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◆Y0.K8lGEMAの物語
[第四話]

晴闘雨読[1]
コバルトブルーの海を臨む小さな修道院の裏にひっそりと存在する小さな十字架。
朝焼けの中を吹きつける潮風に浸食され、墓碑銘すら読めない朽ち果てた墓。
「シスター・シエロ。ずっと気になっていたんだけど、あの墓は誰の墓なんだ?」

「あの十字架の下に眠るのは、一つの愛に殉じた修道女だと伝えられています。ずっと昔…記録には残っていませんが、この修道院ができた頃でしょうか… シスター・ビオレッタという修道女が行き倒れの異国の男と恋に落ちました。修道女と異国の男が密かに愛し合っているという噂はすぐに教会の耳に入り、ビオレッタと男は異端として捕えられ、二人は激しい拷問の末に処刑されました。二人は気が狂うような拷問の最中でも互いの不利になる事を口にせず、火刑台に上がった時でも最後の瞬間まで互いを愛し続けたと言われています。その姿が他の修道女の心を動かし、せめて神の下で二人一緒になれるように…と、一つの十字架の下に二人の灰を埋葬したそうです」

「神の下で一緒に…か…二人で生きる方法はなかったのかな…」
「時代が違いますから…命と引き換えに愛を求めた事を誰も責められないでしょう」

俺の手が自然と足元に咲く花を一輪摘み、朽ち果てた墓前にそれを供える。
そんな俺を見て、シスター・シエロ…この修道院の院長が微笑む。
「イサミ様はお優しいのですね。シスター・ビオレッタもきっと喜んでましょう。…さあ、そろそろ戻りましょうか。そろそろ朝食の準備を始めませんと… 皆さんと頂く最後の朝食ですからね」

海の向こうから昇る朝日が小さな墓をゆるやかに照らす。
自由の身になってから一日たりと欠かした事のない毎朝の散歩。
この光景とも今日でお別れか…
つい感傷的になる俺の足元を、さっき供えた花が潮風に吹かれて飛んでいった。


二週間前…俺達を乗せた樽が流れ着いたのは、小さな岬の修道院。
嵐に巻き込まれ、樽の中で気を失っていた俺達はここのシスター達に救助された。
四人全員が無事なまま土を踏めた事を全員で泣いて喜び、久しぶりに口にする温かい食事を全員で泣きながら食べた。

『行き先がないなら好きなだけ修道院にいても構わない』
修道院長のシスター・シエロが微笑みながら言った。

サトチーは父親の遺志を継いで、旅を続けると言う…
ヘンリーはラインハットに帰ると言う…
マリアはこの修道院で兄の無事を祈り続けると言う…

「俺は…残してきた仲間達を助ける。何年かかっても絶対だ」
昨夜、今後の予定を話し合った席で俺は迷わず皆に告げた。

少し前の俺なら、元の世界に帰る方法を探す事を最優先しただろう。
だが、今の俺にはこっちの世界での確固たる目的がある。
仲間達を助けて…その後の事はその時考える。

最初の目的地はこの修道院の北の町 商業都市オラクルベリー。

自由とは、夜明け前の闇を手探りで進むような恐ろしさを併せ持つ。
負けるものか…
…俺は絶対に強くなる。
朝焼けに染まる海を眺めて自分を鼓舞する。
…強くなって、必ずあの神殿に戻る。

「イサミ様…」
シスター・シエロの呼びかけにハッとして振り向く。
「イサミ様はお強い方。ご自身のお悩みも必ず解決できましょう… ですが、イサミ様が道に迷った際はいつでもここを訪れてくださいませ」
朝焼けに照らされたシスター・シエロの姿はいつもより優しそうで…
いつになく寂しそうに見えた。
「…突然申し訳ありません…では、修道院に戻りましょう」
そう言って背を向け歩き出すシスター・シエロの背中は小さくて…
でも、とても広くて温かく見える。

…確か、母ちゃんの背中もあんなんだったけか…

「長い事お世話になりました。このご恩は忘れません」
「皆様の旅の安全をお祈りしております。どうかお気をつけて」
サトチーが代表してシスター達にお礼を述べる。
修道院を後にし、俺達はそれぞれの目的のために歩き出す。



天気は快晴。広い草原の草花を揺らす風が気持ち良い。
へえー、地平線なんて実際に見るの初めてだよ。
あっちの世界じゃあ360°どこを向いても灰色の建物ばっかりだったよなあ。
生まれて初めて見る一面緑の景色に、俺は半ば感動しながら歩く。

「なあ、サトチー。イサミは何でさっきからキョロキョロして歩いてるんだ?」
「さあ? イサミの世界では建物の外に出ない生活が主流なんじゃないかな?」
「はぁ〜〜…それで、外の景色が珍しいって? どうにも退屈な世界だなあ」
「まあ、僕も想像で言ってるだけだからわからないけど…確かに不健康だよね」

列の一番後ろを歩く俺の前で、サトチーとヘンリーがヒソヒソと話し込んでいる。
うん、物凄くよく聞こえてるし、明らかに俺の世界が誤解されているな。
確かに『ここ数ヶ月、太陽を見ていませんが何か?』なヒトも一部存在するけど、それが俺の世界の人間全てだと思われるのは心外d…… どむっ!!

「痛っ!何すんだよヘンリー……??」
背後に何かがぶつかるような衝撃を受け、前に突き飛ばされる。
どうせまたヘンリーの悪ふざけだろうと思った…けど、ヘンリーは俺の前を歩いている。

そぉーっと振り返った俺の目に入ってきたのはアレ。
あぁ、すっかり忘れてたよ。コッチでは出るんだったよね…
やあ、久しぶりだね。モンスター達…

「…って、落ち着いてる場合じゃねえ!モンスターだあ!!」
うん? デジャビュを感じるな…
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