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タカハシ◆2yD2HI9qc.の物語

地上
「え、地上って?!」

ほこりの舞う部屋の中で俺は声を荒げた

「ええ、地上─
 人間たちが暮らす世界の事…
 そう、表現することにします」

地上…
ここは魔世界で俺たちはそこにいて、魔王が創った世界だけど、ここは地上で……?

耳鳴りは収まったというのに、思考がまとまらない
戻ってきたのか? 元の─ 俺の世界とは違う人間世界へ─?

「正確に言うのなら"人間世界と結合した"と表現できます…
 ゾーマの世界が大地ごと、地上と一体になったのです
 先ほどの地鳴りも、その過程のせいでしょう」
「な、なんで人間世界とくっつけなきゃ… ならないんだ??」

さっぱり理解できない
結局くっつけるのなら最初からこんな世界、創らなくたっていいじゃないか…

舞い上がった粉塵がゆっくりと薄れ、散乱した部屋の様子が浮かび上がる
ベッドは元の位置から遠ざかり、椅子やテーブルは巡りめぐって元の場所へと戻ったようだ
違うところがあるとするなら、魔世界よりも光量が少ない事だろう

「そういえば… トルネコさんや他の人たちは大丈夫だろうか…」

この建物には俺たちだけではない、たくさんの人がいる
気力をなくしたままの身体で、さっきの衝撃に耐えられたかどうか

「…・…・…… 消えています……」

ルビスが集中したまま、つぶやく
俺には何が"消えた"のか、わからない

「なんだ、どうしたんだ? 何が消えたって??」
「ゾーマの、影響が消えました…」

どういう事だ?
魔王の影響って?

「力を吸い取ってしまうゾーマの力が、感じられないのです
 正しくは、ゾーマの力ではなく操られた"いのちの源"の力ですが…」

と、いう事は─

「ここにいた人たちはみんな元に戻った、っていう事だ」
「恐らくは… みな、無事のようです」
「そうか… トルネコさんはどうだろう?」
「彼は呪われていますから… 魔世界の影響とは関係がないのです」
「そう、だよな… 仕方ないか」

外は静かとも騒がしいともとれる、雑音に満ちている
うかつに動くのは危険だと判断し部屋の中で様子を伺った

やがて、上の方からコツコツ音がし、その音は近づく
音は、足音もあるが人間の話し声で、移動しているようだ

「おい先生… うろうろして本当に大丈夫なのかよ?
 魔物に見つかったら簡単に殺されてしまうぜ?
 武器もないし、身体がなんだかだるいしよ…」
「しかし、ここが元の世界であることは確かなのです
 あの海と地形は、間違いなくメルキドの南…
 うまく魔物に見つからなければ、ここから逃げ出せるのです!」
「しっ…!
 大きな声出すなって、わかったから…」

元に戻った人たちだ!
部屋を飛び出しそうになる身を抑え、俺はルビスに話しかけた

「聞こえてるだろう? あの声は、確かに人間だよな?」
「ええ、人間です」
「話してるって事は、正気に戻ってるんだよな…」

わずかな時間、俺は考え、ルビスに言う

「俺は、あの人たちに付いて行ったほうがいいと思うんだけど、どうする?」
「…そうですね
 オリハルコンの剣が無い今では、ゾーマに太刀打ち出来るとは思えません
 元より、あなたはまだしばらく戦いを続け、しなければならない事もあるので拠点が必要です」
「え? しなきゃならない事って?」
「それは、後ほどお話します…
 今は、ここを出て生き残っている人たちと合流する事を考えましょう」
「ま、いいか… じゃあ早速、行こう」

なにをしなきゃならないのかはわからないが、とにかく今はここから出るのが先決だ
ルビスの言うように、オリハルコンの剣も探さなくちゃならない
それにしても、考えられないほど俺は積極的になったもんだ…

俺はごそごそと立ち、静かに部屋を出る
狭い通路を眺めると丁度、二人の人間が螺旋の階段を降りきったところだった

「おぉ… あなたがたは正気に戻られたのですね!」

長身の男が言い、足早に近づいてくる

「ん、…?」

どこかで、見覚えがある男だが…

「やや! あなたはタカハシさんではないですか!
 まさかこんな所でまたお会いするとは…」

思い出した!
この男はチゾットで世話になった、医者のクリーニだ

「クリーニさんもここに…」
「そうなんですよ… ん?」

クリーニが俺の後ろを伺う

「メイさんは一緒じゃないのですか?」
「メイは… メイは俺を救ってくれたんです」

一瞬、クリーニの表情がキョトンとする
が、すぐに察したのか"そうでしたか"と、一言だけ呟いた

いま、メイの事を誰かに伝えるとき、どう言えばいいのかはわからない
けどこれで、いいと思う…

「先生─」

クリーニの後ろにいた、目つきの鋭い小柄な男が言いながら出てくる

「知り合いかい?」

クリーニは思い出したように男を紹介する

「ああ タカハシさん、彼は─」
「おっと、自己紹介なら自分でできるぜ」

男がクリーニの話を折って割り込んできた

「俺はフーラルってんだ
 職業は情報屋だ どんな情報でも依頼されれば持って来るぜ、よろしくな!
 先生とはよく商売しててな、馴染みだ
 そこの"ねえちゃん"もよろしくな!」

