[] [] [INDEX] ▼DOWN

◆Y0.K8lGEMAの物語
[第三話]

滄海の一涙[1]
「ひぎゃああぁぁぁぁ!!」
ウシッ! と、空手の決めポーズを決めた俺の後方から悲鳴が上がる。
振り返るとサトチーもまた、もう片方のムチ男をノックアウトした所だった。

「ありがとう。サトチーの援護がなかったら俺はやられてたよ」
俺の言葉にサトチーが微笑みを見せる。
くじけそうな俺を何度も救ってくれたあの微笑み。
「お礼を言うのは僕の方だよ」

??

その言葉の意味が理解できない俺にサトチーが続ける。
「ありがとう。ヘンリーの事で怒ってくれて」
あぁ…そうか…
サトチーとヘンリーはずっと二人でこの最悪の状況を生き延びてきたんだよな。

―人として、明日を生きるために―

「あっ!」
何かを思い出したようにサトチーが珍しく間の抜けた大声を上げる。
「…ヘンリー…」
「………あっ!!」
サトチーの呟きを聞いて、俺も間抜けな大声を上げる。
頭に血が上って忘れてた。
ヘンリーの容態は?

「…すぴーー…ぴるるるる……すぴーー……」
俺達の死闘を知らず、女性の膝枕で幸せそうに寝息を立てて眠るヘンリー。

拝啓 お父様、お母様。
 ムチ男よりもコイツをぶちのめしたいと思ってしまいました。

「大丈夫。ベホイミはちゃんと効いたみたいだ」
ヘンリーの様子を見て安心しきった表情を浮かべるサトチー。
釈然としない物があるが、ヘンリー以上に幸せそうなサトチーの横顔を見ていると、
俺の中のモヤモヤもスッキリと晴れ渡るような気が……モヤモヤ……

…あれ? 何だ?…
…視界が…モヤモ……ヤ………し…て………

――――――

女が泣いている。
黒い翼の男を抱いて泣いている。
女が泣いている。
女が泣きながら男を抱きしめる。
男の体がさぁっと溶ける。
紫色の霧となって男の体が四散する。
女が泣いている。
紫色の霧の中で女が泣いている。
女が呟く。
霧の中で女が呟く。
紫一色の中で霧の中で女が呟く。
呪いの言葉を呟く。
女が笑っている。

――――――

…夢に違いないよな…まったく酷い夢だ…



こんなにゆっくりと眠ったのはいつ以来だろう。
たっぷりと寝た次の日は実に気持ちがいい。夢はアレだったけど。
奴隷になってから毎日まともに睡眠なんてとってないもんな。
それでも毎朝、定刻の数分前に目が覚めるのは人体の神秘。
寝過ごして鞭で叩き起こされるよりはマシだけどさ。
たまには邪魔されずに心ゆくまで惰眠を貪りたいじゃん?
ま、もう充分に睡眠を楽しんだ。
こんな朝の目覚めはきっと素晴らしいものだろう。

ゆっくりとまぶたが持ち上がる。

「お。やっと目が覚めたなイサミ」
「よかった。丸二日も起きないから心配したよ」
「まったく…経験も積まないでいきなり大技を使うからだ。ぶっ倒れて当然だろ」

もうすっかり見慣れた紫のターバンと緑の髪がぼやけた視界に入る。
二日…そんなに俺は眠っていたのか。
二人ともホッとしたような顔をしているが、心なしか表情に疲労の色が見える。

「サトチーに感謝しろよ。この二日間寝ないでイサミの看病してたんだからな」
「ふふっ ヘンリーだって心配してほとんど寝てなかったじゃないか」
「ばっ…俺はただあれくらいの戦闘でへばる子分が不甲斐無くてだな…」

よく見ると二人とも目の下にクマを作っている。
サトチーの息が少し荒いのは、目を覚まさない俺に回復魔法をかけ続けたからだろう。

「ごめん。俺、助けられてばっかだ…」
「……ていっ!」 びしっ!
「痛!」
ヘンリーのチョップが俺の頭に打ち込まれる。

「覚えておけ。俺は弱い男は例え土下座しても絶対に子分になんかしない。もし、お前が本当に情けない性根の腐った奴なら俺はお前を見捨ててる。お前は俺が子分として認めてやったんだ。子分のお前が情けない顔してたら、親分の俺まで情けない性根の腐った奴に思われちまうだろ」
ヘンリーが怒ったように早口でまくし立てる。
キツイ口調だが、その言葉には彼なりの優しさを感じる。
[] [] [INDEX] ▲TOP

©2008-AQUA SYSTEM-