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◆Y0.K8lGEMAの物語

風前風樹の嘆[1]
ライター…使うとメラの効果がある。何度か使うと壊れる…800G
ボールペン…貫通力がある刺突武器。字も書ける…200G
輪ゴム…モンスターの顔を目掛けて放つと、怯ませる事ができる…550G
フリスク…眠った仲間に食べさせると目を覚ます…150G
ガム…魔物を大人しくさせる。人が口にすると呪われる…Priceless

この世界の価値基準、やっぱりおかしいだろ。
フリスクとライターは良いとして、輪ゴムとボールペンは明らかに間違ってるって。

俺の世界の道具(ほぼガラクタだが…)を売った金で旅の準備を整え、馬車を300Gで買い取った俺達が向かっているのは サンタローズ。
オラクルベリーから北に向かった先にある、サトチーの思い出の村。

『輪ゴム>馬車』の方程式が成り立つ価値観が平気でまかり通るんだよなあ。
う〜ん…やっぱり、コッチの価値観は俺には理解できないや。

今更ながらのカルチャーショックを感じる俺をよそに、上機嫌なサトチーとヘンリーが手綱を操りながら談笑する。

「へえ〜。そのサンチョさんの作る飯はそんなに旨いのか」
「うん、凄く。特に自家製バターを使ったキノコのバター炒めは絶品だよ」
―♪♪―
「ははは…もうすぐブラウンも、お腹いっぱい美味しいご飯を食べられるよ」
サトチーにとって、10年ぶりの故郷だもんな。
村を目指すサトチー足取りは軽く、自然と俺達の足まで軽やかになる。


「そう言えば…イサミ。お前だけ武器を買わなかったけど平気なのか?」
「う〜ん。銅の剣じゃあ心細いけどさ。俺に使えそうな武器が売ってなかったし」
「この辺りにはそんなに強いモンスターは生息していないから、銅の剣でも充分だよ」

実際、道中何度かモンスターに遭遇したが、どれも大した苦戦もなく撃退できた。

「しかし、お前も小さい体で頑張るなぁ。パワーなら俺達の中で一番じゃないのか?」
―♪☆♪☆!―
俺の正直な賛辞に、オラクルベリーで仲間になったブラウニーのブラウンが胸を張る。

後をついて来た時は、こんなチビスケ足手まといだと思ったけど、なかなかどうして。
人は見かけじゃ判断できないって事か……コイツは人じゃないけど…

ブラウンのパワーは凄まじく、襲って来るモンスターをほぼ一撃で仕留める。
正直、アウルベア―を一撃で昏倒させた時は内心ビビッた。
コイツとの戦闘の時に喰らわないで良かった…本気でそう思った。

「当たればデカイんだけど、問題は相変わらずの大振りなんだよな…痛ぇ!!」
ヘンリーが小さく呟いた言葉に反応したブラウンが、ヘンリーの脛を木槌で小突く。
「こっ…おま…木槌没収!コラ逃げるな!!…痛ぇ!てめ…もう許さねえ!」
ヘンリーをからかう様に小突きながら逃げるブラウンと、逆上して追うヘンリー。
まるでトム&ジェリーの様な二人を見て声を出して笑う俺とサトチー。

「で?サンタローズってのは、まだ先なのか?」
「いや、もうすぐ見える筈…ホラ、あの村……………え?」
「…どうした?」

村の方向を指差したサトチーの表情が凍り付く…
「サトチー?」
直後、サトチーが全力で駆け出した。
「サトチー!」
サトチーが指差した先に目をやる。
そこには遠目からでも廃墟とわかる、まるで生気を感じない村が見えた。

「サトチー…」
ヘンリーの言葉が続かない。掛ける言葉がないとはこのような時に使うのだろう。
自分の家。見知った人々。澄んだ風にそよぐ花々。長年帰る事を夢見た思い出の地。
それが、今では見る影もなく焼き払われたままの姿を晒している。
かつて自分の家であった瓦礫の山。自分を大事にしてくれた人の姿はない。
美しかった花畑は焦げた土で覆われ、風は絶望の残り香を運ぶ。

「…っああぁぁぁ……くぅ…」
サトチーの嗚咽が漏れる。初めて聞くサトチーの絶望しきった声。
いつも優しく、強く、俺を助けてくれた友人に俺は何もしてやれない。

俺は無力だ。
仲間が自らの心を潰されかけている時に、何も出来ない。
何をすべきかわからない。
何を言うべきかわからない。

サトチーの慟哭をすぐ傍で聞きながら、立ち尽くす事しか俺には出来ない。


「…っ…済まない。取り乱したね……行こう、誰か町に残っているかもしれない」
何分くらいそうしていただろう。
焦げた地面に突っ伏していたサトチーが顔を上げた。
サトチーは本当に強い男だ…心からそう思う。

その目に涙の痕跡はない…けど…

「サトチー」

先を歩き始めるサトチーを呼び止める。
その目に涙の痕跡はないけどさ…わからないほど俺は馬鹿じゃないよ。

両手を大きく広げ、想像する…彼の泣き腫らしたまぶたが元に戻る事を…
強引に涙を拭って赤くなった瞳が、元の澄んだ色を取り戻す事を…

いつも、サトチーが俺に施してくれた回復魔法。
温かい、安らぎに満ちた光。

俺には、サトチーの心を癒す術はない。
俺自身には、何も出来ない。
だから…この村に僅かに残る、思い出の残り香に呼び掛ける。


…俺の仲間を…大事な仲間を救ってくれ。


俺の呼びかけに応え、一陣の風が吹く。

優しい風は絶望の香りを押し流し、懐かしい香りを運ぶ。
故郷の風が渦を巻き、俺達を…サトチーを優しく包み込む。
サトチーが良く知る風が安らぎのメロディーを奏でる。
サトチーを良く知る風の歌は、癒しの言霊となって光り輝く。

風の歌声 名付けるなら そう ―安らぎの歌―

風が止んだ時、彼の瞳は元の澄んだ輝きを取り戻していた。
「古い知り合いに会うのにさ…赤いままの目じゃあ…その…格好悪いだろ?」
「イサミ…済まない…いや、ありがとう」

山間にある美しい花と緑に囲まれた小さな村。
…そうサトチーから聞いていただけに、俺達の見た光景は衝撃的だった。

「…そうですか…ラインハット軍がこの村を…」
「そうじゃ、その際に多くの村人が傷を負い、命を落とした者もおった。
 生き残った村人達の多くは、この村を捨てて別の町へ移ってしまったわい…」
崩れかかった一軒家で俺達を迎えてくれたのは一人の老人。
パパスさん…つまり、サトチーの親父さんの知人だという老人は茶を淹れながら、
10年前にこの村で起こった出来事を俺達に語った。

「この村を攻めたラインハット軍の将校がワシ等に告げおった… ラインハットの王子が攫われたのはパパス殿の責任。即ちパパス殿は国の怨敵。そのパパス殿の住んだこの村の存在もまた国害と…」
ギリ…と、サトチーが唇を噛み締める。
小さく聞こえたサトチーの唇が軋む音…そして、次に聞こえた音はあまりにも唐突。

ガタン!

俺の横に座っていたヘンリーが、椅子を倒して立ち上がる。
無言のまま、サトチーを見つめるその目には……涙?

そうか、ラインハットはヘンリーの…
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