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最終章[1]
人が通るには十分な高さと広さを持つ通路が真っ直ぐ続いている。
壁の上部には訪れし者を案内するかのように松明が焚かれていた。
等間隔に並べられているため、幸いにも視界の確保には困らなかった。
「……」
それでも一人で歩くには心もとないくらいに薄暗いのは否めない。
さらに出口が見えないという事も不安の種になる。
恐ろしく長い距離を歩かねばならない洞窟なのかもしれないのだ。
だがそれでも彼女は進まなくてはいけない。
この先に神殿があるのは間違いが無いのだから。

「お……」
手で壁を伝いながら足を運んでいると、少し俯きがちに歩いている人影に出くわした。
その後ろ姿は注意深くと言うよりは意気消沈といった感じに見えた。
「やぁ、久し振りだな」
「おぉ! モンスターかと思った……いきなり声かけるなよ」
知り合いに出会えた嬉しさからか、つい大きな声が出てしまう。
その声に振り返った男は、彼女にまったく気付かなかったようで少し後ずさる。
「ん、すまなかった。しかしまた会えるとは思ってなかったもんだからな」
「……? どこかで会ったか?」
その男、ヨウイチは彼女と一度だけ会話を交わした事があるのだが、思考の対象が他に向かっていたためにすぐには思い出せなかった。
そんな様子を見て彼女の方からヒントを出す。
「ドラオとやらは一緒じゃないのか?」
「あ、あぁ、今は一人なんだ……そうか、シエーナで会った?」
あぁと頷いて嬉しそうな表情をした後、彼女は残念そうに笑った。
「何だ、今ならドラオとも仲良くできる自信があるのだが」
「そう言えばドラオには嫌われてたっけ。あれから修行でもしたのか?」
「まぁな!」
彼女はニヤリと自信たっぷりに笑う。

そこでヨウイチは彼女に尋ねなければならない事項があったのを思い出した。
が、まだ互いの名前も知らなかった事にも気付く。
「そうだ、名前! 名前を教えてくれよ」
「あぁ、失礼をしたな。しなのという。っと、敬語を使うべきかな?」
「いや、気にしないでいいよ。俺はヨウイチ。ここに来たって事は石版を?」
「あぁ、この先に神殿があると聞いてな。……これだな」
石版のかけらを互いに取り出して示し合わせてみる。
その二つだけではとても石版の元の姿を取り戻せそうになかった。
「これで本当に元の世界に帰れるのか?」
「いや、帰れるって! 向こうと違ってここでは何が起こっても少しも不思議じゃないんだから」
「そうか、それもそうだったな」
この世界で起こる出来事を特別に不思議なものだと感じるのは当人が異世界の人間だからだ。
そんな特有の反応を示すしなのの様子からヨウイチの推理はほぼ確信へと変わる。
つまり以前にしなのが何気なく言った「私の世界」という言葉が
自分の世界と同じなのではないかという疑問がようやく解けたという事だ。
しかし一安心したところでヨウイチはその疑問を持った時の事を思い出してしまった。
「あの時ちゃんと聞いておけば……どうなったろう……」
「ん? どうした?」
(……ドラオの命は、もしそうしてたら変わったのかもしれない)
過ぎ去った過去とすぎようとする現実を対比し、ヨウイチはうつむいた。
そんな様子を見て、しなのは両手を軽く広げて何かを待つような仕草をした。
「……ヨウイチ」
「な、なんだ?」
「いや、何だか元気がない様子だから抱きしめてやろうかと思ってな」
「えぇ?! いい、いいよ!」
「そうか? 寂しさが紛れるかもしれんぞ?」
「寂しいっていうか……なんか、こっちがどうしていいのか困るよ」
「そうか……それはすまなかった。ふぅん、素直になっても全てが上手くいく訳ではないんだな。難しいものだ」
それが何の事を言っているのか分からないが、
ちっともすまなさそうではないしなのにヨウイチは少し呆れる。
(ここにいま、ドラオがいたらきっと楽しかったろうな……)
ついつい、ドラオと一緒だったらと考えてしまうヨウイチ。
あれからそれなりの時間を過ごしたはずなのに、再びその感情は甦る。
誰かの前でこんな調子ではいけない、とヨウイチは自分を鼓舞した。

「しかしまた会えるだなんて思ってなかったな」
「ヨウイチが私に会いたいと思ったからじゃないか?」
そんな事を話しながら洞窟を進んでいく。
すると幅の狭かった一本道が突然開け、小さな部屋へとたどり着いた。
その先へ続く道もそのまま正面に伸びているので、ヨウイチはその部屋をそのままスルーして進もうとする。

「ん……ヨウイチ」
呼びかけに振り向くと部屋の左手に赤を基調にデザインされた宝箱が置かれている。
「おぉ、まだ誰も触ってないのかな」
「私は宝箱というものを初めて見たよ」
「開けてみてもいいか?」
「あぁ、どうぞ。しかし赤いな」
「なら近づかない方が賢明ですよ」
「「……?」」

聞きなれない声がいきなり会話に割り込んでくる。
初めて聞く声に振り向くと、見知らぬ顔がこちらに向かって来るところだった。
「それは赤いからなのか?」
何者なのかよく分からないが、ヨウイチはとりあえず思った事を口にしてみる。
宝箱が赤いから近づいてはいけない、という話がよく分からないし、コイツが何者なのか知る為にもまずは相手の出方を見なくてはいけない。
「神殿はこの先にあるのでしょう。ここまで来てわざわざ危険を冒す事はないと思いまして。モンスターが宝箱や壷に潜んでいる事も多いと聞きますから」
そんな事を言いつつ、自己紹介の為に手を差し出してきた。
その笑顔に害はなかった。
「サクヤです。よろしく」
「しなのだ」
「ヨウイチです」
「まぁすぐにお別れとなるかもしれませんがね」
と言ってサクヤは石版の欠片を取り出し、二人に見せた。
それを持っている者同士は仲間だと言いたいのだろう。
「そうか、君も私達と同じだったんだな」
「えぇ、色々大変だったでしょう?」
「大変だなんてもんじゃなかったな……全く違う世界なんだから」

そうして二人はサクヤを加えて再び歩き出す。
三人はそれぞれにこの世界の事を語りながら互いを労ったのだった。
中でも、この世界が複数の世界が折り重なるようにして形成されている事や、このままではこの世界が裂けてしまうかもしれないというサクヤの話は、しなのとヨウイチを多少なりとも驚かせたようだった。
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