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タカハシ◆2yD2HI9qc.の物語

鍛冶屋カンダタ
「朝だ、タカハシ!」

テンションの高いテリーの声で目を覚ます

「おはよう… もう身体は大丈夫なのか?」
「この通りだ!」

ブンと腕を振り回して見せるテリー

「さぁ、鍛冶屋へいこうじゃないか!」
「おいおい、急かすなよ 準備するから待ってくれ」
「俺はもうずいぶん早く起きたからな 準備万端だ」

なるほど 湯も浴びすっきりした顔
稲妻の剣を腰に携え雷鳴の剣はしっかり抱えている

俺はよろよろベッドから降り手ぬぐい片手に風呂場へ入り湯を浴びる
今回の旅のおかげで起きてすぐ行動出来る特技を体得していた
温かい水に小さな幸せを感じながらゴシゴシと汚れを落とす

「まだか?!」

扉の向こうからテリーが言う

雷鳴の剣が修理出来るのだから嬉しいのはわかるが…
剣が絡むと相変わらず落ち着きを失ってしまうみたいだな

ゆっくりしたいけどこのままではテリーが暴れてしまう
渋々服を着て部屋へ戻るとテリーはそわそわ部屋を歩き回っていた

「よし行こう!」
「ちょ、ちょっと! 俺の準備が出来てないよ」
「手早く頼む」
「町に着いたばかりなんだからもう少しゆっくりしたって…」
「一晩寝ただろう それで十分じゃないか
 とにかく俺は一刻も早くこの剣を直したい」
「はぁ… テリーは剣の事となるとまったく……」

ブツブツ言いながらトルネコメモやらオリハルコンの剣やらを取り出す

「準備できたよ 行こうか」
「よし!」

"待ってました"と勢い良く部屋を出るテリー

「おはようございます、いってらっしゃいませ」

満面の笑みで宿屋の主人が見送ってくれる


フィッシュベルの町は思った通りの漁村
海に面した砂浜へ家が並び 桟橋と数隻の船 並べられた漁具
ライフコッドとは違う潮の匂い
物干し竿には開いた魚がぶらさがり ひらひら汐風に揺れている
見たところ店は市場らしき建物が一軒 とても小さな村だ

「魔物に襲われたら一瞬で無くなってしまいそうだな」
「いやこの町の人間は強いぞ そんじょそこらの魔物など軽く追い払える 元々海賊だからな」

村人が数人 外で家事をしている
男の姿が見えないのは漁に出ているからだろう

家の前に広がる砂浜では"ざざん"と寄せて引く潮
リゾート地として売り込めばかなりの集客を望めそうだ

「なんだ? りぞーと?」
「そう、リゾート …そうか、すまん 妄想だ」

忘れていた ここには存在しない言葉だったか
この世界では俺達むこうの住人の多くが忘れてしまった"自然を自然として享受する幸せ"が日常としてある
どう表現していいかわからないが ある意味人間らしい自然な暮らしだ

今は魔王に支配されてしまっているのさえなければもっといい
魔王がいない時に来たかった……


「たぶんここが鍛冶屋、じゃないか」

想像していた建物とは違い小さな小屋
煙突からは煙があがり 広めの扉の向こうからはガキンカキンと金属を叩く音
外装が周りとは合わない市松模様、だが色は赤白

「落ち着かない模様だな 本当にここか?」
「確かにな、これはちょっとヒドイ でもそれらしい建物はこれしかないから、ここだろう」
「入れば分かるか… よし行こう」

目の前の扉をギギィと開け声をかける

「失礼します」

小屋の中には真っ赤に焼けた髪と巨大な筋骨隆々の上半身裸の男が巨大な金鎚を振るっていた
その側ではしゃがんで殴られる金属を支える男も見える
鍛冶屋で間違いないようだ
それにしても熱い…

