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最終章[7]
魔王を復活させようとする狂気のサクヤが放った砂塵の槍と毒牙のナイフは、二人の命を確実に奪うよう寸分の狂いもなく飛んでいく凶器。
しかしそれがサクヤを狂喜させる事はなかった。
一陣の風が吹き込み、その二つの武器を破壊してしまったからだ。
「な――」
ヨウイチ達の命を救ったその風は止むことなくサクヤにも襲い掛かり、
剣を構える腕に鋭い三本の傷を負わせた。
「う〜わんわん!!」
「タ、タロウ……?」
外へ逃がしたはずのタロウがそこにいた。
鉄の爪や前掛けを装備しているタロウは先ほどよりもいくらか凛々しく見えた。
しかし、助けを呼んでくるにしてもこの帰還は早すぎる。

「タロウ……どうして戻って来たんだ……」
石版を守るという命を受け、タロウは走った。
神殿を抜け洞窟を走った。
石版をあいつに渡してはならない。
タロウは自分の使命を本能的に理解していた。
あの時どうして自分が吠えたのかタロウ自身にもわからなかった。
ただ、サクヤから嫌な匂いがした。
本当にそれだけだったのかもしれない。

タロウは思った。
この世界に来たばかりの僕はただの迷い犬だった。
でも、いろんな犬や人の協力を得て帰る方法を見つけようとした。
だからきっと今度は僕がみんなを助ける番なんだ。

今の僕にできることは走ることだけ。
でも、僕ならどんな人間より早く走ることができる。
石版を渡さないように逃げること。
それは僕にしかできないことだ。
(光が見えてきたよ。もうすぐ洞窟の出口だ!)
タロウは大きく遠吠えをして、再び神殿に戻る事に決めた。
「その犬がどうして戻ってきたか。それは逃げることができなかったからですよ」
サクヤがタロウの行動などお見通しといった感じでそんなことを言い出す。
「こんなこともあろうかと洞窟の入り口に配下のゴーレムをおいておきました。とても犬一匹では太刀打ちできる相手ではありません」

しなのたちに絶望が広がる。
サクヤの計画は完璧だった。
「この状況で石版を守る方法。それは二人と一匹で協力して私を倒すことでしょうね。その犬はそう判断したのでしょうか。愚かですね。素直に石版を渡せばいいものを」
タロウは低い声を出してうなる。
サクヤが暗に無理だと言っている事をまだ諦めてないのだ。

「そうそう、ゴーレムといえば前にも役に立ってくれましたよ。私の協力者さん達に私の正体を怪しまれたと思ってね。ゴーレムに私を襲わせたんです。そのとき弱みを見せることで私が弱い人間であると印象付けたんですよ。ちょっとした道化師でしたね。笑いをこらえるのに苦労しました。一度私を疑ったことへの後ろめたさか、彼らはそれまで以上に協力してくれました」
サクヤの非情がヨウイチ達の心を奮わせる。
誰かを騙す事に苦労した、などという話を聞いて穏やかでいられるはずがない。
それにタロウが戻ってきてくれたのだ。
そして一緒に戦おうとしてくれている。
タロウも仲間なんだと再確認した今、サクヤに負ける訳にはいかない。

「ベホマラー!」
回復の光が二人を包み、火傷と裂傷を癒していく。
しかししなののベホマラーはあまり効果が高くないのだが、それでも何とか痛みによる気持ち悪さを我慢しながら立ち上がった。

「ふぅん、まだやるというのですか。仲間と一緒なら何でも出来るというところですか。仲間を思う気持ちで何ができるのです? どこまでも愚か者は愚か者なんですね」
「本当に愚かなのはどっちか教えてやるよ!!」
ダンに鍛えられた心がヨウイチにそんな事を言わせた。

「とは言ったものの、どうしたもんかなぁ……」
「……なぁヨウイチ、サクヤは呪文が使えないんじゃないか?」
傷口に布をあてがいながら止血をするサクヤを見て、しなのがそんな事を言う。
そう言えばサクヤは戦闘中も一切呪文を使っていない。
神殿の入り口を破壊した時も、今だって腕の傷を呪文で治そうともしない。
「なるほど。そう言えば特殊武器ばかり使ってるな。とりあえずあの武器さえどうにかしてしまえばいいのか」
「まぁ痛手を与え続けるのも手だとは思う。が、呪文が跳ね返されてしまうのはいささかやっかいだからな」
「具体的にはどうするんだ?」
「ん……」

しなのは改めて神殿内を見渡す。
辺りは大分暗くなってきており、もう少しで日が落ちるだろう。
その時灯りのないこの神殿内は真っ暗になるはずだ。
「……タロウは夜目が利くはずだ」
「嫁?」
「わんわん!」
タロウはその言葉でリリアンの事を思い出した。
そういえば「あの子が僕のお嫁さんになったんだよ」と二人に報告するのを忘れていた!!
「違う違う。夜の目だよ」
「あぁ……」
「くぅん……」
「タロウ、光が消えた瞬間を狙ってサクヤの動きを封じて欲しい」
「わんっ!!」
「俺はどうする?」
「サクヤの気を逸らしてくれればいい。後は私が何とかしよう」
「何とか?」
それには答えずしなのは行くぞ、と一声かけた。

暗くなるまでもう時間がない。
気付かれてはどうにもならない。
上手くいくかも分からない。
けれどこれが決まれば、きっと自分達の勝ちだと信じた。
そう信じなければ失敗してしまいそうで、無理矢理信じるしかなかったのかもしれない。
それでも二人と一匹は互いを見やって頷き合った。
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