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◆Y0.K8lGEMAの物語

背水の刃[1]
進軍を告げる太鼓が打ち鳴らされる。
勇ましい太鼓の音に合わせ、足音が通り過ぎる。
人々の歓声は聞こえない。
枠だけの窓にボロのカーテンを閉め、静まり返った町並みを足音が通り過ぎる。
鬨の声は挙がらない。
聞こえるのは一人の兵士の足音と、金属同士が擦れ合う不快な音。
静まり返った町並みを、一人と一個が通り過ぎる。
誰にも祝福されない二つの影が、城下町を通り過ぎる。

城下を一望するラインハット城のバルコニーから、その光景を眺める三つの人影。
血のように赤い酒の注がれたグラスを優雅に傾ける金髪の王。
一歩下がった場所で、ラベルの擦り切れた瓶を抱える初老の大臣。
王の座る椅子の真横に控えるのは、紫のドレスにその身を包んだ女。

「首尾は?」
「上々で御座います。仰せの通り、討伐隊は南の修道院に向かいました」
「討伐隊…ね…」

若い王が、大臣の言葉にイタズラな少年のような笑みを返す。
「生きた兵士が一人。それで一隊を編成できるとはね…」
「デール王もお人が悪い。アレの戦力を一番よくご存知なのはデール王でしょうに」
「さてね…結局アレも、人の力がなければ何も出来ない木偶(デク)に過ぎないさ」
皮肉に笑う王の持つ空のグラスに酒の追加を注ぎながら、大臣も笑ってみせる。

「人々を束ねるのが王。そして、世の愚鈍な王を束ねるのはラインハット王国。ならば、世の愚鈍な王どもを束ねるラインハット王国の国王である僕… デリシア=ドラード=コロナ=ド=ラインハットは…神か?」
注がれた酒を一息にあおり、椅子から立ち上がった王が笑う。
その姿を見て、目だけで笑う女。

王の高笑いも届かない静かな城下町を、一人きりの討伐隊が進軍する。

   ◇

ラーの鏡を入手した俺達は、修道院の一室で休息を取っている。

下着のままベッドに腰掛け、少し硬めの黒パンを齧りながら明日の作戦を練る俺達。
清楚なシスター達に見られたら”行儀が悪い”と怒られそうな、だらしない姿だが、
その表情も話の内容も真剣そのものだ。

ラインハットの異変…デール王の豹変…明日はそれらにカタをつける。
修道院を守る…人々を守る…失敗は許されない。チャンスは一度限り。

「明日はラインハットにとんぼ返りか…侵入経路は前と同じでOK?」
「いや、前回の一件で警備も厳しくなってるだろうし、同じ経路は使えないよ」
「そっか…じゃあ、別の隠し通路とかはねえの?…ヘンリー?」
「…すぴー…ぴるるるる…」
―……☆…―

さっきまでブラウンと一緒に騒いでたわりに、やけに大人しいと思ったら
二人して爆睡してやがる…

ラインハット〜神の塔での連戦で疲れが相当溜まっていたんだろうな。
ヘンリーは作戦会議もそこそこに、ベッドに潜って寝息を立てている。
「ふわぁ…見てたら俺まで眠くなってきちまったよ」
「バタバタした一日だったからね。僕達もたまには早く休もうか」

真っ白でふかふかの布団に顔を埋めると太陽の香りがする。
不思議だよな。
ベッドのふかふかした感触も、布団に残るお日様の匂いも同じなのに、
こいつらは全部、俺の知らない違う世界のモノ。
理論とか生態系は全然違うけど、心地良いものを求める人間の嗜好ってのは、
世界が変わっても同じなんだな…Zzz…
布団から見えていた茶色い髪の動きが止まり、規則正しい寝息が聞こえてきた。



「まったく…毛布を蹴飛ばすと風邪ひくよ」
小さく震えるランプの炎に照らされ、静まり返った部屋。
寝相の悪い二人と一匹に毛布を掛け直していたサトチーが、何かに気付いたように
一点を見つめ、立ち上がる。

その目線の先には鞘に収められ、壁に立てかけられた剣。
別世界からやって来たという少し年上の若者が軽々と操って見せた伝説の剣。
サトチーの手が、ゆっくりと天空の剣に伸びる。
自分の内から響く鼓動さえもうるさく聞こえるような夜の静寂…

「…まじしましま…」
「―!!―」

伸ばしかけたその手が思わず引っ込み、壁から倒れようとする剣を寸前で支えた。
喉から飛び出そうになる大声を必死で飲み込み、そぉっと声の方向を振り向く。

「…むにゃ…Zzz…」
声の主である若者は、深く眠ったままだ。
その額にじっとりと浮かんだ冷や汗を拭い、荒くなった息を整えるサトチー。
「…寝言……ふぅ…僕もどうかしてるね…」

ふわ…と溢れる小さなあくびを口元で押さえ、ベッドに戻るサトチー。
「そんなはずないよね…」

枕元に置かれたランプの炎を吹き消し、部屋に本当の宵闇と静寂が訪れる。

―そういえば、ビアンカは元気かな…
 この件が落ち着いたら一度アルカパに行ってみようかな…―



修道院の朝は早い。
シスター達は皆、夜明け前に起床し、朝の祈りと朝一番の水を神に捧げる。
厳かな祈りが終えた後に宿泊客を起こし、顔を出す朝日の中で朝食の準備が始まる。
時計もないのに実に正確な毎日。

…の筈だが、今日の目覚めはいつもとは明らかに違った。

寝室のドアが勢いよく開け放たれ、血相を変えたシスターが飛び込んでくる。
ドアが壁にぶつかる派手な音で、俺達は叩き起こされた。

「…た…助けてくださいまし。修道長が…」
「落ち着いて。一体何があったんです?」
飛び込んできたシスターが、おろおろと震えながら話を続ける。
「い…今しがたラインハットの兵がやってきまして、ヘンリー様を出せと…修道長が院の前で足止めされていますが、このままでは…」
ラインハット兵にシスター・シエロが?
鎖帷子を着込み、ひったくるように天空の剣を手に取る。
「サトチー!」
「わかってる。急ぐよ!」
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