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◆Y0.K8lGEMAの物語

風前風樹の嘆[3]
「じゃあ、作戦変更だ。がむしゃらに進んでも途中で力尽きる。ヘンリーの魔力は対ガメゴン用に温存。それ以外の相手はイサミとブラウンが前線。僕がチェーンクロスで相手を足止めするから、その隙に各個撃破。作戦はこれで」
「了解。二人共、援護は任せたからな」
「ヘッヘッヘ…子分が頑張ってるうちに親分は休ませてもらうぜ」
「…静かに…」

サトチーの顔が強張り、武器を構える。
辺りに漂う腐臭。
地の底から響くような無気味な声。

『…オォオ…』

「…どうやら、そう簡単には休ませてくれないみたいだね」

地面が盛り上がり、人の姿が現れる。
いや、人の形をしているのはソレの後に伸びる影だけ。
朽ち果て、ボロボロの衣服…それよりもなお崩れ落ちた皮膚。
どんよりと淀んだ眼球…そこに意思の色はない。
筋肉が弛緩して、開いたままの口からはドブ色の体液が流れ落ちる。
辺りに漂っていた腐臭がより強くなり、鼻腔の奥のほうをチリチリと突き刺す。

「腐った死体…」
サトチーが口にしたのは、まさに目の前のコレそのものを体現した名前。

『…オオォォォオオォーー』

爪が剥がれ、内部組織が剥き出しの腕が振り下ろされる。
…が、動きは遅い。
剣で受け止めて受け流す。ガラ空きの側面に一撃を…

ドガッ!!

受け止めた…が、重い…受け流せない…こんなボロボロの体のくせに…

「イサミ離れろ!吹き飛べ化け物!!イ…」
「使うな!イサミまで巻き込む!!」
背後でイオを放とうとするヘンリーをサトチーが一喝。ヘンリーの動きが止まる。
サトチーは鞭を構えたまま動けない。この距離では俺にまで鞭が当たるから。

「イサミ!腐った死体相手に真っ向勝負は危険だ。一旦下がれ!!」
サトチーが大声を上げる…が、俺も動けない。
一歩でも後退すれば、こいつの腕が容赦なく俺の体に食い込む。

―!?!!―

ベゴン!と、嫌な音がして腐った死体が体勢を大きく崩す。

ブラウンのハンマーが腐った死体の後頭部にその頭部をめり込ませている。

チャンス!

上から押さえつけていた力が緩んだ隙に剣を振り上げ、両腕を跳ね上げる。
さらに、銅の剣をボロボロの胴体に叩き込む。

腐敗臭を放つ肉片と体液を撒き散らし、腐った死体は文字通り崩れるように倒れた。

「ふぅ…」
動かなくなった腐った死体を確認し、銅の剣を背中の鞘に戻す。

「ヒヤヒヤさせやがって。今回はブラウンのナイスアシストだな」
―☆♪☆!―
「イサミもお疲れ様。動けるかい?」
「ああ、ブラウンのお陰で助かった」

こんなヤバイモンスターが集団で出てきたらたまらないな…
何がヤバイって、あんなのが集団で出た時の匂い…想像だけでヤバイだろ…

チラッと後ろを振り返り、動かない姿を確認する。

南無南無…安らかに成仏しろよ。

「あのモンスターが気になるのかい?」
サトチーが歩きながら俺に尋ねる。
「気になるって言うか…アレ…人なのか?」

「昔、父さんから聞いたんだけど…腐った死体は元は普通の人間なんだって」
なんとなしに問い掛けた俺の疑問に、サトチーが答える。

「未練を残して倒れた死体が、邪悪な魔力によって蘇った存在。それが腐った死体。死体だから、痛みも疲れも忘れて生きた人間を襲い続けるんだ。それこそ、休む事も眠る事もなく体が動く限り…ね。彼等が安息を得るのは、人間との戦いに敗れて灰に還った時だけ… だから、本当は安息を求めて彷徨っているんじゃないかな」
「…で、人間を手当たり次第襲うってか?冗談じゃねえって。死体は死体らしく一生土の中で眠ってろってんだ…一生は終わっちまってるけど」

後味悪りぃー…
モンスターを倒すたびに感じていたけど…元人間かあ…

魔力によって安息を奪われた元人間…
安息を得るために望まぬ戦いを続ける元人間…
自分を灰に還す人間を求めて彷徨い続ける元人間…

やるせねえな…

アイツを灰に還してやった事が弔いになるのかな?


…灰に……還してやった?


「うわあぁぁっ!!」

気付いた時には既に遅く、背後から聞こえるヘンリーの悲鳴。
しまった…まだ終わっていなかった…
アイツはまだ…灰に還っていない!!

ゆっくりと起き上がった…死体。
相変わらず足取りは鈍いが、その朽木のような両足はしっかりと地に付いている。

「ビビらせやがって!今度こそ永遠に眠らせてやる…イオ!」

ヘンリーの魔力によって引き起こされた爆風で、腐った体が枯葉のように吹き飛ぶ。
そして、また立ち上がる。
飛び散った中身を拾う事もせず、何かに突き動かされるように。

「ヘンリー止めろ!相手にもう敵意はない」
サトチーがイオの詠唱を制して、ヘンリーと腐った死体の間に立つ。
確かに、さっきまで充満していた明らかな殺意が消えている。

たどたどしく、弛緩した舌を動かして声を発する死体。
「…ナゼ…逃げなイ…?」
その機能を失った脊髄をククッと曲げ、俺達に問いを投げかける。
「私ノ…姿…怖れなイ…か?…死ぬ…怖く…なイか?」
自らの掌を…ボロボロの手を見つめる瞳に嘆きの色が浮かび、滲み出す…

「ふん。親分が子分を見捨てて逃げたら末代までの恥だろうが」
ヘンリーは強気な口調で

「後列でへばってる親分を庇うのが優しい子分の役目だろ?」
俺は皮肉めいた口調で

―☆☆☆!!―
ブラウンは(言葉はわからないけど)胸をはって

「誰も死なせない。そして、誰も悲しませない。誰にでも帰る場所がある。待つ人がいる。どんな状況でも皆で生きる術を探すさ」
サトチーは強く答える。
それは、表現こそ違えど全員同じ答え。

死んだ魚のように濁った目から零れる濁った涙。
「…帰れナイ…悲しませてゴメン…逢イたイよ……」
その言葉から、涙から感じられるのは、確かな意思。

逢いたい?
そうか、こいつは故郷で帰りを待つ人を残して逝くのが未練で…

「…帰りタイ…愛しイ…マチュア…」
湿っぽい土の上に数滴落ちる雫。
僅かな光源を反射するソレは、キラキラと輝いて見えた。
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