[] [] [INDEX] ▼DOWN

◆Y0.K8lGEMAの物語

命命之志[1]
ラインハットの関所を後に西へ…サンタローズを越えて更に西へと馬車は進む。
今回の俺達の目的地は、宿場町アルカパ。
サトチーが言う、船出前にどうしても立ち寄っておきたい場所。
「へぇ、デールさんを狂わせてたのも魔性ってやつなのか?」
「多分…だけどね」
以前、スミスが語ってくれた『魔性』
無害なモンスターを凶暴な存在に変化せしめる黒い意思。
デールさんの異変もそれのせいだとすれば納得出来る話だが、一つ疑問が浮かぶ。

「でもさぁ、知能の低(ゴン!)…発育段階のモンスターはともかくとして、魔性ってのは人間の思考まで狂わしちまうのか?」
「…兄を失った事で心に深い傷を追ったデール王…そこにつけ込まれたのだろう…しかし…それでも人間を狂わす魔性とは…」
「悔しいけど、それだけゲマの魔力が強力だって事だろうね」
どうもねえ…ラインハットの件は一件落着となったんだが…腑に落ちないな。
あの鬼ババアが元凶なのは間違いないだろうけどさ、それで全部か?
ライターや殺人機械を作っちまうような科学力とかも鬼ババアの入れ知恵?
ん〜…そうは思えないんだよなあ。

「お話の途中失礼します。間もなくアルカパの町です。今夜のご指示を」
馬車の外から聞こえる遠慮がちな声。
声の主はパトリシアを先導するスライムナイト、ピエール。
ラインハット関所近くで俺達と戦闘になり、仲間になったモンスターだ。
「ああ、もう到着か…ありがとう。それじゃあ、町外れに馬車を着けてくれるかい? それから今夜は…スミスとブラウンと一緒に馬車番をお願いしてもいいかな?」
「御意。馬者の守りは我々にお任せ下さい」
深々と頭を下げ、手際よく下車の準備をするピエール。
「済まないね。本当は君達にこそベッドで休んでもらいたいんだけど…」
「そんな、滅相もございません。どうか我々の事などお気になさらず…」
「初対面のネチッこさが嘘みてえだなあ…人は変わるもんだねえ…」

今でこそ甲斐甲斐しく遠慮深いピエールだが、こいつとの戦闘は本当に嫌になった。
どんなにダメージを受けても回復魔法で何事もなかったように復活し、魔力が尽きても俺達の魔力を奪って回復魔法で復活。
お供のアウルベアーが全滅しても何度も何度も一人で立ち向かってきたピエール。
最後は奪う魔力を持たないブラウンの会心の一撃でようやくKOだったな。

「いや、耳が痛い。私自身はサトチー様の広い御心のお陰で変わる事が出来ましたが、残念ながら戦闘スタイルまでは変わらないようですね」
ホント。ピエールを一人ねじ伏せるのに、だいぶ消耗させられたもんなあ。
まぁ、今では確かな剣の腕に加えて回復魔法まで使える心強い味方だけどね。
…はぁ、俺ももっと腕を上げなきゃな。
今の俺では、剣も魔法も仲間達に敵わない所ばっかりだ。

「君達なら守りに何も心配はないだろうけど、くれぐれも無茶はしないようにね。僕から出す指示は『いのちだいじに』だよ」
敬愛するサトチーから発せられた指令に、ピエールが跪いて敬礼の仕草をとり、
それを真似してブラウンもその横にちょこんと跪く。
「御意。サトチー様に救われたこの命、無下にするような真似は致しません」

あの時、俺達とのバトルに敗れ、自ら命を絶とうとしたピエール。
そして、自らに剣を向けるピエールを救ったのはサトチー。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ブラウンの会心の一本足打法が直撃し、スライムごと吹き飛ばされる異形の騎士。
彼と対峙していたブラウンを制し、仲間達に回復を施すサトチーに騎士が問う。
『…くっ…なぜ止めを刺さぬ!同情か?憐れみか?勝者の優越感か?』
『生憎、僕は倒れた相手に向ける剣は持ってないからね。僕達はもう行くよ。君なら自分で傷を癒せるだろう?これからは平和に暮らしなよ。』
投げ掛けられたサトチーの言葉を聞いた騎士の体に僅かな力が宿る。
震える手で取り落とした剣を拾い、震える声で呟く。
『敗れてなおも生き延びろとは…このような屈辱を受けるくらいなら… 誉れ高き騎士の名に賭けて…血花の下に果ててみせよう!』
騎士の手の中に収まった剣がくるりと一転し、騎士自身の胸に向けられる。
ちょま…HARAKIRIってヤツ? そんなに思い詰めなくっても…

ぱーん!!
爆竹を一本だけ破裂させたような音。それはサトチーの平手が騎士の頬を打った音。
『何が誇りだ。騎士の剣は何の為にある! 敵を殺める為か? 自分を殺める為か? 騎士が剣の使い道を忘れてどうする! 騎士の剣は”守る”為にあるんだ!! 今日を生き、明日を生き…その剣で大事なものを守り続けるのが騎士だろう!』

珍しいサトチーの恫喝に衝撃を受けたように立ち尽くしていた騎士。
見つめるサトチーと、見つめ返す騎士の間に風が吹く…
彼は剣を地に下ろし、サトチーの前に片膝をついて深々と頭を下げた。
『…私は騎士の役目を忘れておりました。主に仕え、主をお守りするのが私の任… 私の名はピエール。あなた方のお陰で役目を思い出した一介の騎士で御座います。高貴なる目を持つ主君、どうか私にあなた方の守護を担う役割をお与え下さい。』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『いのちだいじに』か…
あっちの世界じゃあ口にする事も考える事もなかったなあ…
一瞬の油断が、迷いが、瞬きする間に俺達の命を刈り取るこっちの世界。
矛盾した話だが、そうだからこそ『いのち』って物を実感できる。
「…命大事に…なかなか良い言葉だな…」
夜営の準備を進めるスミスがぼそりと呟いた。
[] [] [INDEX] ▲TOP

©2006-AQUA SYSTEM-