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◆Y0.K8lGEMAの物語

得獣失獣[4]
若草色と鈍色が交差し、入り乱れる画像に遅れて金属同士の衝突音が鳴り響く。
一合、二合と切り結ぶ度に、若草色の液体が飛び散り、鈍色の破片が弾ける。
互いの歯軋りが聞こえるような鍔迫り合い。優勢なのは体格に優れる鈍色の戦士。
頭上から押し込まれる力を横にいなし、ピエールが距離をとる。

「ぬぅ…下郎と罵ったが、貴様の剣の腕は本物…悔しいが認めざるを得ん」

下のスライムと同じリズムで肩を上下させ、荒い呼吸を整えるピエール。
対するメタルライダーは所々に傷が見えるものの、その呼吸は穏やかだ。
―剣の腕は俺が見る限り互角。だとしたら、パワーで劣るピエールが不利か…

「だが何故だ!何故それほどの剣の腕を持ちながら魔に魂を売った?」
「逆に聞こう。弱者の盾となって戦う事に何の意味があると言うのだ? 私は狩られる側よりも、狩る側につく…弱者は弱者のまま狩られていれば良い」
「儚い種族であるスライム族を守る…それが我等スライムナイト一派の存在意義。己の存在意義を捨て、同族を狩る側に寝返った貴様を許すわけにはいかん!」
「今の私の存在意義は貴様等を狩る事。魔界の力を得た私が脆弱な貴様を叩き潰す!」

どちらが発したか、それとも両方が発したか、雄叫びと共に両者が肉迫する。
最上段から最大の力を込めて振り下ろされる鈍色の剣。

一太刀でピエールの脳天から下のスライムまで一刀両断する
…はずだった剣は、奇妙な液体音とともに天高く舞い上げられた。

「…な…貴様、私の腕を…」

最小限の動きで最短距離を縫い進むピエールの突きが相手の右肘を抉る。
その突きはカウンターとなって、全力で振り下ろされようとしていた鈍色の戦士の右肘から先を完全に粉砕し、斬り飛ばした。

「そこが邪な力の限界だ。何かを裏切って得た力は、必ず最後に自らをも裏切る。騎士は誇りを忘れぬ限り何度でも立ち上がる。そして、必ず最後に勝利するのだ」

剣を失い、剣を握る手をも失い、短い悲鳴をあげてうずくまるメタルライダー。
ピエールの剣は、曲線を描いて相手の首筋に当てられ…その先の動作は中断された。

「下郎とは言え、剣を失った相手を斬る事は騎士の名折れ。命拾いをしたな。貴様なら自分で傷を癒せるであろう?今後は過去を悔い改めて生きるがよい」

ピエールがその剣を引き、くるりと踵を返す。
傷付いた体を意思で支え、それでも胸をはって仲間の下へ帰る騎士。
―あのピエールのセリフ…どこかで聞いたなぁ。


ごきん


ありえない衝突音。ピエールの雄々しい姿が大きく傾き、そのまま崩れ落ちた。
地に伏した騎士の背後、鉛色の塊を左手に抱えて立つ鈍色の鎧。
その右腕から流れる銀色の液体で地を汚し、ドス黒い復讐の気配を背負っている。

「…なるほど…確かに下郎だな…」
「ピエール!!」

―背後からメタルスライムでぶん殴りやがった…卑怯者め。

「手助け無用!!」

駆けつけようとする仲間を片手で制し、よろよろと立ち上がるピエール。
剣を支えにして立ち上がるも、それで精一杯なのが目で見てわかる。

当然だ。あの硬いスライムで後頭部に痛恨の一撃を喰らったんだ。

「騎士の剣は”殺める”為ではなく、”守る”為にある…そうでしたな。サトチー様…こやつに『明日を生きる』事を命じた私の判断は正しいと信じております…」

消え入りそうな声で語り、再び剣を正面に構えるピエール。
その若草色のボディーを狩らんと、鉛色のスライムを振り回して突進する鈍色の鎧。
対して、ピエールはその場を動かずに構えた剣を引き絞る。

「だからこそ許せぬのです。サトチー様の御心を踏みにじったこやつを」

怒れる騎士の懺悔に、悲鳴のような音が覆い被さる。
それは例えるなら、ピアノの一番右の鍵盤を大音響で鳴らしたような音。

かたや、鉛色のスライムを前方に振りかざす体勢のまま…
かたや、一直線に伸ばした剣で鉛色のスライムを押し留める体勢のまま…
静止画像のように硬直していた二人。

ゆっくりと剣を引くピエール。メタルライダーは動かない。

鉛色のスライムの胴を透かして鈍色の鎧が見える。
そして、鈍色の鎧を透かして後方の壁が見える。

会心の牙突は鉛色のスライムを貫通し、鈍色の胴にも風穴を開けていた。

「さらば、嘗ての同胞。貴様を殺めたのは私…全ては私の力不足ゆえ…」

動かないメタルライダーの鎧。その隙間という隙間から水銀のような液体が漏れる。
最後に残ったモノは銀色の水溜りと、バラバラになった鎧。
そして、その前に剣を立て追悼の構えを取る若草色の騎士の姿。

―騎士は何度でも立ち上がり、必ず最後に勝利する―
ピエール以外の存在が口にしたなら、これほどの説得力を持っただろうか。
ピエールはその行動をもって自らの言葉を証明した。

「ピエール…」

俺の呼びかけに対し、ピエールはこちらに背を向けたまま動かない。
生命を失った水溜り。変わり果てた嘗ての同胞の前で騎士は何を思うのだろう。

「…私は…騎士として失格ですな…」

胸の底から絞り出すような声。顔は見えない。

「私は何一つ守れていない…主君の御心を汚し…嘗ての同胞を殺め… 騎士として守るべき物を何一つとして守れず…」

―それは違う。ピエールは正真正銘…
俺が発しようとした陳腐な言葉は、横から伸ばされた手によって遮断された。

「騎士ピエール。主として君に命じる」

いつもの優しい声ではあるが、どことなく威厳を感じさせるサトチーの声。
敬愛する主の声に、騎士がようやくこちらを振り向く。

「高潔な騎士である自分自身を否定する事を今後一切禁じる。そして、騎士の信念に従った行動を後悔する事…それも今後一切禁じる。例えどんな形だろうと、君が導き出した結果を僕は受け入れ、君を祝福する」

ゆっくりとした動作で剣を地に置き跪くピエール。
水銀色の返り血に塗れたその姿は、勇猛さと同時に気品さえ感じられる。
絞り出すような声は変わらず、けれども、その声に迷いはなく…

「仰せのままに。我が信念はサトチー様の広く深い御心と共に…」
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