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◆Y0.K8lGEMAの物語
[第三話]

滄海の一涙[2]
「…うん…ごめ…」
「ふん! 情けない男も嫌いだが、言葉を知らない男も嫌いだな」
イサミの言葉を遮ったヘンリーの背後で、サトチーがクスッと笑みを漏らす。
言葉…あぁ、そうか…
「そうだよな…ありがとうサトチー。それに親分」
その言葉に、ずっと頬を膨らませていたヘンリーがニヤリと笑う。
「上出来だ。さすがはこのヘンリー様の見込んだ子分」
いつものように笑いながら俺の肩をバンバン叩…こうとしたヘンリーの手をすり抜け、
サトチーに向き合う。(背後でヘンリーが派手に転んだようだがキニシナイ。)

「…で、ここは…石牢?」

重い規則違反をした奴隷達が投げ込まれる石牢。
奴隷達の宿舎として提供されている薄暗い部屋よりもなお暗い部屋。
奴隷達の寝床として配給されている湿ったゴザよりもなお冷たい石床。

奴隷管理人であるムチ男に歯向かった罰として俺達は投獄された。
朝晩の食事すら支給されず、飢えて死ぬまでただ放置される刑場。
ここに入れられる事は即ち死刑宣告。
「雨水が壁の隙間から染み出してるから飲み水は何とかなるけど、それでも水だけじゃ長くは持たねえよなあ」
奴隷宿舎に取り付けられた扉よりも、はるかに頑強な鉄格子が俺達の生と死を遮断する。
腹が減ったな。二日間何も食わないで寝てたんだから当然だけど…
そう言えば、サトチーとヘンリーは二日間一睡もせず何も食わずに俺の看病をしていた?
俺よりもよっぽど極限状態なはずなのに、そんなそぶりは全く見せない。
一番休んだ俺が真っ先に根を上げてどうするんだ。

「この鉄格子を壊せればいいんだろ?」
俺はゆっくりと立ち上がり、拳を天に向け…
「ちょ…イサm…」
その拳を全力で地面に叩きつける!!

「おりゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




ゴキッ!




うん…手が痛い…
サトチーが慌てて変な方向に曲がった俺の手に治療を施す。

「……ていっ!」 びしっ!
「痛!」
ヘンリーのチョップが再び俺の頭に打ち込まれる。
「ばっかやろ。経験不足のお前にその技はまだ無理だって言っただろ! 今度こそ本当に目を覚まさなくなったらどうするんだ!!」
「…でも…」
「だぁ! 口答えするな子分のクセに!!」 びしっ!
「痛!」
ヘンリーのチョップが三度俺の頭に打ち込まれる。

「まあ、ヘンリーの言う通りだね。僕達が考えなきゃいけないのはただ一つ。『三人とも無事に』ここを出る方法だ。無理はしちゃいけないよ。イサミに何かあるとヘンリーが心配するからね」
そこまで言ってサトチーがクスクス笑い出す。
「だから俺は別に…もういい!」
壁のほうを向いてふて腐れるヘンリーを見てサトチーがまた笑う。
それを見て俺の顔にも笑みが漏れる。
緊迫する状況なのに、なぜか俺達は笑っていた。

「石牢で笑うとは変わった奴等だな…」

背後からの声に、俺とサトチーの顔から笑みが消える。
振り向いた俺の目に入ったのは鉄格子の向こうに立つ男。
その男が身につける純白の鎧の胸に下げられているのは 教団シンボルのエンブレム。
神殿衛兵…ムチ男の上に位する教団の兵士。
ひょっとして、ここで俺達を始末する気か。
俺とサトチーの体に力が入る。
来るなら来い!

「そう身構えるな。お前らをここから出してやる」

聞き間違いか? 俺達をここから出す? 牢の外に?
いや、さては俺達を天国に送ってやるって意味か?
俺達を舐めやがって。ここに一歩でも入ってきたらフルボッコにしてやr…

ガチャ…

入ってキタ――――――――!!
「出してやる代わりに一つ頼みがある。マリア、こちらへ」

マリア様にお祈りして安らかに逝けってか。上等じゃねえか。
よし、そっちがその気ならムチ男を一撃粉砕した俺の爆熱ゴッドフ○ィンガーで瞬殺…
いや、こいつを気絶させて人質にして奴隷解放を要求してやろうか…

背後に隠した拳に全力を集中する俺の前に、金髪の女性が歩み出る。
人質? 卑怯な…てめえの血は何色だあー!!
「このたびは助けていただいてありがとうございました」
…ん? この女の人は確かヘンリーに膝枕をしていた人…
衛兵への怒りが急速に冷める。(と同時にヘンリーへの嫉妬が沸々と湧き上がる…)
「紹介が遅くなったが、私はヨシュア。そしてこっちが妹のマリアだ」
兄が神殿衛兵で妹が神殿の奴隷…妙な兄妹だな。

「頼みというのはマリアの事だ。お前らにはマリアを連れてここから逃げて欲しい」
…ん? 今度こそ聞き間違いか? 奴隷の管理者が奴隷に対して逃げろ? おかしくね?
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