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タカハシ◆2yD2HI9qc.の物語

クリーニの話
「ははぁ… こんなに大きな"地面"に、我々はあの建物と一緒に隔離されていたのですね…」
「すげぇよな いまだに信じられねぇな」

しばらく肌色の地を蹴り歩く
もう少しでたどりつく緑の茂る地面
この地はまだ、魔世界だった

「もうちょっとで人間の世界ですね」
「そうです ほら、そこの溝、それはくっついた時に出来たものでしょう」
「ほんとか? 溝っていったって浅いぜ?」

地面には長く、けれど浅い溝がかなりの距離にわたって延びていた

「それほどに激しく接合されたという事ですよ」

クリーニが言いながら溝をまたぐ
フーラルと俺もそれに続いたがルビスは溝の前で止まり、手助けを待つ

「タカハシ…」

そんな、切なそうに言わないでくれよ…

俺は仕方なく溝をまたいでルビスの手を取り"人間の世界"の大地へと導いた

人間たちの大地には緑が茂り、所々へ木々を持つこげ茶色の地が続く
魔世界のように肌色一色ではなく、たくさんの色が散りばめられ
軽くトントンと靴を鳴らし、あるべき大地を確かめる

クリーニによれば、ここはメルキドの南になるという
陽はまだ昇り始めていないのか薄暗く、陽を頼りに進む事が出来ない
感覚としては普段の通り遠くまで見えるが、暗い

「こんなんじゃ方向なんかわからないな
 それになんだか暗いのに… 見える? 目がおかしくなっちまったか?」
「まだ朝早いから暗いんでしょう 陽が昇れば太陽の場所で方角もわかります
 それで行き先ですが、メルキドへ行ってみようと思うんです」
「それは、なんでだ?」
「生き残っている人間がメルキドへ集まっていると、あの建物─ いえ塔ですね
 そこで誰かが言っていたんです」
「なるほど 先生に任せるよ」
「我々のいた建物からみて、たぶんこの方向だとは思うのですが…」

ルビスがじっと空を見つめている
きっと何かを感じ取ろうとしているに違いない

「マリアさん、どうかしましたか?」

気付いたクリーニの呼びかけに、遠くに見える丘を指差しながらルビスが言う

「メルキドは、この方向です」
「! あなたは方向までわかるのですか」
「そりゃあいい! まったく、ここらはなんだか薄気味悪いから早く行こうぜ」

ようやく向かうべき場所がわかった俺たち
ルビスが差す方向へと歩く

「クリーニさん、どうしてここがメルキドの南だってわかったんですか?」
「ああ、あのひどい揺れの時、私の部屋の壁が僅かに崩れたんです
 それで、何気なく覗いてみたらそこに大地がありました
 その風景は全く、私が数年前に通った場所と同じでした」
「数年前だって? よく覚えてたな」

俺とフーラル、そしてクリーニは話しながら歩く
ルビスは変わらず、黙ったまま

「そうですね… それは、私が旅をしながら病気や薬などの研究をしていた時のこと…
 グランバニアから、高度な文明を持つといわれるイシスへ向かう途中、この辺りを通ったのです」
「戦えもしないのにか? 無茶だ」
「その通り、無茶な旅でした
 ですが私は、私の考えた医者という職業を広げるためには、命を救う職業を広めるためには、
 自身が命を懸けなければいけないとただそれだけの、思いだったのです」
「ふぅん けどよ、そんな事いったってあんたが死んだらその医者ってのも、広まらないんじゃないのか?」
「はは、まったく
 お恥ずかしい、その事に気付くのは今からお話しする出来事の後でした
 …話は戻りますが、旅の途中でこの近辺を通りました
 そして、私は魔物に襲われ殺されかけてしまったのです
 戦えない私は、逃げることもあきらめ、ただ無抵抗に殴られるだけでした
 "ここで自分はお終いだ"、そう、その時は思っていました」
「クリーニさんは魔法も使えないんでしたっけ?」
「ええ、もともと宿屋の主人でしたから、戦いに役立つことは何も出来ません」
「しかし、戦いもできねぇのにボロボロでよく逃げられたな」
「いえ、逃げたのではないんですよ
 メルビンという商人に、助けてもらったのです」
「ホイミスライムを連れた、メルビンさんですか?」

メルビン、俺たちも確かメルキドを過ぎた所で…

「ホイミスライム? いませんでしたよ」
「そうですか 俺も実は、メルビンさんの世話になった事があるんです
 その時はホイミスライムを連れていたので…」
「なんと、そうでしたか」
「不思議な縁ですね」
「本当です… 私はあのときメルビン殿がいなければ死んでいた
 いまがあるのは彼のおかげです」

メルビンが、ホイミンと出会いトルネコが勇者だったと知らされるのは、この後なんだろう
それまでは孤独に商いをしながら、勇者をさがすんだ
決して明かさない、身近だった勇者…

「それで、結局イシスには行けたのか?」
「はい 私がイシスへ行くと話すと、メルビン殿は目的地が一緒だから共に馬車で行こうと…
 今にして思えば、あれはきっと嘘だったんでしょうね
 戦えない私をみてしまったばかりに」
「イシスからの帰りは?」
「それも、メルビン殿が…
 町まで送ってもらい、そこで別れたのですが滞在後の帰りの途中、
 やはり魔物に追われているところを助けていただいて」
「律儀だな、そのメルビンってのは」
「偶然だと言ってましたが、フーラルさんの言うように送った以上は、迎えにもきてくれたんだと思っています」

コツと、クリーニが地面の窪みに足をとられ、つまずいた

「おっと、大丈夫かい先生?」
「ええ、つまずいただけですから」
「気をつけてくれよ
 ところで今の話と、この場所がメルキドの南だって、どうやれば繋がるんだ?」

そういえばそうだ
クリーニの話は確かにメルキド南なんだろうが、ここがその場所とはわかっていない

「肝心な事を言い忘れてましたね
 メルビン殿が私を助けてくれるために戦ってくれた場所には、大きな岩があります
 その岩は樹に挟まれ二つになっていて、まるで包丁で切ったかのように平らで特徴的な断面なんです」
「おー、じゃあ先生はその岩を見たんだな?」
「そうです 今は塔の後ろになって見ることは出来ませんが、確かにあの時の岩です」
「そうか! なら、ここは先生の言うとおりの場所だな!」
「…その岩は、戦いのさなか魔物もろともメルビン殿が剣で斬ったものなんです
 だから、その信じられない光景は今でも目に焼きついて」
「え、おいおいおい… いくらなんでもそれはないだろ?
 剣で岩を斬るなんて出来るわけがないぜ
 それに商人だって言ってたじゃないか」
「ですが、確かに斬った
 数年前とはいえ目の前で起こった出来事です、忘れようもありません」

岩を斬る?!
あの強いテリーだってそんな事は出来なかった
けれども、メルビンはあのトルネコの師でありテリーを凌ぐ腕前だ
…考えられない事も無い

「ま、まー たぶん、割れかかってたんだろ、その岩」
「そうなんでしょうか… 私はメルビン殿が斬ったと、信じますよ」
「俺も… メルビンさんが斬ったと思いたい」
「お? なんだよタカハシまで… わかったわかった
 そういう事にしとこう」

"ハハッ"と笑い、フーラルはルビスをちらと見る
ルビスはもちろん、何も言わない
不満げなフーラルは、けれども小声で言った

「ま、信じてやるか…」
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