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◆Y0.K8lGEMAの物語

入り旅人に出女[1]
その町のメインストリートである大通りを歩く人々の顔は暗い。
通りに沿って並ぶ家々の窓は全て壊され、人同士の争いの醜い傷跡を残す。
路地裏では、複数の衛兵が一人の男をを取り囲み、私刑の真っ最中。
それでも、道行く人々の誰もが、我関せず…
荒廃したスラム街。かつては北方の都と呼ばれたラインハット城下町の今の姿。

城下町に入ってから、ヘンリーはずっと険しい顔のまま歩き続けている。
その表情から読み取れるのは、国民を苦しめる王家への怒り…
愛する国が荒廃しきっている現実の悲しみ…
不可抗力とは言え、国を守れなかった自分への悔しさ…
それでも、メインストリートの奥にそびえる城を捕える眼光は力強い。

サトチー・ヘンリー・ブラウン・俺の四人は、逸るヘンリーを抑え、城に程近い場所にある寂れた宿で部屋をとる事にした。
勿論、サトチーや俺にとっても、急いで城へ向かいたいのは同じだが、夜営続きで一行の疲労は頂点に達しており、この状態で厳戒態勢の城へ向かうのは危険だというサトチーの判断だ。
日中は出歩きたがらないスミスは、馬車番として町の外れで待機している。

寂れた宿の埃だらけの窓から見える、スラム街と化した城下町とは不釣合いな城。
ヘンリーの生家でもある城の城門は固く閉ざされ、一切の来訪者を拒むように物々しい雰囲気を漂わせている。

「確かに、城の内情が把握しきれていない現状では、正面からの突入は危険過ぎる。城の外堀から城内へ通じる、王族専用の地下通路を使って浸入しようと思う」
夜の話し合いで、ヘンリーが出した提案を採り、俺達は明朝ラインハット城内へ地下から浸入する事が決定した。

「それじゃあ、今夜は良く休んで明日に備えよう。明日の隊列と作戦は…」

窓から見える夜のラインハット城は、昼間と同じく不気味な沈黙を保ったまま、ちっぽけな俺達を見下ろして威圧しているかのように建ちそびえていた。

          ◇

…眠れない…

今夜に限った事じゃないけどさ。
何度も窓の外の月に目をやって、何度も無為な時間が過ぎた事を実感する。
森の中でのスミスとの会話が離れない…

―世界の流れを狂わせるバグ―

気持ちを落ち着かせようと、枕元の水差しを手に取る…が、水差しは空っぽ。
「…井戸はすぐ近くだったよな」

宿帳をチェックしている女将さんに声を掛け、宿のすぐ傍にある井戸へ向かう。

井戸から掬った水は冷たく、渇いた俺の喉に染み渡り、血が上った頭を休息に冷やす。
色々と不便な世界だけど、こっちの世界の水はミネラルウォーターよりも純粋で旨い。

…今の俺がどうこう出来る問題じゃないのはわかってるけどさ…あれ?

「あれ?イサミ…そっか、お前も眠れないのか」
カップを片手に宿から出てきたのはヘンリー。彼もまた眠れずにいたのだろう。

「水か? ほら」
「ん。ありがとな」
水差しから注がれた冷たい水を飲み干し、ふぅ…と、一息。
そして…暫しの無言。

「王家は…デールはどうなっちまってるんだろうな…」
月に照らされた城の方の目を向け、ヘンリーが口を開く。

デール…確かヘンリーの異母弟で、今のラインハットの国王だったな。
ラインハットが狂っている現状では、国王のデールに何かあったと見るのが当然だ。

「もし、この国がこうなっちまった原因がデールの弱さによるものだったら、俺は王家に戻って、デールを支えて国を建て直す。だが、もし…」
城の方に向けていたグリーンの瞳を地に落とし、深く呼吸をする。

「もし、元凶がデール本人であるのなら…俺がこの手でデールを斬る」

王家の人間としてではなく、兄としての決意。
そうでないで欲しい…いや、そうでないに決まってる。
悲し過ぎる決意と、小さな希望。

「…全部、明日になればハッキリするんだよな…」
そう言うのが精一杯。何の答えにもなっていない曖昧な返事。
俺達が願う希望は夜の星のように小さい。

気が利かない薄雲は、夜空に広がって小さな星すらも覆い隠す。
薄雲に消え入りそうになりながら、儚く浮かぶ月はそれでもなお公平に、
荒れた町と、狂った城でもがく俺達を照らしている。

そろそろ戻ろうか…そう言い掛けた俺達の耳に入る轟音。
ドン! ドン!と立て続けに数発、夜を引き裂くような轟音。

そして、元通りの夜の静寂。

「な…なんだ?城の中から…」
「イオよりも派手な音だな…こりゃ、本当に城の中がおかしいぞ」
「とにかく今日は宿に戻ろう。全部、明日になればわかる」

怪訝な顔をするヘンリーを促し、宿に戻る。
宿に戻った俺達の表情を見て、女将さんが溜息をつきながら話す。

「ふぅ…今夜も派手にやってるわね。驚いたでしょう?」
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