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最終章[2]
やがて洞窟を抜けて光に目が慣れるのを待つと、目の先に荘厳な神殿が現れた。
道が洞窟から神殿まで続いているのに目を走らせると、湖や森が神殿を守るようにしてあり、さらに山々がそれを囲っているのが分かる。
鳥が頭上を羽ばたき、蝶々や虫たちが花畑を飛びまわっているのを横目に見れば、ここが人の手の及んでいる場所ではない事は容易に理解できた。

緩やかなカーブが幾つか描かれている道を歩いていくと、神殿の大きさが次第にはっきりとしてくる。
白一色で左右対称に造られていて、精密過ぎる程に精巧だった。
誰を招くためにあるのか分からない入り口は人の丈の五倍の高さを持っている。
もしかしたら神様は物凄く身長が高いからこのような造りになっているのかとも考えた。
「ようやく着いたな……」
「神様の宮殿、ってか。そんな感じするな」
「さぁ入りましょう」
  
「わんわんっ!」
神殿に入ろうとしたところに鳴き声が聞こえてくる。
振り返ると一匹の犬が元気良く駆けて来るのが見えた。
「わんわん! わんわん!」
「ワンコ!」
「ゲレゲレ!」
しなのとヨウイチは同時に声を上げ、顔を綻ばせた。
「おいヨウイチ! 私のワンコに変な名前をつけるな!」
「いや、こいつはゲレゲレって言うんだ。自分でそう言ったんだから」
「自分で? 喋ったのか?」
「いや、夢の中でだけどさ」
「ヨウイチ……いくらモンスターと仲良く出来るとは言え、私は君という人間が信用できなくなってきたぞ」

二人が会話してる中、犬のタロウは思った。
(喧嘩はやめてよー! どうやったら仲直りしてくれるかな。そうだ。こういうときのための格言があるんだよね。夫婦喧嘩は犬も食わないって。ううー、なんだか犬を馬鹿にした言葉の気がする。それに食べてみたらおいしいかもしれないじゃないか! ああ、そうじゃなくって喧嘩を止めなきゃ!)

ワンワンと必死になりながらタロウはわんわんと二人に訴えかける。
しかしそんな行為も僕と遊んでくれという意味で二人には取られてしまう。
結果として二人の言い合いは止んだので、タロウの目論見は成功した事になった。
「この犬の首輪に何か書いてありますね。これ、名前じゃないですか?」
サクヤの言葉にしなのがタロウの首輪に書いてある文字を見る。
「タロウ、か。お前の名前はタロウなのか? ん?」
「わん!」

その犬、タロウはしなのの言葉を肯定するように元気よく吠えた。
「ゲレゲレ、じゃなくてタロウは嫁探しをしていたんじゃなかったのか……」
ヨウイチは一人つぶやく。
以前タロウとクリアベールで話した時は確かそのように言っていたと思ったのだが。
(それとも嫁探しをしてからここに来たんだろうか……)

不思議な事が好きなヨウイチの興味は色々な意味で尽きなかった。
一方尻尾をフリフリしながら皆のやりとりを見上げていたタロウは、会話が一段落したのに気付いたのか元気良くジャンプし、しなのの細い脚に飛び込んだ。
以前レイクナバで会った時はしなのの付けている香水の匂いにつられたのだが、今回はしなのの匂いをちゃんと覚えていたのだ。
香水の匂いとしなのの匂い。
その二つが良く混ざり合い、しなのという人に似合った香りになっている。

「ペロペロペロペロ!」
「ははっ、やめてくれ!」
「何だ、今度は嫌われなかったな」
「私は動物好きなんだがな。向こうが好いてくれないんだ。しかしこいつには良くしてくれて嬉しく思ってる」
「わんわんっ!」
「しかしここまで犬が来れた事が私には不思議に思えてなりません」
「まぁ俺は再会出来たから嬉しいけどな」
「この子はやらんぞ、ヨウイチ」
「はっはっはっはっ」

タロウは自分と仲良くしてくれるしなのが好きだった。
そしてパタパタと飛ぶあの生き物がいなくなった今、ヨウイチともじゃれてみたかった。
だからせわしなく二人の間をピョンピョンと跳ねるのだった。
そんな姿が人に可愛く思われるのは、タロウが純心だからだろう。
「私の勘が当たったようですね。異世界から招かれたものに犬が混ざっていた」
二人と一匹がじゃれつく間、サクヤは一人別の事を考えていた。
「……何だそれは?」
「いえ、占いでは石版を納める場所に人間以外の姿が見えたそうです。モンスターが現れるのかと心配していたのですが、どうやらこの子の事だったようです。そんな事より早く行きましょう。ゴールはすぐそこですよ」

いつまでも遊んでいそうな雰囲気に業を煮やしたのか、サクヤが皆を促す。
二人と一匹からしてみれば、ゴールだからこそ、という意識の方が強い。
今遊んでおかないともう会えないかもしれないのだ。
しかしそれは明確な言葉にはならなかった。
まだ旅が終わりだという実感はなかった。
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