[] [] [INDEX] ▼DOWN

◆Y0.K8lGEMAの物語

迷鏡止水[1]
「そうですか…ラインハット軍がこの修道院に…」
ラインハットから帰還した俺達の報告を耳にしたシスター・シエロ。
沈痛な面持ちで目頭を手で覆い、深い溜息をつく。
彼女達が毎日、神に祈ってきたのは『世界中の人々の平和』
それを裏切ろうとしているのは、他でもない人間そのもの。

「私達は…ここに留まります」
シスター・シエロの決断。顔を上げ、窓の外に目をやりながら言葉を続ける。
「貴方がたの好意はありがたく思います。ですが、修道院の外は魔物だらけです。ここには老人や幼い子供もいます。連れて逃げるのは難しいでしょう」
窓の外。手入れの行き届いた花壇の周囲を走り回る幼い少女。
それを幸せそうな顔で眺めるのは年老いた女性の姿。
多少の心得では、非戦闘員を庇いながらの逃避行は不可能だろう。
「じゃあさ、せめて近場の町まででも…」
言い掛けた言葉が詰まる。
ビスタ港が封鎖されている以上、逃げられる場所は三ヶ所。
まず、オラクルベリーは却下だ。ラインハット軍の第一目標に揚げられている。
次に、サンタローズ…ラインハット国境に程近いこの村も危険過ぎる。却下。
サンタローズの西に存在するアルカパの町は距離がありすぎる。
まさか、シスター達に樽に乗って逃げろなんて言えるわけもなく…
「…これは、八方塞がり…ってヤツだなあ…」
「こうなりゃ、もう一度城に忍び込んで力づくでデールを止めるしか…」
「いや、あれだけの騒ぎになった直後だ。それこそ難しいんじゃないかい?」
「ときに、ヘンリー様。一つお聞きしたいのですが…」
 黙ったまま、窓の外の小さな幸せを眺めていたシスター・シエロが口を開く。

「ヘンリー様の知るデール王は、そのような非道を冒せる御人でしょうか? 兄のヘンリー様から見て、デール王の行為は本心からの物だと思われますか?」
どこまでも真っ直ぐなシスター・シエロの瞳がヘンリーを捉える。
ヘンリーは目を逸らさない。同じく真っ直ぐに、シスター・シエロを見据える。
「デールは俺とは違って、誰にでも優しい心の広いヤツだったよ… 俺が子分と認めた男に、あんな外道な真似を出来るような男はいねえ」
目線と同じく真っ直ぐなその言葉に、シスター・シエロの顔に笑みが浮かぶ。
「危険な場所ですので、本来はお教えするべきではないのかもしれませんが… 南の塔の最上階に、ラーの鏡と呼ばれる真実を映す鏡が安置されております。ラーの鏡でデール様を映せば、その心の奥底に隠された真実が見えるやも…」
優しく心が広い弟。ヘンリーが語るデールの姿とは噛み合わない今のデール。
ラーの鏡…真実を映す鏡…それを使えば、デールの本当の心が見える。
きっと、ヘンリーが語る優しく心が広いデールが姿を現す。
「これは、決まり…でいいのかね?」
「ああ、あれがデールの本心であるわけがねえ」
「行こう。急がないとラインハット軍が攻めて来る」
三人で目を合わせ、頷き合う。
目的地は南の塔。

「今のヘンリー様が、ほんの少しでもデール王を信じておられるのでしたら、信じるままに王を導いて下さいませ。それが兄であるヘンリー様の役目です」
子供をあやす母親のように、優しく語りかけながるシスター・シエロ。
優しい言葉と同時に向けられた笑みはどことなく悲しげにも見えた。
…のは気のせいだろうか?

          ◇

修道院の南に存在する、神の塔と呼ばれる建造物。
その巨大な門は、神に仕える修道女にしか開く事が許されない。
荘厳な建造物の前に跪き、祈りを捧げる女性はマリア。
俺達と一緒に神殿を逃げ出した後、洗礼を受け修道女となった彼女は、
俺達が神の塔に赴く話を聞き、自ら旅の同行を名乗り出てくれた。
神聖なレリーフが刻まれた重厚な門。
固く封印された巨大な門が、乙女の祈りに呼応してゆっくりと開く。

「さあ、参りましょう」

足場の狭い塔の中。先頭をサトチーが進み、前方の安全を確実に確保。
二番手にはヘンリーが、非戦闘員であるマリアを守る形で進む。
隊列の最後尾を守るのは俺とスミス。
高い場所が苦手なブラウンには馬車番をしてもらっている。

太陽がギラギラと照り付ける広大な砂漠に程近い場所にありながら、
塔の内部は風がよく通り、ひんやりとして心地良い。
「ラーの鏡…だっけ? 相当な宝物らしいけど、どこにあるんだろうな」
「…上階から…何か神聖な力を感じる…」
「神聖な力? 死体のあんたがウロついて平気なのか?」
「…私は…魔王の魔力の呪縛から逃れた存在…心配ない…」
か弱い女性を守らなければならない中、スミスの頑丈さは心強いが、内心、神聖な力とやらでいきなり成仏されでもしないかと気が気ではない。

「…デール王…奇妙な道具から炎を出したらしいな…」
普段は感情に乏しいスミスにしては珍しい、興味の色を感じさせる声。
「…サトチー卿達は…それを魔法の道具の類だと認識しているようだが… 私の生前の記憶では…そのような道具はこの世界には存在しない筈… お前なら…それが何かを知っているのではないか?」
目線は前に向けたまま、ぴくり…と俺の全身が反応する。
我ながらわかりやすい反応だと思う。肯定の返事は必要ないだろう。

アレに似た道具を俺はよく知っている。
アレは俺がこっちの世界に持ち込んだ道具。
豪華な装飾という違いはあれ、オラクルベリーで売り払ったライターそのもの。

「…魔法理論で作動する道具なら…力の発現には何かしら動作が必要となる… 精神集中…呪文の詠唱…対外的な意思表現…それらを何も必要としない… それは魔法理論の定義から外れる…ならばなぜ炎が発現したか? 恐らく…私達の知る理論とは別の要素で作動する道具だろうと予想する…」
その姿に似合わないインテリジェンスを発揮するスミスに驚くと同時に、一つの疑問が俺の頭に浮かぶ。

科学の概念が存在しないこっちの世界で、容易くライターを扱って見せた王。
オラクルベリーの道具屋でライターを売ったという経緯こそあれ、情報伝達、構造解明、技術伝播、製品開発、操作習得… この世界の科学レベルを考えると、全ての段階におけるスピードが早すぎる。
ラインハットという国家が、たまたま高度な技術力を持っていたのか…
もしくは…
「…私が投げかけた疑問とは言え…思案に夢中になりすぎるのは感心できん…」

ぐしゃり、という耳障りな音にハッと我に返る。

天井からぶら下がった目玉が、血の通わない冷たい腕で握り潰される。
前方では、毒々しい紫の植物に鞭を振るうサトチーの姿も見える。
畜生。人が考え事をしている時に空気の読めないモンスターだな。
[] [] [INDEX] ▲TOP

©2006-AQUA SYSTEM-