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◆Y0.K8lGEMAの物語

得獣失獣[1]
月は雲に隠れ、どこまでも深い夜の闇の中。それはあまりにも唐突なコンタクト。
ガサガサと茂みが揺れ、大きな影が飛び出した。

―不意打ち…ヤバイ―

遅れをとった事を感覚で理解し、ある種の覚悟を決めた次の瞬間、虎のような巨大なシルエットは身を翻し、夜の闇の中に紛れて見えなくなった。
バキバキと枝葉を踏み砕く音。そして、カシャカシャと金属を打ち付けるような音。
音は次第に小さく遠くなり、夜の黒の中に風の音と虫の声が戻ってきた。

「村の中だってのに…今のが畑を荒らすモンスターか?」
「多分ね…でも、なんで襲い掛かってこなかったんだろう」

ポートセルミで出会った男の故郷。―カボチ村―
これといった交易手段を持たず、決して裕福ではないこの村は危機に瀕している。
夜な夜な現れるモンスターが畑を荒らし回るようになり、作物の収穫量が激減。
自給自足を営んでいた村民の生活を次第に圧迫し始めているらしい。
この事態を重く見た村人は、モンスター討伐を引き受けてくれる冒険者を雇うべく、都会に村の人間を派遣した。
それがポートセルミで出会ったあの男。

「…妙な話だな。てっきりあのままパックリやられると思ったのに…」
「サトチー様、くれぐれも油断めさらぬよう。いつまた闇に紛れて姿を現すか… 前方の安全確保は引き受けました。ブラウン殿は後方の警戒をお頼みします」
―!!!☆―
「いや、今夜はもう現れないと思うよ。もう夜も遅いし、今夜は宿をとって休もう」
「…馬車は私が見張っておく…宿には四人で泊まると良かろう…」

スミスに馬車の守りを任せ、四人で村の宿に入る。
古い農家を改築したような粗末な宿。俺達以外に客はいないようだ。
女将はピエールとブラウンを見て驚いていたようだが、すぐに受け入れてくれた。

          ◇
          
数時間前の騒動が嘘のように静かな夜だ。
さっきまで轟々と不穏な空気を撒き散らしていた風もやや収まったらしく、固いベッドに身を横たえると、聞こえるのは虫の声とブラウンの豪快なイビキだけ。

どこからか外の空気が漏れているのか、ぶるりと身震いした。
お世辞にも清潔とはいえない薄いシーツ一枚ではやはり肌寒い。
それでも、あの悪夢のような奴隷時代に比べれば…
神殿を逃げ出して何ヶ月が経っただろう…あの地獄を一日だって忘れた事はない。
そして、残してきた仲間達を一分だって忘れた事はない。

「…みんな…元気でいるかな…っぷしっ!!」

やはり窓の建て付けが悪いのか、小さなクシャミが漏れた。
すぅすぅと寝息を立てるサトチーを起こさぬようにそっと窓に手をかける。

「ん…やっぱり少し風が入ってるなぁ。まぁ、仕方ないか…」

窓の外は部屋の中よりも暗い完全な夜色で、その端に一点の薄赤い光を灯す。
あれはきっと町外れで夜営しているスミスの起こした焚き火の光だろう。
光はちらちらと無音のまま身震いを繰り返す。

「…外はもっと寒いだろうな」

部屋の隅で鎧の隙間から緑色の中身をはみ出させて眠るピエールと、すでにベッドから転がり落ちてイビキを上げるブラウンを跨ぎ部屋を出る。
宿の女将さんに夕飯の残りを温めてもらい、町外れに向かう。
本人は睡眠も食事も必要ないって言うけど、間違いなく生きてるもんな。

火はあまりに弱々しく揺れている。
ただ一度、風が吐息を吹きかければ根元から吹き飛ばされそうに。
そのすぐ前にスミスは無防備に座り込んでいる。

「……スミス?」

まるで生命感を感じさせないスミスを見て、俺の背中をじわりと嫌な汗が伝う。
今にも消え入りそうに揺らぐ灯りに照らされた朽木のような肢体がぴくりと動く。
揺らめく光と影の中では、それすらも錯覚に感じる。

「………イサミか…何の用だ?」
「あぁ…ほら、夕飯の煮物を温めてもらったからさ。持って来たんだ」

相変わらずどんよりとした視線を浮かべるスミスはいつもと同じ。
簡素な器に盛られた煮物を差し出すと、その濁った瞳に疑問の色を浮かべる。

「寝てたのか?珍しい事もあるもんだな」

俺の声にほんの僅か首を傾げるだけのいまいち希薄な反応。
スミスは無言のまま、消えかけた焚き火に顔を向けて薪をくべ始める。

「じゃあ…俺は宿に戻るよ。邪魔して悪かった」

パチパチと再び音を立て始める焚き火に背を向け、宿に向かう俺を呼び止める声。

「……気遣い感謝する…ありがたく頂こう…」
「眠れねえにしても、ゆっくり休んでおけよ」

焚き火の前で一人。豆の煮物をぼそぼそと口に運ぶスミス。
不意にその手が止まり、虚ろな瞳で崩れかけた自らの掌を見やる。

「…眠っていた…のか…」
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