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タカハシ◆2yD2HI9qc.の物語

片鱗
森から小屋へ戻った俺たちは食事休憩しグランバニアへ向け出発した
ここから数日かかるそうだ

「数日なんて、長時間歩いた経験は無いから足手まといになってしまうかもしれない」
「急ぐ旅でもありませんから、ゆっくり歩いていきましょう」

無事グランバニアにたどり着けるだろうか…

「今後、タカハシ殿は私の弟子という事にしますぞ
 "違う世界からやって来た"なんて話してしまうと混乱の元ですからな
 出身は…記憶を失いこの小屋で出会ったことにしましょう」
「わかりました
 弟子として頑張ります、いろいろ教えてください」
「ホッホッ 弟子を持つのは初めてだから照れますな
 早速歩きながら講座を開くとしますか」

グランバニアに着くまでの間、この世界の常識みたいなものを教わることになった
見習いとはいえ一般常識を知らないのはまずい

トルネコは最初に通貨や世界の状態、国の事を教えてくれた
通貨は単位が"ゴールド"というだけであっちの世界とほぼ変わりない
俺、無一文なんだけどこれからどうしたらいいんだ?

「お金の心配はしなくても大丈夫です」

トルネコはそう言ってくれたがやはり落ち着かない
実際の金銭で助けてもらうのはかなり気が退ける

「まぁ、商人の知識がついてくればお金も稼げますよ
 では次の話に移りますぞ」

そんなに長くこの世界にいたくないんだけど…
トルネコは気にせず話を進める

「かつてこの地には六つの国と十二の町が存在していました
 ですが50年前魔王が現れ五つの国と八つの町が魔物たちによって滅ぼされてしまった」
「なんで手っ取り早く全てを滅ぼさないんでしょうね?」
「人々の絶望や悲しみ、憎しみなどという感情が魔王の力を強大にするらしいのです
 これは魔王自身が言っていたことなので本当なのでしょう
 それを示すように見た事のない魔物や見た事の無い強力な攻撃をする魔物が増えた」

なるほど、だからある程度の人間は残しているんだな
俺が目を覚ましたあのメルキドの町も滅ぼされてしまったんだろう
しかし魔王自身から聞いたなんて本当なのか? どうやって聞いたんだ?

「魔王が今後どうしていくのかわかりません
 ですがきっと勇者が現れ魔王を打ち倒してくれると信じています
 だから皆はまだわずかな希望を持って生きているんです」
「勇者?」
「ええ
 勇者とは魔王を討ち倒し世界を救う強い人物の事です
 魔王を倒すために特別な力を持って生まれてくる、古い言い伝えです」

言い伝え?
この世界の人はそんな物を信じているのか?

「もちろん─」

信じている?

「私は… 信じていません
 ですがそう思う事で希望を持ち、魔王に力を与える事のない様にしてるんですよ
 それに、魔王を打ち倒せるほどに強い人間は必ず現れる
 我々の神ルビス様だっていつまでも黙って見ているわけがありません」
「…神なんて本当にいるんですか?」
「美しい女神だと言われていますが、実際の姿を見た者はとても少ない
 ですがルビス様はいます」

言い伝えは信じないのに神は信じるのか
まぁ宗教と似たようなもんなんだろうな
本当に神様がいるのならもうとっくに世界を助けてくれているはずだ

「魔王に名はあるんですか?」
「ゾーマです、魔王ゾーマ」



昼すぎから歩き始めたのであまり進まないうちに陽が傾き暗くなりはじめた
夜は魔物が活発に行動するという事で今日はここで野宿だ

遭遇した魔物は全てトルネコが相手をしてくれていた
長い剣を軽々と操り魔物をバサバサ斬り捨てていく様はまるで時代劇そのもの
俺にも早く経験を積んで欲しそうだったが、魔物に対しては裸同然の俺を見て諦めたらしい
グランバニアに行かないと装備を用意できないそうだ
装備が揃ったら戦わなくてはならない

戦うことについてはまだ迷っていた
殺らなきゃ殺られるのだからそんな事言っていられないのはわかるが…
まだ決意が…

「どうかしましたかな?」
「ああ、いえ なんでもないんです」
「さぁ、これだけあればいいでしょう」

そうだった
薪を集めていたんだった
ボーッとして一本しか見付けられなくてごめん

近くに木や草の無い所を見付け、少し穴を掘り薪を置く
その上に鍋を吊るす金具を用意した

「タカハシ殿の世界に魔法はありますかな?」
「魔法?! 無いですけど…」
「では今からお見せしましょう」

トルネコは静かに薪の方へ手の平を向け集中した

『ボッ』

トルネコの手の平から小さな火の玉が飛び出し薪に火を付ける

「手から火が!!」
「ホッホッ 今のは"メラ"という火の魔法です
 本来は戦いで使うんですが生活でも役立つ
 戦いの時は威力を高めたり意識を集中しやすくするため魔法名を声に出しますけどね」
「今のが… 魔法…」
「そうです
 魔法には "火" "氷" "風" "雷" "治癒" "能力上昇" の6種類ありましてな
 私は火と風、少しですが治癒魔法も使えます」

かなり動揺してしまったがここは異世界
何が起こってもいいじゃないか、おかしくなんかない

今後の旅において魔法が使えれば絶対便利だ
なんでもいいから使えるようになったほうがいいだろう
だが、この世界に人間では無い俺に使えるだろうか?

「お、俺にも使えますか?」
「……… 魔力は感じますね、使えると思いますよ」
「教えて…もらえませんか?」
「魔法を使うにはまず、高度なレベルの神官に魔力を引き出してもらう必要があります
 残念ですが私には魔力を引き出すことは出来ません、なので基礎魔法の効果を教えますよ」
「そうなんですか…」
「そうガッカリしないで下さいよ
 代わりに、タカハシ殿には剣の修行をしてもらおうと思っていますから」

魔法なら直接的じゃないからいけると思ったんだけど…
俺も剣で直接、魔物を斬る事になるんだな

「さ、夕食を作るので少し手伝ってくだされ」



『グツグツ』

鍋を火にくべ、食材が煮込むのを待つ
今夜は千切り野菜と干し肉のスープとパンだ
この肉、魔物の肉じゃまさかないよな? いや、でも魔物は倒した後消えていったし…

そんな事を考えドキドキしている間にスープが出来上がる

「うまい!」
「年々野菜の出来は悪くなっているのですが、こうして煮込んで調味料を使えばわかりませんな」
「腹に入れば同じって事ですね」
「そういう事です ホッホッ」



食事を済ませ後片付けをし、する事が無くなった俺はトルネコに剣を見せてもらった

「これはオリハルコンという特殊な金属で出来た剣でしてな
 魔法剣でも鍛え直せるフィッシュベルの鍛冶屋に、剣にするよう頼んだのです」

剣は刀身が長く、幅は6cmくらい
6cmというのは細いほうらしい

これで魔物を切り裂くのか…

「人の心の力といいますか、精神力に反応する金属で世界にこれ一つしかありません
 剣なので一つではなく一振りになりますな」
「そんな貴重な金属を剣にしたんですか」
「私は物心着いたときから旅をし、そしてこれからも旅を続けていくつもりなので
 飾っているよりこうして強い武器として使った方が良いのです」

"精神に反応する"金属
これは強い心を持っていると普通に使う以上の威力になり使う者を助けてくれる
なぜそうなるのかは全く分かっていないそうだ

「私は強い心を持っていませんが ホッホッ」

トルネコはそう言って笑ったが表情は少し寂しそうだった
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