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◆Y0.K8lGEMAの物語

得獣失獣[6]
胸の辺りから黒板を引っ掻くような嫌な音。
足払いをミスった不安定な体勢のまま、胸に重い衝撃を受け、吹き飛ばされる。

「…痛ってぇ…」

痛みを堪え、なんとか受け身を取って立ち上がる。
ただの意地。だけど、この防具なら一撃に耐えられることがわかったのは大きい。

「さすが鉄の胸当てだ、あの一撃を受けてもなんともない…ぜ…」

胸の防具に目をやって絶句した。
ポートセルミで購入した鉄の胸当て。その表面に三本の太いエッジが刻まれている。

「…イサミ…ヤツは鉄の爪を身に着けている…天井に爪を食い込ませる荒業も……ヤツの異常な攻撃力もその力だ…生身で喰らえば助からぬ…」

背中に三つの傷を浮かべたスミスが倒れたまま忠告する。
鉄の爪…抉り取られた鉄板…もし、これが生身の部分だったら…
子供の頃、テレビの動物番組で見た肉食獣の捕食シーンが脳裏に浮かぶ。

ごくり…と、生唾を飲み込む俺。俺も相手も睨み合ったまま動かない。
こちらの攻撃は全て回避され、その瞬間を狙って強烈な一撃を叩き込んでいる。
動けない…それでも、相手が痺れを切らして襲い掛かってきたらそれまでだろう。

―☆!!☆!―

膠着状態はあっさりと終わりを告げた。
一番先に痺れを切らしたのは俺でも魔獣でもなく、その口に捕われていたブラウン。
小さな体をフルに使ってバタバタ暴れ、その赤い鬣を引っ掴む。
魔獣は堪らず首を大きく振り、ブラウンを俺の胸元へ放ってよこした。

「…っと、危ねえ!」

魔獣に噛み付かれて振り回されたはずのブラウンは思ったよりも出血がない。
見ると、蹴り飛ばされた時に作ったのか頭に大きなコブができているが、軽く目を回している以外は引っ掻き傷も噛み傷も見られない。
魔獣に捕われて天井に離脱したのが幸いしてか、猛毒の霧の巻き添えも免れたようだ。

「皆、下がってくれ」

ピエールの治療を終えたサトチーが、一行の前に進み出る。
低く構えて動かない魔獣を、真っ直ぐにその瞳で捉えながら。あくまでゆっくりと。
その手には、ついさっきブラウンが相手の首からもぎ取ったボロ布。

「サトチー様!なりません!!」
「作戦変更!『僕にまかせろ』イサミとピエールはスミスとブラウンの治療を」

ピエールにとって、サトチーからの指示は絶対。
強い警戒心をあらわにしたままではあるが、即座にスミスの治療に向かう。
俺にとっても歯痒いが、戦闘の場ではサトチーに従う。それが俺達のルール。

「鉄の爪…この刺繍入りのケープ…大きくなったね…」
―ガァウッ!!―

無造作に振るわれる鉄の爪。サトチーの体にじわりと赤い色が浮かぶ。
それでも、そのゆっくりとした歩みは止まらない。

「サトチー様!!おのれ…」
「大丈夫だ。持ち場を動かないで…」

鉄の爪が何度も振るわれ、金属が擦れ合う音が何度も鳴り響く。
その度にサトチーの服に小さな傷が増える。

―おかしい…
続けられるキラーパンサーとサトチーのやり取りに、何か違和感を憶えた。
俺と同じ違和感を他の仲間達も憶えたらしい。

―???―
「ええ…ブラウン殿の仰る通り奇妙ですな。あれ程の猛攻を繰り出しながら、どの攻撃もサトチー様のを浅く傷付けるのみ。それは一つの幸いなのですが… だとしても、サトチー様に傷を負わせる蛮行を目の当たりにしてむざむざ…ぬぅ…」
「…我々が受けた傷にしても同じ事が言えるな…あえて浅く…急所を外している…」

無防備な所に受けた傷。だと言うのに、俺達の誰も致命傷は負っていない。
俺が受けた一撃も急所となる首筋や腹部ではなく、胸当ての上を傷付けただけだ。

「ずっと一人で…寂しい思いをさせたね…」
―グウゥゥゥ…―

低い唸りを上げながら、じりじりと魔獣が後ずさる。

「その爪も、このケープも、僕から君にプレゼントした物だよね。十年…ずっと大事にしてくれていたんだね。ありがとう… 僕も君との思い出をずっと大事に持っているんだ」

―サトチーの腰帯に結び付けられていた、薄汚れた赤い布紐。
白と紫で統一されたサトチーの服装の中で、それは一際異彩を放つ存在。
以前、サトチーに尋ねた事がある。

『なあ、サトチー。気になってたんだけど、それ何かのお守り?』
『そうだね。僕にとっての大事なお守り…そして、いつでも僕を守ってくれる。』
『ふぅん…よくわかんねえけど、俺の世界でのミサンガみてえな物か。』
『みさんが?攻撃系の呪文かい?』

音もなく解かれた赤い布。
俺の世界でのミサンガは、それが解けた時に持ち主の願いを叶えるお守り。

ふわり…と、赤い紐が魔獣の鼻先を掠めた瞬間、魔獣の唸り声が消える。
何かに憑かれた様に身を伏せ、硬直する魔獣。その首にサトチーの腕が廻された。

「くじけそうになる度に、そのリボン…君とビアンカの思い出が守ってくれた。この十年…一度だって忘れた事はないよ」

鮮やかな赤い鬣に結ばれた薄汚れた赤のリボン。

「生きていてくれて…本当にありがとう…」

身を伏せていた魔獣が、がばっと身を起こす。
その目からは涙が溢れ、その金色の体毛に覆われた顔中を濡らす。

―オオオオォォォォォ…―

洞窟内に響き渡り、反響する遠吠え。それは歓喜の雄叫び。
顔を濡らし、その豊かな毛皮を伝う涙が地面に流れ落ちる。

こっちの世界のミサンガも、それが解けた時に願いを叶えるお守り。
ただ一つ違うのは、持ち主の願いを叶えるお守りではなく…
持ち主と持ち主にとって大事な存在、両方の願いを叶える…
両方にとって、大事な大事なお守り。



イサミ  LV 16
職業:異邦人
HP:41/77
MP:15/15
装備:E天空の剣 E鉄の胸当て
持ち物:カバン(ガム他)
呪文・特技:岩石落とし(未完成) 安らぎの歌 足払い ―――
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