「すみません お時間いいですか?!」

鉄を殴る音に負けじと大声で話しかけた

「なんだうるせぇな! 大声出さなくたって聞こえてるよ!」

乱暴な口調 鍛治炭で黒くなった顔を俺達へ向け怒鳴る男

「あ すいません… カンダタさんですか?」
「ああ? そうだよ!」

この男がカンダタか
しかしなぜ怒ってるんだ…

理不尽な対応に困惑しながら話を続ける

「お願いがあるんですが、構いませんか?」
「んだとぉ!? 見てわかんねぇのか良くねぇ!! 後できやがれ!!」

再び金鎚を振るい始めるカンダタ

くっ…!
あまりに酷い対応だが仕方ない 渋々小屋を出る

「本当に腕の良い鍛冶屋なのか? 信じられないな…」
「職人ってのはあんなものだ 適当に時間を潰そう」

とりあえず朝飯目当てに市場へ向かい数歩─

「おまえら! 用があったんだろ、早く来い!」

後ろから硬く大きな声が後頭部へ響く

「え?」
「話を聞いてやる」

後で来いって言ったのはついさっきじゃないか
不満だったが怖いので大人しく鍛冶屋へ戻る
中は相変わらず熱かった


「おう来たな、カンダタだ さっきは怒鳴って済まなかったな
 仕事中は気が立ってしまうんだ そんで、こいつは俺の弟子… 自己紹介しろ」
「バロックと言います 建築家になるため修行中です ちなみにここの外装は私が考えました!」

"素敵でしょう?" 俺達を見るバロックの目がそう語りかけてくる

「あぁ〜 斬新でいいと思いますよ…
 で… 俺はテリー、こっちはタカハシといいます
 カンダタさんにお願いしたいことがあってグランバニアから旅してきました」

"それで?"とカンダタが汗を拭いながらドカリと座る
バロックは"斬新"という言葉に満足気だ

「これを…」

テリーが差し出すのは折れた雷鳴の剣

「ぬ、こいつは… すげぇな…」

手に取り近付け離し光に当てまた近付け剣を観察するカンダタ
それを心配そうに見守るテリー

「この剣を 修理してぇんだな?」
「その通りです ですがそれは魔法剣の上に真っ二つ… 出来るでしょうか?」

再び剣を調べるカンダタ

「…見たところこいつは雷の力を持っているようだ お前、雷魔法使えるか?」
「はい 得意魔法です」
「それなら大丈夫だな お前の魔力を借りることになるぜ?」
「お願いします!」
「よし、やってやろう」

少し見ただけで剣の魔力までも見抜く能力
これは頼もしい
テリーも顔をくしゃくしゃにして喜んでいる


「カンダタさん、これも見てください」

俺は場が落ち着くのを待ってオリハルコンの剣を差し出した

「これはオリハルコン…!」
「そうです この剣を俺に合わせて鍛え直してほしいのです」
「これは、俺がずいぶん前に鍛えた剣だな また拝めるなんてな」
「前の持ち主から受け継ぎました その時にカンダタさんを頼れと」
「トルネコ、だな… あの人の紹介を断るわけにはいかねぇ 鍛え直してやる
 但しこいつは吹き下ろしからやらなきゃなんねぇから時間がかかる」
「お願いします…! 待ちます!」

よかった これで一つ目の目標は達成出来そうだ

「燃えてきたぜ こんなすげぇ剣を鍛えるなんて滅多にねぇからな!」

カンダタの目がギラギラと輝いている
その横でバロックが二振りの剣を食い入るように見る

「んじゃあ、まずは… テリーか、お前の剣から始めるぞ
 このまま放置すると剣自体の魔力が弱くなっちまうからな」
「では! 今すぐにでも…!」

焦るテリー
カンダタは無言で立ちバロックへ指示を出す


バロックによって奥の作業台へと並べられる雷鳴の剣
その横には鉄とも石とも見える小さな塊が三つ
奥の炉では小さな炎がチロチロ踊っている
さっきまでの熱気はだいぶ落ち着いていた

ボーっと立って待つ二人
カンダタが作業台へテリーを呼ぶ

「普通の剣みてぇにただくっつけるだけじゃ魔力は宿らない この"賢者の石"を使うんだ」

そう言いながらその"石"を手に取るカンダタ

「賢者の石… 魔力を持ち回復作用のある不思議な石、ですよね?
 でもその石は世界に一個しか無いと…」
「おう知っていたか だが魔力を持つだけじゃないし石でもねぇ、こいつは魔力を封じ込めることも出来る金属だ
 封じ込めることが出来るから魔法剣の材料として使われてきた
 お前の言う回復作用のある石ってのはベホイミを封じ込めた石だな あれは一個しか存在しない
 他に魔力を持っている金属はオリハルコンしかないがこれは特殊だ」
「じゃあこの雷鳴の剣も…」
「そうだ元は賢者の石だな しかもかなりの魔力を持ったモノを使ってる」
「他の、例えば炎の爪や奇跡の剣、魔法の鎧なども賢者の石なんですか?」

そういえばカンダタは"魔法剣の材料"と言ったな
俺は知らないがテリーの言った武具も賢者の石なのか?

