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最終章[5]
「よしヨウイチ、お詫びにこれをやろう」
「これをやろうって、薬草じゃないか」
薬草で詫びるというのがヨウイチにはよく分からなかったが、サクヤに吹っ飛ばされて痛かったのでとりあえず食べておく。
するとボリボリと何か堅い感触が口に広がった。
これは何だ、とヨウイチはしなのに目で問いかける。
「しなのちゃん特製薬草だ。命の木の実とスタミナの種と不思議な木の実と――」
「分かった分かった……あぁまずい……。しかしなぁ、本当にサクヤが俺達とは違う世界に帰りたいだけだったらどうするつもりだったんだ?」
「……鎌をかけるっていうのは得てしてそんなもんだ」
それにタロウが無意味に吠えるとは思えない、としなのは考える。
動物の方が危機を察知する能力に優れている場合もあるのだから。
しかしヨウイチにはそんなしなのの言い草に頷く事しかできない。
誰かを試したりする事には慣れていないのだ。

「ふぅん……なぁ、聞いていいかな」
「なんだ?」
「元の世界へ戻ったら最初に何をしたい?」
「ヨウイチ。 今はそんな事を――」
「俺はもう決めてあるんだ」
ヨウイチはしっかりと前を見据えながら、はっきりと言った。
その目には明確な意思が宿っているように見えた。
「そうか……参考までに聞かせてもらえないか」
「暖かい布団に包まりたい」
「……すぐ叶うと思うぞ」
そう言った後にクスリと笑って、それは良い案だとしなのも思い直す。
ヨウイチとしなのはサクヤを神殿から出させないようにするため、武器を構える。
破邪の剣と炎のブーメラン。
使いこなすにはまだまだ慣れない二つの新しい武器だ。

「そうですか、それがあなた達の選択なら仕方ありません」
サクヤは爆弾岩の欠片を手で軽くもてあそび、懐にしまい直す。
この二人が死を望むなら殺してやろうと決めた。
武器を一つ取り出し、その重さを確かめるようにした。
身長の1.5倍はありそうな槍だ。
「さぁ、どこからでもどうぞ?」
友人を招くかのような仕草で両手を広げる。
しかししなのたちには迂闊に切り込む事が出来ない。

「あの武器、分かるか?」
「いや……」
見た目だけで判断出来ないという言葉が身に染みて分かるこの世界。
その武器が本来の槍の役割しか果たせないのかどうかが分からない。
何らかの呪文効果を発揮する力を持っているかもしれない。
「なぁサクヤ、君はどうして魔王を復活させようと思ったんだ?」
「おいおい、それこそ今はそんな事を聞いてる場合じゃ――」
ヨウイチの制止に、時間稼ぎだとしなのはつぶやく。

「魔王を復活させる理由、ですか。変な事を知りたがるんですね」
サクヤはその質問の答えを面白そうに考えながら、槍を器用に回し始めた。
右手を中心にしてバトンの様にクルクルと綺麗な円を描く。
変な質問に答える余裕がサクヤにはあるのだ。
「逆に魔王がいない世界こそが異常だとは思いませんか? そう考えれば私の行動に疑問を挟む余地などないはずです」
「そんな訳ないだろう。この世界は明らかにおかしい、皆そう言っている!」
「それに俺達の世界には初めから魔王なんていないしな」
「しかし先ほどあなた達は私の言う事に参加してくれたではありませんか」
「……え?」
何の事を言っているのか思い当たらないしなの達は思わず疑問の声をあげる。

「"裂けいく異世界"……この暗示的な言葉に真相は隠されていたのです。この文字を石版のように一度ばらばらにして集めなおす……するとどうですか。『再生計画』という言葉が出てくるでしょう? 元通りにするとはそういう事ですよ」
「それは、どういう――」

サクヤの言っている事を理解する前に、クラッと頭が揺らぐ。
慌てて頭を抑えれば、サクヤが何人もそこに立っているのが見えた。
「マヌーサ。幻惑の中に死に行くのもロマンチックかもしれませんね」
揺らめく視界の中で、何人ものサクヤが一斉に襲い掛かってくる。
サクヤの手の中で回されていた砂塵の槍が見せた幻だ。

「く……くそーっ!!」
ヨウイチは破邪の剣を使い、ギラの炎を辺りに撒き散らす。
しなのも炎のブーメランを投げ、火の弧を自身の周囲に描き、身を守った。
それでマヌーサの効果を打ち消す事に成功する。

「クク……」
しかしそれでサクヤの攻撃が止む訳ではない。
サクヤは既に砂塵の槍から氷の刃へと武器を持ち替えており、その炎を全て氷付けにしてしまった。
ヨウイチ達の持つ武器が炎系の効果を持つ事を見越していたのだ。
触れれば肌を切り裂いてしまうであろう氷塊をすり抜けてサクヤがヨウイチに迫る。
その動作は素早いと言うよりは、的確な攻撃だった。

金属のぶつかり合いと共に熱気と冷気が互いを侵食しようと激しく絡まりあった。
飛び散る火と氷の粉がサクヤとヨウイチの顔に傷を作った。
鍔迫り合いをしているところへ、しなのが背後から足払いをかけてサクヤの体勢を崩す。
足元をすくわれたサクヤは棒のように後ろへと倒れていく。
その隙を逃すまいとヨウイチは破邪の炎で氷の刃の刀身を溶かし尽くしてしまった。
そのままの勢いで剣をサクヤの顔に振り下ろす。

「さて」
サクヤはそれでも慌てずにもう一本の剣を目の前に広がる炎にかざした。
さざなみの剣。
その剣身から光が漏れてギラを跳ね返す。
反転、直撃。
ヨウイチの皮の鎧はよく燃えた。
「ぐわああああ!!」
「ヨウイチ!!」
駆け寄ろうとしたしなのの背中にサクヤは切り付け、大きな傷を付けた。
血が倒れたしなのの皮膚を濡らしていく。

どんな状況でも慌てずに冷静に対処していく強さがサクヤにはあった。
自分は決して戦闘が得意ではないが、 それにも劣るこの人間達の弱さにサクヤの頭脳は疑問を浮かべざるをえない。
「そんな力量でよくこの神殿までたどり着きましたね。 やはり運命というものがそうさせたのでしょうか」
サクヤの言う運命とは、魔王が復活するという事象に他ならない。
その事象を実現しなくてはならないという必然性があったからこそ、
自分の計画は上手くいったのだし、この人間達はここまで来れたのだと思う。

「……」
それは違うとしなのは思う。
確かに一人ひとりの力は弱いかもしれない。
だけどサクヤの言っている事は絶対に違うんだ、と拳を握りしめた。
それを証明する術が欲しいと思った。

「まぁ今となっては意味のない事です。 ではさようなら」
サクヤは床に突き刺しておいた砂塵の槍を引き抜き、懐からは毒牙のナイフを取り出し、
両手に構えたその武器をヨウイチとしなのの頭部目掛けて投擲した。
ヨウイチとしなのは、まだ動けない――!!


――続く――
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