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タカハシ◆2yD2HI9qc.の物語

修行
翌朝、朝食を食べている時にトルネコはおかしな事を言った

「今日から、兵士宿舎に泊り込み三週間の戦闘訓練をしてきてください
 あなたの事を王に話したら提案して下さいましたよ」
「え??」
「実は王と私は古い友人でしてな
 三週間もあれば一通り戦えるようになりますし私の弟子と言うことで特別厳しくしてもらえます
 昨日までは私と旅をしながら戦えるようになってもらおうと思っていましたけどね ホッホッ」
「な…」

なんで…?

「食事を終えたら宿舎へ行きましょう
 荷物は必要ありませんからすぐ行けますね」

う…
急過ぎる…
のんびり修行するんじゃなかったのか、何より泊り込みで三週間ってのが… 本気で嫌だ…


極力ゆっくり食べたかったのだがトルネコの視線が痛いので出来ず、程無くして宿舎の入口へきてしまった

「では兵士長さん、タカハシを頼みましたぞ」
「はい! お任せ下さい!」
「ふむ、では私はこれで…
 タカハシ殿、三週間後お会いしましょう」
「え、あ、はい…」

トルネコが離れていく
ああ、本当に… これこそ夢であってほしい…

「タカハシと言ったな
 俺は兵士長のピピンだ、ついてこい」

ピピンに連れられ何やら薄暗い場所にきた

「お前の部屋はここだ」
「ここってもしかして…?」
「そうだ、牢屋だ
 今は誰も使っていないし宿舎は空き部屋を作る暇が無くてな
 寝るだけだから問題ないだろう、後で迎えにくる」

ピピンが牢屋から出て扉を閉める

まさか牢屋に寝泊まりすることになるとは、な
鉄格子じゃないだけまだマシか…

手ぶらで来た俺は特にすることもなく床に座る

ふぅ
これから三週間、どこまで出来るようになるのか
そして… 修行が終わったら俺も魔物を─ 倒すんだ

『ガチャ』

「タカハシ、ついてこい
 すぐ訓練を始めるぞ」
「す、すぐ?」
「当り前だ、三週間しか無いんだ
 それまでにお前を一人前に仕上げる、さぁ」

三週間で一人前って、無茶にも程がある
辛い修行になるんだろうな…

俺はピピンについて、訓練場に入った

「ここで剣術を学んでもらう
 ……しかしお前は細すぎるな、どうやって今まで旅してきたのだ」
「はぁ、なんとかやってきました…」
「剣を振り回しているうちに鍛えられるだろう、これを持て」

ピピンが剣を俺に渡す
銅の剣より重たいが刃がちょっと丸くなっている

「訓練用の剣だ、斬れないように刃がダミーになっている」

…死ぬことはなさそうだな

「基本的に剣は叩きつけ相手を裂く物だ
 相手を斬る事を前提にしているのはカタナと呼ばれるものだが職人が居なくなり使われていない
 それと、斬れない刃だと思って油断すると死ぬぞ」
「訓練だから、それは… ないですよね?」

「ぬるいやつだ…」

『ドスッ!』

ピピンが剣を構え俺に一撃を喰らわす

「ううぅぅ……!」
「楽な特訓だと思っていたようだが今ので眼は醒めただろう
 甘い考えは今すぐ捨てて構えろ」

うぅ… 腹が…
それに構えろったって、何も分からない…

「俺の構えを見て真似しろ、基本動作を一週間で叩き込んでやる」

ピピンの構えを真似し剣を構える
それに対して激が飛び、構え直す
構えが出来たらそのまま攻撃や防御の動作を繰り返す
疲れて腕や身体が動かなくなっても無理矢理続けさせられる

