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◆Y0.K8lGEMAの物語

紫焔一閃[3]
「デエェルウゥ!!」
大后が夜叉の形相でデールにナイフを振りかざす。
兵士達だけではなく、突然の事態に反応できないのは俺達も同じ。

…ただ一人を除いて。

何十年も前の無声映画のように流れる光景。
鈍い輝きを放つナイフが、デールの体に吸い込まれるように突き出される。
刹那、緑色の髪が鈍い輝きの前に立ち塞がり、狂乱する鬼女を突き飛ばす。
もんどりうって倒れる鬼女をに飛びかかり、組み伏せる緑色の髪の男。
鬼女を押さえつける腕から滲み出す真紅が緑色の髪に映える。

我に返る。
何が起こったのか理解できない俺の耳に狂騒が飛び込む。

「放せ! このガキだけは…」
「何を考えてるんだ!あんたはデールの母親だろ!!」
「黙れ!黙れ黙れ黙れぇ!このガキゃあ散々俺さまに歯向かいやがって。挙句の果てには俺様を牢になんぞぶち込みやがった。絶対に許せねえ!! こいつのお陰でラインハットを乗っ取る計画は全部ぶち壊しだ!!」

は? …何を言ってるんだ? ラインハットを乗っ取る?


「…見るに耐えませんね…」

澄んだ声…濁った声…どちらとも形容できる声。
いつからそこにいたのか、紫のドレスを身に纏った女がデールの傍らに佇む。
一般的な尺度でいえば綺麗の部類に属するであろう造形は作り物の様に冷たい。
その女は俺達に向き直り、目だけで笑う。それは心が焼かれるような残酷な目。

「少しだけお待ち頂けますか? 今すぐにゴミを処分しますので」

サトチーがビクリと大袈裟とも思える反応を示す。
俺もヘンリーも言葉が出て来ない…蛇に睨まれた蛙の心境ってやつか…

「俺様をゴミだと? このアマ…消し炭になって非礼を償えやぁ!」

大后の顔が、体型が、姿が変形し、その裂けた口から紅蓮の業火が迸る。
女は避けようとも防ごうともせず、そのまま燃え盛る炎に飲み込まれ…
炎が花火のように八方に散った。そこには先程の妖艶な女の姿はない。
四散した炎の中央から表れたのは…紫色の闇…

「ほっほっほ…道理はわきまえているようですね。正解ですよ」
闇色の魔女がかざした手の先に現れたのは、紅い闇色の太陽。

「お前の言う通り、ゴミは焼却処分するのが正解ですからね」
「な…何で大将がここに…話が違うじゃねえk…」

魔女が放つ紅い闇色の太陽は、悲鳴をあげる執行猶予すらも与えない。
肉の焼ける匂いと蒸発音だけを発し、大后であったモノは消し炭すら残さず消えた。

「ゲマァッ!!」
吼えるサトチーの瞳に、魔女が放った物と同じ色の炎が浮かぶ…そう見えた。

怒り…悲しみ…嘆き…恨み…一言では到底表現しきれない感情の色。
この世界に存在する全ての負の感情が入り混じった様な色。

怖い…
サトチーを初めて怖いと思った。

「ゲマ! お前だけはっ…!!」
感情をあらわに飛び掛るサトチーの一撃に対し、魔女は一息をついただけ。
そう、小さく息を吐くだけの動作にしか見えなかった。

ふうっ と、青白い吐息を一瞬吹きかけただけで、辺りの温度が急激に低下する。
チェーンクロスはガラスのように砕け散り、一瞬固まったサトチーが崩れ落ちる。

「ほっほっほ…10年振りの再会だというのに穏やかではありませんね。意識だけは残しておきますから、少し頭を冷やしなさい」

零下の余波は周囲一体を飲み込み、冷たく輝く風の牙となって中庭を吹き抜ける。
まぶたが、鼻が凍りつく。一瞬で意識から引っこ抜かれそうな寒風。
ブラウンと俺は身を寄せ合って寒さを凌ぐ事しか出来ない。

ヘンリーは倒れたデールに覆い被さり、冷気の直撃から弟を守っている。
その向こう側では、体を半分凍りつかせた兵士達が次々に倒れる。

シャレにならねえ…マジで殺られる…

痛いまでに全身を突き刺していた冷気が止み、再び顔を出す太陽。

格の違い…無防備な目の前の魔女が放つ強烈な重圧に足が震え出す。
居るだけ、そこに存在するだけで周囲を圧倒する絶対的な威圧感。
横に立つヘンリーとブラウンも同じく、その両膝がガクガクと震えている。

「お…お前がラインハットを狂わせてた元凶だってのかよ…俺達に何の恨みが…」
寒さのせいではなく、心の底から震える声で魔女に問い掛けるヘンリー。
対して、ゲマは俺達を見下したような高笑いを発しながら語る。

「ほっほっほ…勘違いなさらないで下さい。私はただの観客ですよ。私は王の傍で成り行きを見ていただけ、私自身は何も手を下していませんよ。先程のゴミも演技力だけはあったようですが、何も出来なかったようですしね」
「だったら…デールは…そうだ! 本物の大后はどうしたって言うんだよ!」
「言ったでしょう? 私は居ただけですよ。大事な兄を失った子供の傍にね。ほぉっほっほっほ…やはり観劇は特等席で見なければ臨場感を味わえませんね。消えた兄を思う弟の気持ち、遠い地で弟を思う兄の気持ち、堪能させて頂きました。せめてものお礼です。受け取りなさい」

魔女が指をかざす先、何もない空間から人の姿が現れる。
刺々しい鎖で空中に縛り付けられているのは、豪華な衣装を身に纏った初老の女。
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