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◆Y0.K8lGEMAの物語

背水の刃[2]
ざわざわした多数の声。荒々しい男の声。子供の泣き声。
静かな修道院には相応しくない喧騒の先にシスター・シエロはいた。

「女を傷付けたくはない! さっさとヘンリー様を出すのだ!」
「お静かに。神の御前で無礼ですよ。迷いがおありなら私がお話を伺います」
「黙れ黙れ! 私に迷いなどあるものか!修道女に用はない!」
大声で威圧する男を前に、シスター・シエロは一歩も下がらない。

「シスター・シエロ! 大丈夫か!?」
シスター・シエロの前に踊り出て、横一列の壁を作る。
相手は一人…周囲を探ってみても、仲間が隠れている気配はない。
「追っ手は君一人かい?」
サトチーが怪訝そうに甲冑の男に問い掛ける。

俺達の前に対峙する兵士は一人。どこかに仲間が隠れている様子もない。
甲冑で身を包んだ男はそれなりに強そうな風体だが、1対5のこの状況で…今の時間だとスミスは戦えないから1対4か…ともかく負ける気はしない。
…男の背後に置いてある、布をかぶった物体は気になるが…

サトチーの質問を無視して、甲冑の男がこもった声をヘンリーに投げ掛ける。
「ヘンリー様…大人しくデール様の前に出頭して頂けませんか?」
「はぁ?」
剣の柄に手を掛けるヘンリーの口から間抜けな声が漏れる。
「非礼を詫び、王家に忠誠を誓えば、兄であるヘンリー様の命をとるような事はなさらないでしょう…どうか考えては…」
「却下だ」
兵士の懇願に親指をピッと下に向けて答えるヘンリー。
「ふん。曲がっちまった子分の性根を叩き直してやるのも親分の役目だ。迎えなんざよこさなくても城に戻ってテメエの尻っペた引っぱたいてやる。城に帰ってデールの奴にそう伝えな」
「ですがヘンリー様…」
まだ何か言いたそうな兵士の前に、サトチーと俺が進み出る。
「だ が 断 る…ってヤツだ。あんたも男なら引き際が肝心だろ?」
「この場は退いてくれません? あなたも勝ち目のない争いは望まないでしょう?」
サトチーの言葉が半ば脅しのように聞こえるがキニシナイ。

「私は…退くわけにはいかない……勝ち目のない争いをするつもりも毛頭ない… 嘗て仕えたヘンリー様を討つのは心苦しい…ですが、今の私は軍人…」
背後の物体にかけられた布に、男の手がかけられる。
「ヘンリー様…いや、国賊ヘンリー。主君より賜った任務により討伐する!」
物体を覆い隠していた布が、男の手によって一気に引き剥がされる。

中から現れたソレ…
つるんとした曲線を描くシルバーのボディーから伸びた昆虫のような手足。
左手に大剣、右手にボウガンを搭載したソレの頭部から覗く無機質な目(?)が
俺達一人一人を順に見渡すようにサーチする。
コレは……機械?

「サラボナ地方を徘徊する古代のカラクリ…メタルハンターはご存知ですか? それを捕え、ラインハットの技術で改良した究極の殺人用カラクリ……名付けて『プロトキラー』…まだ試作段階なので手加減は出来ませんよ」
金属音と機械音を体中から響かせ、プロトキラーと呼ばれたソレが戦闘体勢に入る。

「こいつ…城の中庭で見たアレじゃねえか」
「なんで…こっちの世界にこんな技術が…」
「シスター達を巻き込むわけにはいかない。修道院から離れるぞ!」
―!!!!―

サトチーの指示で四人一斉に駆け出し、修道院からの距離をとる。
考えるのは後だ。どうせ考えたって答えなんかわかりゃしねえ。
人殺しの為だけに作られた機械の兵士…
今はとにかく、この忌々しい機械をぶっ壊す。

「メタルハンターの装甲すら粉砕するプロトキラーの力…とくと思い知れ!」
兵士の合図に、プロトキラーの単眼のような光が一層赤く輝き大剣を振りかざす。
無機質な威圧感に自然と震え出す膝を一発引っぱたく。

「ヘンリーはガンガン魔法を!僕達は周囲を囲んで一斉攻撃だ!」
「マリアさんには指一本触れさせねえ!――イオ!!」
ヘンリーが放つ魔法がプロトキラーの表層で爆発を起こす。
周囲に広がる土煙を狼煙代わりに、サトチー・ブラウン・俺が同時に斬りかかる。

――ガギン!ガガン!!

耳に残る金属音と、手から体に伝わる痺れ。
機械は、その頭上に掲げた大剣一本で俺達三人の攻撃全てを無造作に受け止め、
続けざまに振るわれたその大剣で、サトチーと俺を同時に横薙ぎに斬り払う。

「…っが…」
咄嗟に背後に跳んで両断は免れたが、鎖帷子を貫通して内臓に衝撃が伝わる。
口内に溜まった血を吐き出しながら、天空の剣を支えになんとか立ち上がると、
既に機械は次の動作に移っていた。

ヤベエ…動作が速すぎる…

上段から振り下ろされる死の斬撃を横っ飛びに転がりながら避ける。
その隙をついて攻撃を試みるブラウンを返す刀で迎撃する。
回復の為に仲間の元へ走るサトチーを鋼鉄の拳で殴り飛ばし、
イオで足止めしようとするヘンリーをボウガンの矢が襲う。
「おいおい。その動きは反則だろ…っと危ねえ!」
「俺は大丈夫だ!イサミに回復魔法を!!」
「わかってる!なんとかあいつの足止めをしてくれ!このままじゃあ近付けない!」
片手で大剣を振るいながら、片手でボウガンを乱射する殺人兵器。
全ての行動が予備動作なしの最短距離で、且つ同時に飛んでくる。
さらに、全ての攻撃が致命打ときたら攻撃どころじゃねえ。
ジリ貧…避けるので精一杯だ。



刃が躍る。
弧を描く冷たい軌跡をなぞる様に、俺の頬に赤い筋が描かれる。
鉄腕が廻る。
ブラウンを掴んだまま上半身全体を回転させ、遠心力を持って地面に叩きつける。
矢の雨が降り注ぐ。
無数の風切音の一直線上、ヘンリーの肩に穴が開く。
「ヘンリー!…っ!」
無骨な鉄塊がサトチーの動きを敏感に察知し、回復を妨害する。
既に俺達は傷だらけ。対するプロトキラーのメタリックシルバーのボディーには、
さしたる損傷は見られない。

ぶっ叩かれた腹の中身がグルグルして吐き気がする。
…が、俺なんかよりもヘンリーとブラウンがヤバい。
地面に叩きつけられたブラウンは気絶しているのか、全く動かない。
肩に矢を受けたヘンリーは片手でメラを放っているものの、出血が酷い。
早く治療をしないと…

サトチーも気付いているのだろう。なんとか二人の元へ駆けつけようとするが、
無情な殺人機械が繰り出す無慈悲な猛攻がそれを許さない。

…一瞬だけ、俺があいつを足止めできれば…

背中のカバンから薬草を取り出し、ろくに噛まずに飲み込む
…苦ぇ…けど、体は少し治った。迷っている暇はない。
プロトキラーが振り回す大剣の射程内。危険地帯にあえて飛び込む。
赤く光る単眼が俺をサーチし、俺の体を両断せしめんと大剣を振り払う。

ビンゴ! こいつは俺を第一の標的に定めてくれた。
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