低くドスの効いている声で自分を紹介するフーラル
俺よりは確実に年上だろう
"ねえちゃん"とは、ルビスの事だ

「どうも、俺はタカハシっていいます
 職は旅人です」

職業を旅人だと伝えることにもずいぶん慣れた
最初は"旅人なんて無職と変わらない"なんて思っていたのに

「おう、よろしくな
 で、先生 早いとこ、こんな所は逃げ出しちまおうぜ」
「ええ、そのつもりです
 魔物もいつ襲ってくるかわかりませんからね」

魔物か
そういえば魔物の気配を感じない
魔世界が落ちる時に逃げたのか?

「魔物は、今のところこの近辺にはいませんよ…」
「なんで─」

(──タカハシ… 聞こえますね?)
(え ああ どこから声がしてるんだ??)

空気を震わせて伝わる声じゃない、けれどルビスの声が、頭いっぱいに響く

(あなたの精神へ直接、話しかけています)
(精神へ? 人間の姿になって力を無くしたっていうわりにはずいぶんいろいろ出来るんだな)
(失ったとはいえ、全てではありませんから…
 これから私は名を"マリア"と名乗ります 出身は修道院です)
(なんで名前を?)
(人間に"ルビス"を名乗ってしまうと、今は逆に怪しまれてしまうかもしれませんし、
 本来、神は人間の前へ姿を現わしてはならないのです)
(わかった、気に留めておくよ)
(それと、魔物はこの辺りにはいません)
(ああ、俺も気配を感じることが出来なかった…)
(恐らく、魔世界の落下地点をあらかじめ知らされていたためでしょう
 私たちにしてみれば、好都合です)
(本当だな 武器が無いんじゃ戦いようも無い)
(ええ… では、そういう事で──)

「タカハシさん! 大丈夫ですか?!」
「えっ ええ…」

クリーニの呼び声ではっと気が付く
どうやらルビスとの会話は一瞬ではなく、相応の時間を要していたようだ

(精神での会話は慣れないと意識を奪われます…)

ルビスが頭に言ってくる

なるほど、そういう事か
こういう事は事前に話しておいてほしいな

「ああ、よかった…
 突然、黙り込んでしまって前を見つめたまま微動だにしなかったものですから…」
「…すみません、ちょっと考え事をしていたもので」
「いえ、いえ
 なんともないのなら、いいんです」

俺とルビスが話している間、フーラルが他の部屋の様子を見に行っていたようだ
戻ってきてクリーニへ伝える

「先生、この階の人間もまだ回復してなさそうだぜ」
「そうですか… 仕方ありません
 我々だけでも先に出て応援を連れ、戻りましょう」
「ああ 俺は下の階を見てくるよ」

フーラルが再びこの場を離れる

クリーニ達は動ける人間だけで、今は建物を出ようとしているそうだ
魔王の影響が無くなり力を吸い取られることがなくなっても、すぐに回復する事は難しい

「タカハシさん、そういえば聞いてましたか?
 お連れのマリアさんが言うには魔物はこの辺りにいないそうですよ」
「お連れのマリアさん…?」
「後ろにいる、女性ですよ
 タカハシさんと一緒に魔物退治の旅をされていたそうで…」

あ、ああ
そうだ、マリアってのはルビスの偽名だ
それにしても魔物退治の旅とは、いったいどういう説明をしたんだ

「ええ、まぁ… たいした事はしてないんですが、そうです」
「それにしてもマリアさんはすごい
 神に仕える人だからでしょうけど、いろんな事がわかるんですね」
「…そうなんでしょうね」

ちらと、ルビスを見る
雰囲気が少し、どう言ったらいいのか難しいのだが、人間っぽくなっている
さすがは神、なんでもありだな…

「どうやらこの階までが、人間を押し込めている階だな
 下へ行ってみたが食糧倉庫になっていたぜ」

フーラルが戻ってきてそう言った

「そうですか
 動けるのは我々四人だけ…」
「まー、しょうがねぇよ とにかく、早く出ようぜ」
「わかりました、行きましょう」

トルネコはどうしただろう…

気になったが今は、下へ降りるしかない
先に歩き出したクリーニとフーラルについて、俺たちも後へ続いた
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