俺は何度か倒れ気を失ったがその度水を掛けられ起こされる
部屋へ戻ったのは陽が落ちかなり経ってからだ

「今日は終わりだ
 しっかりメシを喰ってから寝ろ、明日も早いぞ」

食事抜きで特訓させられた
正直疲れすぎて腹も減らないし何も食べたくない
だが今食べておかないと明日持たない

しばらくして山盛りの食事が運ばれてきた

「飯だ、残したら罰が待っているぞ」
「はぁ……」

残したら罰って、そんな山盛り普段でも…

俺は吐きそうになりながらも時間を掛け完食した
身体はもう動かない

「うぅぅ… なんでこんな目に…」

これから送る毎日に絶望しつつ、そのまま湯も浴びず眠った



次の日からも同じ事の繰り返しで持たないと思っていたが、七日目には楽になり笑顔で終えることが出来た

「筋肉や身体の成長を促進させる食事メニューだからな!
 ……それにしてもお前は成長が早すぎる 今までが軟弱だったからだろう!」

ピピンはそう言っていたが自分でも驚く程身体は鍛え上げられている
恐ろしい食事だ

外がまだ薄暗い、明日からは実戦だと言われた
早く終わったなら町を見たかったが外へは出してもらえない
やることもないので早めに食事を済ませ湯を浴びベッドに転がった

…最初の三日は死ぬかと思ったけどそれから急に楽になったな
人間の身体は不思議だ…

明日からの実戦訓練って、どんな訓練だろう
ピピンと戦うのか?
それとも別の兵士が相手なのか…
実戦というくらいだから魔物相手かもしれないな
たぶん相当厳しいのだろう、だから今日は早く終わったんだ

得体の知れない明日に備え俺は眠った…



「今日から俺が実際に相手をする 手加減はしない、覚悟は良いな」
「でも、俺はまだ構えや剣を振ったりしか出来ませんよ
 それでどうやって戦うんですか…」
「それだけ出来れば十分だ
 一つアドバイスするなら相手の動きを良く見、次の動きを予想するんだ
 予想出来た時点で自分の動きがおのずと決定する
 訓練で散々やった攻撃と防御の動作を思い出せ!」

無茶を言ってくれる
振るだけしか出来ないのにどうすればいいんだ
しかも相手は兵士長、素人が敵う相手じゃない

「安心しろ、ちゃんと回復魔法の使い手も待機してくれている」

余計に危険な気がするんだが…

「構えろ!いくぞ!」

『ガキィン!』

ピピンの不意をついた攻撃に反応しなんとか受け止める

「ほう、いい動きだ!」

ピピンがバックステップで距離を置く

くそ、遠慮しないってんなら俺だって!

『ヒュ!』

振った剣が虚しい音をたてる
構わずピピンへ刃先を向け再度剣を振った

『ギィン! カァン!』

「ふむ、お前はセンスがある…」

ピピンは少し嬉しそうに言った

「トルネコ殿が私に任せてくれたのも納得がいく
 よし、どんどん来い!」
「は、はい!」


どうやら俺はセンスがあるらしい
その後も食事休憩を挟み続けていく

「よし、いいぞ
 お前は相手の動きを予測する才能があるようだ
 残り二週間、その才能を伸ばすぞ!」

なんの才能だか俺には分からないが、俺は自分に出来ることを必死にやるだけだ
この日は俺が攻撃をしピピンが守るというスタイルで終わった



次の日からの訓練は地獄だった
ピピンは容赦なく攻撃を俺の身体に当ててくる
俺は避けるのに必死だがそれでも時々攻撃をした
もちろん当たるわけがなくあっさりかわされ反撃を喰らう
その度ホイミやベホイミ、時にはベホマをもらう

「お前は相手に対して攻撃するとき迷いが出来るな
 だから攻撃する瞬間が手に取るようにわかるんだよ
 才能があるのにもったいないぞ!」
「ハァハァ… ど、どうすれば?」
「躊躇いを無くせ、相手を本気で倒す気力を出せ」
「…そのつもりでやってるんですが…」
「いいや、お前は甘い
 今のままでは魔物と対峙した時心を読まれ殺される」

トルネコも、甘い考えは命取りだと言っていた…
迷いか…

「今からお前の甘さを消してやる…」

ピピンが少し離れ剣を振る

『ゴゥゥゥゥ!』

「…!?」

突然風が、風の刃が俺の身体を細かく斬り裂いていく

「今のは真空波という剣技だ…
 俺はお前を殺すつもりで攻撃する、死にたくなくば俺を倒せ!」
「ちょ…!」

『ゴォウゥウ!』

剣を盾にするが全く効果が無い
俺は再び斬り刻まれてしまった

くそ、こんなのありかよ…!

