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◆Y0.K8lGEMAの物語

入り旅人に出女[2]
薄暗く、堀に通じるからかジメジメとした地下通路。

「…で? 本当にヘンリーの王家はどうなってるわけ?」
いきなり喧嘩腰だが、今日の俺は機嫌が相当悪い。
と言うのも、昨夜は結局明け方まで眠れず、やっとの事で眠りについたところで、ブラウンのハンマーによる爽やかな痛恨の一撃で起こされた。
朝一で側頭部にハンマーの一撃を喰らって、当然悶絶。
寝た筈なのに、HP15位は減った気がする。

本来の寝起きの悪さ+ブラウンによる爽やかモーニング+今の状況
これだけの要素が揃って陽気でいられるほど俺は聖人じゃない。

「いやあ、確かに外敵対策としては素晴らしいんだろうけどね」
「サトチーも笑い事じゃねえってば。城の地下通路にモンスターが放し飼いって、どんなセキュリティーシステム採用してるんだよ?」

王族専用非常脱出経路に、ガメゴンやクックルーや腐った死体を放し飼いにする王家。
これじゃあ、いざ脱出って時にモンスターの餌になっちまうだろ。

まあ、機嫌の悪さが一つの原動力になってか、ここのモンスター達に苦戦はしない。
守りに入ったガメゴンですら、固い甲羅の上からの怒涛の連撃で叩きまくる。

コノヤロウナニビビッテヤガルゴルァテメエノスズシゲナメツキガキニクワネエンダヨグゲァーカミツキヤガッタコンチクショウ…

「…イサミ、相当荒れてるね…」
「まさか、あそこまで寝起きが悪いとはなあ…」
「ブラウンに『起こしておいで』って、曖昧な命令したからまずかったのかなあ…」
「あ…凄え、ガメゴンを剣で叩き潰しやがった」
「…あれ? おかしいなあ」

「ふぅ。相変わらず固ってえの」
半ば八つ当たりでガメゴンを叩き潰し、一息。さすがに疲れるな。

「はーん…なるほどね、イサミはハンマーで起こせば戦力が上昇するんだな」
ヘンリーがニヤニヤしながら恐ろしい事を言う。
「勘弁してくれよ。毎朝痛恨じゃ溜まったもんじゃ…ん? どうした? サトチー」

普段は真っ先にねぎらいの言葉と回復魔法を掛けてくれる筈のサトチーの反応がない。
難しい顔をして、なにやら考え込んでいるような…

「サトチー?」
「ん? …ああ…お疲れ様、イサミ。怪我はないかい?」

やっぱり様子がおかしい。

「なあ、サトチー。何かあった?」
「え? …いや…そうそう、さっきガメゴンに噛み付かれたところ治療しなきゃね」

サトチーが俺に回復魔法をかける。
その温かな光はいつもと同じだけど…

「あの…サトチー? …もう治ってるけど、いつまで続けるんだ?」
「え? …ああ、済まない。ついボーっとしちゃって」
「おいおい、大丈夫か? サトチーも寝不足なんじゃねえの?」

ケケケと笑うヘンリーに、心配ないと返すサトチーの表情はいつもと同じ。
続いて、ブラウンの治療に入るサトチー。優しい言葉をかけながら回復魔法を唱える。

…いつもと同じ…かな?気にし過ぎか。

「はい、おしまい。ブラウンとイサミは最前線で消耗も一番激しいだろうからね。どこか調子悪くなったらすぐ言うんだよ」

「そう言えば、ここは城の地下牢も兼ねてるんだったな」
治療中、周囲を警戒していたヘンリーがボソッと呟く。

冷静に周囲を見渡してみると、なるほど鉄格子がいくつも見える。
囚人は皆、生気のない恨めしそうな目で俺達を眺めている。
何となく、俺達が奴隷として放り込まれた神殿の宿舎を連想させて嫌な気分になるな。

「あれ? …まさか、あの人…」

突然、数多く並ぶ鉄格子の一つ目掛けてヘンリーが走り出す。
誰だ? 知り合いか?

「誰か? わらわを助けに来てくれた者かえ?」
その初老の女性は他の囚人と違い、薄汚れてはいるが豪華なドレスを身に纏い、言葉使いからも高貴な身分の出身である事が窺える。

「なんで…なんで太后のあんたが牢に入ってるんだ? デールはどうした?」
ヘンリーが牢の中の女性に詰め寄る。

ラインハット大后…王妃のいないこの国では、王に次ぐ身分の筈だが、その王家の有力者が地下牢に幽閉されている。

「そなたは…まさか…ヘンリーかえ?」
「ああ、ヘンリー=ブローマ=ベルデ=ド=ラインハット、あんたの義理の息子だ」
「おお、10年間よくぞ生きて…許してたもれ、わらわが間違っておった」

大后の口から告げられた告白は衝撃的だった。
10年前、奴隷商にヘンリーを攫わせたのはこの大后。
王家の長男であるヘンリーを消し、自分の実の子であるデールを王位に就かせようと
裏で画策をした…とんでもねえ女だな。放置しといて良くね? …あ、ダメ?

「待てよ。あんたがここにいるって事は、誰がこの国を動かしてるんだ? 誰がこの国を腐らせてやがるんだ?」
てっきり、大后が国を動かしていると思っていたのであろうヘンリーの語気が強まる。

「他でもない…我が子にして、ラインハット国王デールじゃ」

場の空気が凍る…
呼吸も出来ないほどの冷たい空気…
湿っぽい地下牢の空気が、乾いた物へと変わる…

「デールは、ラインハット王国を世界の頂点に君臨する国にしようと国民に重税を課し、若い男達を兵役に就かせ、税金と兵役労働の者を使って他国侵略の準備を進めておる。さすがにやり過ぎじゃと進言したわらわをここに幽閉したのも…」

大后の言葉を聞いたヘンリーの顔色が見る見る青白くなり、唇が震え出す。
当たって欲しくなかった最悪の予測…

「ヘンリー…まだ、僕達は全てを知ったわけじゃない。城へ行こう」
サトチーがヘンリーの肩を叩く。

そうだ、まだ実際にデールに会っていない。
直にデールの口から真実を聞くまでは…

「わかってる…大后さん、暫く待ってな。近い内に出してやるからさ」
「待て! 待つのじゃヘンリー! まさか、そなたデールを…」

無言で踵を返すヘンリーの目は、今まで見た事のない荒々しく悲しい炎を宿し、その手は、腰に下げた鋼の剣に掛けられていた。
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