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◆Y0.K8lGEMAの物語

風前風樹の嘆[2]
「……っ!」

悲痛な顔を俺達から逸らし、開かれたままの扉に向かってヘンリーが走り、そのまま、呼び止める暇もなく走り去る。
…いや、呼び止める事なんて最初からできなかった。

「…どうかなさったか?」
「ヘンリーは…彼は僕と一緒に攫われたラインハットの王子です」
「…そうじゃったか…辛い思いをさせてしまったのう…」

クイ…クイ…と、足をを引っ張られる感覚がした。
足元を見ると、ブラウンが俺のズボンの裾を引っ張っている。

「お前もヘンリーが心配なのか?」
―☆☆!―
「…でもな、今はそうっとしておいてやるのが一番…」
―!!?!―

俺の言葉が終わりきらないうちに、ブラウンがヘンリーを追って飛び出す。

「……悪い。ちょっとヘンリーの様子を見てくる」

言葉は通じないけど、ブラウンの言いたい事はよくわかる。
いや、わかってないのは俺だけだ。
何をするのが一番かなんて、俺が決める事じゃないのに… 小さなモンスターの行動は、俺の勝手な理論の数歩先を行く。

いた。

いつも強気なヘンリーが小さく背中を丸め、淀んだ川のほとりで膝を抱えている。
その横に、ちょこんと座るブラウン。

ブラウンに語りかけるヘンリーの小さな声が聞こえる。
「俺…サトチーの事を友達だって思ってたけどさ…俺にはそんな資格ないよな… …俺がサトチーから大事な物を奪っちまった…馬鹿なイタズラをしたせいで……サトチーの時間も…パパスさんも…この村も…全部俺のせいで…」

―☆☆!!―

ヘンリーの横で大人しく座っていたブラウンが立ち上がり、ハンマーを地面に下ろす。
丸っこい胸に大きく息を吸い込み、短い両手をいっぱいに広げ、目をギュッと閉じる。
「…ブラウン?」

あの動作は…

小さな体をプルプルさせ、頭巾に覆われてほとんど見えない顔を真っ赤にして力む。
―!!!―
「お前……イサミの真似してるのか…」
―!!!!!……??―
肩で息をしながら『あれ?』と、いった表情でヘンリーを見つめるブラウン。
その小さな頭の上に、日焼けしてボロボロの大きな手が乗せられる。

「ありがとうな…ブラウン…」

「ヘンリー…」
いつの間にか、俺の横にいたサトチーの呼びかけに、俺とヘンリーが同時に振り向く。
サトチーの目がまっすぐにヘンリーを見つめる。
ヘンリーの目がその視線を避けるようにそらされる。
俺の目が二人の間を行き来する。

「サトチー………俺のせいで…」
「この先の洞窟に、父さんが僕に遺した物があるらしいんだ。 …ヘンリーとイサミに一緒に来て欲しい。父さんの墓はないけれど、せめて… せめて、父さんの形見に僕の親友を…ヘンリーとイサミを紹介したい」

『ヘンリーは親友。何があっても変わらない』そんなサトチーの想いが伝わる言葉。

堰を切ったようにヘンリーの涙が溢れ出す。
「サトチー…ごめん…」
「ヘンリー。言葉を知らない男は嫌いだったんじゃねえの?」
「…ああ…ありがとうサトチー…それに、イサミも…(ゴン!) 痛え!…大丈夫、忘れてねえよ。ブラウンも、ありがとうな」

グイッと胸を張るブラウンを見て、三人の顔に笑みが漏れる。

「ふふ…ブラウンも頼りにしてるよ。それじゃあ、行こうか」
「そうだな、か弱い子分達だけで危険な場所に行かせられねえもんな」
「ふーん。さっきまでメソメソしてたのは誰かねえ?」
「うるせえ!イサミこそ影でウジウジしてやがったくせに!」

…あ…バレてたの?

「でもまあ…サトチーと…お前と知り合えて良かったよ…」

ポソッと、ヘンリーは聞こえないように言ったつもりなのだろうが、その言葉ははっきりと俺の耳に入った。

「!!…ホラ、お前等ボサッとすんな。行くぞ!!」
赤面して走り出すヘンリーを見て、クスクスとサトチーが笑う。
「昔っからああなんだ。素直じゃないよね」

しっかりとサトチーの耳にも入ってやがんの。本当、素直じゃねえヤツ…

まあ…俺の考えてる事もヘンリーと同じだけどな。

「なあ、サトチー?この洞窟には強いモンスターはいない…そう言ったよな?」
「うん。確かに言ったよ」
「だったら何で…っと、また来やがった!」
「撤回するよ。ここのモンスターは強い。皆、気を抜かないで」



パパスさんの遺した物を取りに向かったのは、サンタローズの洞窟。
サトチーは6歳の頃にここを攻略した…そう聞いていた。
だから、安心していた…否、油断していた。

ここのモンスターは、スライムやブラウニーとは比べ物に(ゴン!)
…訂正。ここのモンスターのレベルは、スライムやガスミンクとは比べ物にならない。

毒を仕込んだ槍を振り回すガイコツ兵。スカラで仲間を強化する土偶戦士。
前面に気を取られていると、背後からともしび小僧のメラが襲う。

厄介なのはガメゴン。
巨大な亀のモンスターが背負う強固な甲羅は、銅の剣では文字通り刃が立たない。

「…っ!イオ!!」

洞窟内の空気が圧縮され、小規模な爆発を起こす。

サトチーの魔力を回復に回さなければならない現状では、ヘンリーの放つ爆発魔法が、ガメゴンに対抗できる唯一の手段だ。


「ふひゅー…こいつはしんどいわ」
事も無げに軽く話すヘンリーの息は荒い。
休みなく攻撃魔法を放つヘンリーの疲労は相当だろう。

「どうする?今なら引き返して体勢を整えるって手段も取れるけど?」
「そうだなあ。ヘンリーの魔力が尽きる前に一度戻るのも考える必要があるかもな」
サトチーが提案する一時撤退。
戦略的撤退とも言える提案だが、ヘンリーは頑として首を縦に振らない。

「ここまで来て引き返す?冗談じゃない。パパスさんの形見はこの先なんだろ? 親分として絶対サトチーをそこまで送り届けてやるさ。イオの10発や100発で根を上げるヘンリー様じゃねえ!」
ダンッ!と地面を打ち鳴らし、ヘンリーが啖呵を切る。
あまりに芝居がかった仕草に、俺とサトチーの口からプッと笑いが漏れる。

「わかった。でも絶対に無理はしないこと。いいね?」
「ヤバくなったら言うさ。大事な子分達の命は俺様の魔力が頼りなんだからな」
「頼りにしてるぜ。親分」
ヘンリーが、任せとけ!…と、胸を叩く。
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