『ザッ』

俺はダッシュしピピンとの間合いを詰める

『ドスッ ガッ!』

「う…ゴホ…!」

ピピンの攻撃が腹と腕に決まり前屈みで距離を置き直す

「間合いを詰めるときも相手を見ていないとダメだ!」

『ゴウゥゥゥ!』

また、真空波!
俺は横っ跳びでかわす

『バキッ!』

「がっ…!」

風の刃に隠れて移動していたピピンに顔を蹴られてしまう
驚いたのと痛さで思わず尻餅をつく

そこへピピンが容赦なく剣を打ち込んでくる

『ガキ! ガッ! ギィン! ドス! ドゴ!』

最初は剣で受けていたのが徐々に身体に当たり始める

「早く反撃しないと死ぬぞ! ハッ!」

『ゴウウウ!』

「ぐあ!!」

『ドスンッ!』

とどめに至近距離で真空波を喰らいふっ飛ぶ

剣での攻撃を捌ききれずかなり受けてしまい動けない
それに加え真空波での深い傷
回復しようと兵士が近付くがピピンがそれを止めた

「回復はいらん」
「しかし、このままでは本当に死んでしまいます!」
「俺が責任を取る! 余計な手出しはするな!!」
「しかし……」

兵士はピピンの勢いに負け下がってしまう

「…! よし、ここで立たなかったらひどく失望していたぞ」

俺はなんとか立ち上り剣を構える
しかしほとんど力が入らない

『ゴォォウゥゥ!』

真空波だ

「ぐあああ…!」

避けきれず喰らってしまい膝から崩れる

「倒すなんて無理だ…!」

身体はもう限界だった
だがピピンは攻撃の手を緩めようとはしない

殺すつもりなのか…
だけどこのまま倒れて終わるのは悔しい
せめて一撃、かするだけでもいいから当てたい…

『ゴォォォゥ!』

また…!
このままやられてしまうのか、このまま何も出来ずに…!

動きたいが足が言うことを聞かない為移動は出来そうにない

こうなったらヤケだ!
風だけでも斬ってみせる!!

俺は最後の力を振り絞り剣を上段から風の刃に向け振り降ろした

『ゴオオッ! ズサッ!』

「な…!!」

『ドサッ』

ど、どうなったんだ?
なんで攻撃がこないんだ…?

俺は最後の一刀で倒れてしまい動けなくなった
ピピンを見ると驚いた表情で座り込んでいる

「まさかお前が俺より大きな真空波を出してくるとはな…
 よし、ベホマをかけろ!」

ベホマを掛けてもらい、俺は立ち上がった

「何が起こったんです?」
「お前が本気になればランクが上の相手に傷を負わせる事が出来ると言うことだ
 今の必死さを忘れるじゃないぞ!」

俺がピピンより大きな真空波を?
…どうやったかは覚えていないけど一太刀浴びせることが出来たのか

「少し休憩して再開だ」
「まだやるんですか…?」
「当り前だ! 今の感覚を忘れない内に続けるぞ!
 トルネコ殿にもかなり厳しくするように言われている」

トルネコさん… ここは… 地獄です…



それからあっと言う間に二週間が過ぎ訓練は終わった
二日目以降、ピピンは無茶をしなくなりしっかりと剣術を叩き込んでくれた
最後の一週間になるといい勝負になり、時々勝つことすらあった

「お前はどうも普通の人間とは違う
 強くなる早さが異常だ、悔しいがすぐに俺は抜かされてしまうだろうな」

ピピンはグランバニアの中級兵士長で強さもそこそこらしい
俺は異常なのか?

「だが上級兵士達にはさすがに敵わないぞ
 彼らはエリートで五人しか居ない
 魔物が大群で襲ってきたとしても一人で退治できる程の強さなのだ
 この世界でも彼らに敵う人間は限られるだろう
 そしてそのエリートをも越えるのがトルネコ殿だ」

訓練で見ることはなかったがエリートか、きっと嫌な感じなんだろうな…
トルネコもやっぱり強いんだな、商人なのになんでだろ


「訓練は終わりだ、トルネコ殿について強く立派な商人になれよ!」
「世話になりました…」

まるで刑務所から出処するような面持ちで外へ出る

「おお…」

外は夕焼け色に染まり、その光景は思わず声を出す程美しい

「やっと… 自由なんだ…… ぅぅ…」

三週間ぶりに見る空に、俺はすっかり感動してしまった
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