「おう、その中なら炎の爪はそうだな 雷神の槍の刃もそうだ
 ただ、奇跡の剣は違う あれは何か別の力が働いてる
 防具は聞いたことが無い もしかすると誰か造ったかもしれねぇが俺は知らないな
 そもそも俺の専門は剣だけだ」
「なるほど …もしどこかで、賢者の石を見付けられれば雷鳴の剣を複数本作れますか?」

テリーが興味深げに聞く
意図はなんとなくわかる きっと実戦用とコレクション用だ

「いや… 賢者の石はもう手に入る亊はないし魔法剣も新たに造られる事はない」
「ど、どういう事です?」

意外な答えに少し慌てて聞き返すテリー

「賢者の石ってぇのは人の手で創り出されたものだ
 高い魔力と高度な技術で創り出される奇跡の金属と言ってもいい
 魔法剣も同じように高い魔力を持つ職人が賢者の石を使って鍛えたもの
 …賢者の石を創ったのは俺の先祖なんだ
 そして世界にある魔法の力を持つ武器もほとんど俺の一族によって造られた 
 一族は高い魔力を持つ鍛治匠 その技術は代々受け継がれ、俺も知っている」

それならカンダタだって創れるんじゃないのか?

「しかし俺には全く魔力が無い、知識だけだ 親の代ですでに魔力が弱まってしまっていたからな
 実際に受け継ぐことが出来たのは鍛治技術だけだ
 賢者の石の精製技術は門外不出、一族以外に伝えることは出来ねぇ
 その一族も俺で最後だし石はもう創り出せない 当然魔法剣も造れない
 石はここにある三個で最後だ 今回の修理でうまくいけば一個、いかなければ全部無くなるかもな」

という事はここにある賢者の石が無くなったら魔法剣はもう修理できなくなるのか…

「そんな… あ!
 現存する魔法剣を融かしたとしても出来ないのですか? 例えばこの稲妻の剣とか」

俺と同じ心配をしたのだろう 腰に下がる稲妻の剣を抜いて見せる

「お! こいつぁ俺の親が弱い魔力を振り絞ってやっと創り出せた石で造った剣だ
 本人は雷を込めたつもりだがなぜか弱い風の魔法になって名前負けしちまった…
 明らかに失敗作だったのを物好きが買い取ったんだが、まさか再び見られるとはなぁ!
 剣としては一級品だが魔法剣としてはあんまり良くない」

カンダタは少しうれしそうに剣を手に取り振るい、そして言った

「残念だがな 一度魔力を込めた剣を融かして再利用するのは不可能だ
 普通は折れた時点でただの鉄屑になっちまうんだが雷鳴の剣はそうならなかった
 よっぽど良い石と高度な魔力を合わせたんだろう 改めて先祖はすげぇ」

稲妻の剣をテリーに返しながら言うカンダタ

「石が無くなったって剣が元通りになれば俺はそれでいい、気にするな 早速始めるぞ」

炉の炎を大きくするようバロックへ指示し雷鳴の剣を型に押し込み始めるカンダタ

「いいか この石に自分の魔力を入れるんだ
 雷の魔法を放つのと同じように気を送りつづけろ、俺が良しと言うまでだ
 そうしたらその石を炉で融かし再び魔力を送りながら剣の継目に流し込み接合していく
 わかったらさっさとやれ!」
「わかりました…!」

賢者の石を手に取り凝視しはじめるテリー
魔力を持たない俺には石好きの変人にしか見えない

だんだんと熱くなってくる室内
額ににじんだ汗を拭う

「ん? なんだお前まだいたのか! 邪魔だから失せろ、気が散るんだよ!」

俺に気付いたカンダタがとてもひどい事を言った
ずっと目の前にいたのに…

テリーがちょっと気の毒そうな顔で"後でな"と言う
俺はなんだか自分がいたたまれなくなり静かに鍛冶屋を出た

「あれ? おかしいよね おれ、客のはずなのに…」

目眩がする程晴れ渡った空の下 言いようのない淋しさに包まれた男がここにいた
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