぇネーミングセンスだな…

「何と素晴らしいお名前!ゲレゲレ…実に気高く優雅な響き」
―☆☆☆!!―
「ピエールとブラウンもそう思うかい?実はビアンカが考えた名前なんだけどね」

工工エエェェ(´д`)ェェエエ工工
―何コレ?俺のセンスがおかしいの?それともこれも世界の壁ってヤツ?

仲間との微妙な温度差に凍えそうになる俺。

「…この後はどうするのだ?ゲレゲレが無害な魔物だったとしても… あの村の人間がすんなりと受け入れるとは到底思えぬ…」

話の流れを変えてくれたのはスミス。マジ感謝。

「大丈夫だよ。あの村の人達も事情を話せばきっとわかってくれるだろうさ」

相変わらずゴロゴロと喉を鳴らしてサトチーに懐くゲレゲレ。
その豊かな鬣に手を入れ、優しく撫で上げるサトチーは幸せそうだ。
でも、あの村の人間たちにとっては畑を荒らしまわった憎い魔物なわけで… サトチーには悪いがスミスの言うことも納得できる。

「…やはり無駄か…ならば魔物が現れないうちに脱出するべきだ…」

くるりと踵を返し、洞窟の出口に向かって歩き出すスミス。
その無礼な振る舞いに奥歯を噛み締めるピエールをなだめ、俺達も後を追う。

さて、果たして受け入れてもらえるかね?
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