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◆Y0.K8lGEMAの物語

得獣失獣[5]
治療は終えたが、かなり消耗したピエールを隊列の中央に据えて洞窟を進む。
ピエールの代わりに前衛を務めるのはサトチー。
普段は隊列中央からの回復やサポートに回ることが多く、前線に立つことは稀だが、長い時間をかけて磨かれた剣の冴えは見事だ。

突進力で相手を突き破るピエールの剣が”動”の剣だとするならば、
相手の踏み込みをいなし、すれ違いざまに相手を斬り伏せるサトチーの剣は”静”の剣。
果敢に攻め込んでいたはずが、気付いたら斬られている受け身の剣術。
恐らく、倒れた相手は斬られた事にすら気付かず命を落とすのだろう。
相手を不必要に傷つける事を嫌うが故に身についた優しい剣技。
それが相手の命を一瞬で刈り取る死神の鎌になるとは皮肉な話だねえ。

「さて…かなり奥まで辿り着いたけど、みんな怪我はないかい?」

その呼びかけに、ついさっきまで治療を受けていたブラウンが全身で答える。

「ははは…ブラウンは元気みたいだね。安心したよ」
「私は問題ありません。魔力も完全とはいかないまでも回復しております」
「俺も平気。道中サトチーがマメに回復してくれてたからな」
「…サトチー卿…失礼ながら貴公の消耗が著しいように見受けられる…」

俺の心許ない回復技で治療を終えたスミスがサトチーに辛辣な言葉を投げ掛ける。
…いや、本意はわからんけど、無表情・無感情な言葉から真意を測るのは難しい。
実際、ピエールが後ろのほうで『無礼者!!』とか叫びながら抜刀してるし…

まぁ、確かに受けに重点を置いたサトチーの剣術は被弾確率が高いよな。
実際にサトチーの左腕には突撃兵の攻撃を受けた痛々しい傷が見える。

「ん?あぁ、これくらいならベホイミで全快できるさ」
「…ふむ…一つ進言させてもらおう…時に慈悲は足枷となる……慈悲を向ける相手を見誤らぬよう…首領を失った一軍は非常に脆い…」

「わかった。君達を危険に巻き込むわけにはいかないからね」
「…そうではない…貴公にはもう少し我が身を案じて頂きたいだけだ……我々にとって貴公の存在は貴公が考えているよりも重い…」

口下手だが、はっきりと伝わるスミスの心。
ピエールも納得したのか、ようやく剣を鞘に収めてくれた。
当のサトチーには意味がわからないらしく、きょとんとしている。

「素直じゃねえなあ。ハッキリ言わねえとニブニブサトチーには伝わんねえよ」

―スミス達にとって何よりも大事なのはサトチー自身。それを忘れるな―

つまりはそういう意味だ。
ようやくスミスの言いたい事が伝わったのか、サトチーの顔に笑みが浮かぶ。

「ありがとう。スミス」
「……治療が終わったのなら先を急ぐべきではないのか?…」

ぷい と、そっぽを向くスミス。
―もしかしてスミス、照れてんのか?この辺はまだサッパリ読めねえけど。

下層に向かうに連れ、狭く入り組んだ様相を見せる洞窟。
足場の悪い通路だろうが、狭い袋小路だろうが襲い掛かってくる魔物。
それらを薙ぎ倒して(時には宝箱に化けた魔物を谷底に蹴り落として)俺達は進む。

そして、辿り着いた最下層。
こぢんまりとした洞窟内の小部屋にソレは居た。

「サトチー様、前衛に出てはなりません。こやつは…キラーパンサー。地獄の殺し屋の異名を持つ呪われし魔獣です」

地獄の殺し屋 キラーパンサー。
発達したしなやかな筋肉。その体は薄暗がりの中でも明るい金色の毛皮で包まれ、燃えるように真っ赤な鬣が彩りを添える。首周りに付着しているボロ布が邪魔だが、その物騒な名前とは裏腹に、その姿は美しい。

…が、象牙のように艶やかに輝く長い牙は紛れもない獰猛な肉食獣のそれ。
同時にカボチ村での風のような身のこなしを思い出し、身が硬くなるのを感じた。

「先手必勝!呪われし魔獣め、そこになおれ!!」

鬨の声を上げたピエールが狭い室内を疾駆し、渾身の突きを繰り出す。
次の瞬間、俺の視界にいたのはピエール一人。

魔獣の姿は消え、前方から呻き声と円盤状の何かが飛んできた。

「ぬう…やはり速い」
「ピエール!!」

ピエールに後の先の一撃を喰らわせ、その盾を弾き飛ばしたキラーパンサーは、床を蹴り、壁を蹴り、僅か一足で間合いを飛び越え俺達の背後に回っている。

「心配無用。これしきのカスリ傷…」
「動かないで!すぐに治療しなきゃ!」

ピエールの左腕には三本の傷が刻まれ、緑色の体液が滲み出している。
―鎧で覆われたピエールに傷を負わせるなんて…

―!!!―

隊列の後方を守るブラウンのハンマーが小部屋を揺らす。
身を翻した魔獣は回避の瞬間、ブラウンに強靭な後肢で蹴りを喰らわせる。

「…これならかわせまい…朽ちて悶えろ…」

スミスの口から迸るドス黒い気体。
強力な毒素を相手に浴びせるスミスの特技『猛毒の霧』
地を這う生物である限り、広範囲に流動する霧から逃げる術はない。

そう…地を這う生物である限り…

目を疑った。
暴れるブラウンをその口に咥え、その四つ足で取っ掛かりのない天井に立つ獣。
強靭な爪を固い岩盤に食い込ませ、落下する事なく天井に文字通り『立って』いる。
これには無感情なスミスも驚きを隠せないらしく、その動作が一瞬止まる。

そして、その一瞬を見逃す相手ではなかった。

「…なるほど…鉄の爪か…」

天井を蹴った魔獣がスミスに襲い掛かり、その背に爪を刻み込む。
事も無げに、猫科特有の身の柔らかさを駆使して地に降り立ったキラーパンサー。

「てめえ!ブラウンを放しやがれ!」

ピエールも、ブラウンも、スミスも一撃で戦闘不能にする戦闘能力。
俺が敵う相手ではないのはわかってるが、せめてその回復の時間を稼ぐ。
キラーパンサーの直前で身を屈め、その足元を狙って水面蹴り。
突進からフェイントで足払い。プロトキラー戦で編み出した俺の必殺コンボだ。

思いっきり外した。
てか、普通に避けられた。
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