[] [] [INDEX] ▼DOWN

タカハシ◆2yD2HI9qc.の物語

生きるために
「この辺りでいいでしょう」

次の日俺はトルネコと小屋近くの森の中にいた
結局自分の部屋で目覚めることはなく小屋の天井を見ながら起きたのだ
"こうなったら腹を決めるしかない"と、俺はここで戻る方法を探す為に頑張ることにした
不安はあるが前に進まないと戻れるものも戻れない

「ここら辺に生えているこういう草、これは風邪を治す薬になるのです
 この袋いっぱいに刈り取ったら小屋へ戻りますぞ」

トルネコはそういいながら草を見せてくれたが知識の無い俺にはただの雑草にしか思えない

「これが薬に…
 風邪を治すだなんて、たぶん俺の世界じゃ金持になれますよ」
「ほう、風邪の薬で金持ちとは ホッホッ
 こういう薬草ならたくさんありますよ」
「ふぅん
 便利な世界だなぁ…
 あっちの世界は休日になると病院がいつも満員、多くの人が何かしかの病を持ってる
 最近では心の病で悩む人も多いんですよ」
「心の病ですか、大変な世界ですな…
 ところで病院というのはなんでしょうかな?」

病院すら無いのか、なんて世界だ

「病院というのは、病気を治す専門家が治療する場所の事です」
「ふむ、たぶん教会と同じなんでしょうな
 教会では神父様が病気や悩みを治してくれるのです」

教会が病院か
まるで中世のヨーロッパだ
俺の悩みもスパッと解決してくれるのだろうか…



『ザクッ ガサッ』

森の中には草を苅る音だけが響く

「そういえば動物が全くいないんですね 人が来たから逃げたのかな」
「そうではないのですよ
 自然の動物は魔物が暴れ出してから急激に数が減り、今では滅多に姿を見られないのです」
「魔物、ですか…」

魔物というものが未だに信じられない
確かにスライムは見たんだが…

「ふぅ、これで袋はいっぱいになりました
 さぁ、戻りますぞ」
「戻った後は?」
「いったんグランバニアの町へ向かいましょう」
「最初に言ってた町ですね」
「ええ
 城で王と謁見してから、グランバニア南にある腰痛を和らげる木の実を取りに行きます」

王と謁見とは…
この世界に慣れるのは時間が掛かりそうだ

二人は森の入口へ向かい歩き始める

『ガサッ』

後ろで何かが動く音
俺とトルネコはほぼ同時に振り返る

そこにはあのスライムと木槌を持ったでかいネズミみたいな生き物、魔物がいた
魔物は夢じゃないんだ

「タカハシ殿は下がっていなされ」

トルネコに言われ俺は少し離れる
俺が離れたのを確認するとトルネコは腰に手をやる

「あ、あれ? しまった…」

慌てた様子で荷物をあさっている

「ギィィ!」

背中を向けしゃがんだトルネコにネズミが木槌を打ち付ける!

『ガシィン!』
「ト、トルネコさん !?」

トルネコは荷物から取り出したであろう長い剣で木槌を受け止めていた

「大丈夫ですよ、ここらへんの魔物にやられる事はありません」
「グ…キィ…!」

ネズミがくやしそうな声を出す
その声を受けてスライムがネズミの後ろからトルネコへ向かう

その瞬間─

『ズサッ! ザシッ!』

二つの音がトルネコの前の方で聞こえると同時に2匹の魔物は地面に倒れ動かなくなった

「さぁ、行きましょうか」
「え?」

一体何が起こったんだ?
トルネコは立ち上がったようにしか見えなかったが…
まさかあの剣で斬ったのか?

モグラは血を流し全く動かない
スライムは身体に大きな裂け目が有りネズミ同様動かない

「殺した…んですか?」
「ええ、もちろん」

トルネコは剣に付いた血を拭き取りそれを腰にぶら下げて言った

「もちろんって… それに、剣を持ち歩いているんですか…」

殺すのが当然だといわんばかりの返事に動揺する

「……タカハシ殿、今の内に厳しい話をしておきます
 魔物は老若男女問わず、見境無く人を殺し時には町を滅ぼす
 今のは何もしなければ私が死んでいた
 それに情けを掛け殺さなかったとしても後々別の人間を殺す
 決して好きでやっているわけではありませんよ」

魔物が恐ろしい存在とはいえ生き物を進んで殺さなきゃいけない世界、なのか…?

「魔物を動物などと同じに考えてはいけません
 あなたも元の世界に戻る方法を見付けるまでは、いえ、帰り着くまで生きていなければ意味がありません
 今はまだ私一人で対応できますが旅をしていれば今よりはるかに強い魔物にも遭遇します
 タカハシ殿も戦うことになるでしょう
 そんな時もし情に流されでもしたらその瞬間、私達を待つのは死です」

"殺す" "殺される" "死ぬ" "生きる"
あっちの世界では、少なくとも日本では縁遠いこれらの言葉が…
こっちの世界では、生活とこんなにダイレクトに繋がる…

「…あなたの世界には魔物がいないのでしょう
 だから魔物を倒すことに戸惑いを覚える
 ですがここでは生き延びるために魔物を殺さなければいけない
 理解できないのも今は仕方ありませんが」

…現実的ではない話だが目の前には現実そのものが横たわっている
倒れた魔物に目を向けるとその身体が淡く白い光に包まれ消えていった

「消えた…」

俺は突然突き付けられた現実に、しばらく動くことが出来なかった
[] [] [INDEX] ▲TOP

©2006-AQUA SYSTEM-