◆2yD2HI9qc.の物語
二十七、もうひとつの世界
「…キィキ…」
呼び声がします。
「キィ…」
ぼんやりする意識のなか目を開けると、ドラオがふわふわとんでヨウイチに話しかけていました。
「……!? ドラオ…」
「キィー!」
ドラオは普段のドラオでした。
いつものように顔へしがみつかれ、いつもと同じように羽で叩かれます。
「ここ… ライフ、コッドじゃ…ない? ……ああ マウントスノー、なんだな。俺… そうか、お前がおかしくなって町へ戻って様子を見てたら眠って……おまえ、元に戻ったんだな、よかった」
「キィ?」
「大丈夫だ。俺はどれくらい寝てた?」
「キィキィ」
「一晩…!? たったの一晩……」
「キー?」
「…俺、眠っている間にもう一つの世界を生きてきた。こことは別の、似たような世界で。
タカハシとメイ… トルネコやテリー… 彼らと一緒に、長い時間を」
ヨウイチは寝ている間、夢とは違う現実を過ごしたのです。
あまりに長い時間だったので、目覚めてもここが元の異世界だとは実感することが出来ずにいました。
「おはよう、ヨウイチくん。スライムナイトにすごろく券を渡してくれたんだね。町のものに様子を見に行かせたら洞窟はもぬけの殻だった。感謝する、さあこれを」
声を聞いて部屋へと入ってきたブルジオが、石版を手渡してくれました。
「あ…」
石版を手にしたヨウイチはようやくこの現実へと戻ることが出来ます。
「…ありがとうございます。いろいろ助かりました」
「こちらこそ助けてもらったよ。ヤツがいない間に対策を考えねばならない。そこでどうだろう、君の助けがあれば良いアイデアも出てくると思うのだが」
「…お手伝いしたいのはやまやまですが、すみません。先を急がないといけないんです」
「そうか。ふむ、私が貸してあげた道具は全てもらっていってほしい。それから、君の道具袋に食料や薬草を補充しておいた。君達を苦しめた吹雪は来年までこないからすぐふもとへ降りられるだろう。私はすぐに対策会議を開かねばならないので失礼するよ。出発するまでここを好きにしてもらってかまわない。では気をつけてな、感謝している」
そういい残し、ブルジオは部屋から出て行きました。
「…おまえ大丈夫だよな。あれはスライムナイトのせいでちょっとおかしくなったんだよな…」
「キキー!」
「覚えてないか。まぁ、平気だろ」
「キィキー?」
「寝ている間の話を聞きたいって? 話すには、時間がなさ過ぎるよ。長かった。とても、永かったんだよ」
ドラオは目をきょとんとさせています。
ヨウイチは一言だけ、小さくつぶやきました。
「でもあの生きた時間は、足りないのかもしれない……」
気持ちの奥にゆらゆらする、不思議と寂しい思いがなんなのかヨウイチにはわかりません。
ですがどうしても、あの二人を思い出すとそういう気持ちになってしまうのです。
なんの意味があったのか。
自分には到底わからないことだ。
けれど、誰に意味があるのかは知っている。
きっとこれ以上考えてあの時間を乱してはいけない。
確かに現実だったけど、あれは自分の現実ではなかったに違いない。
一人の心においておくべきだ。
そんなふうに考え、ヨウイチはこれ以上寝ている間の事についてあれこれと考えるのを止めることにしました。
そうして、渡された石版を改めてしっかり掴みます。
「それより石版、やっと手に入ったな!」
「キキィー!」
石版をくるくる回していろんな方向からゆっくり観察します。
何か文字か絵のようなものが彫ってあるくらいで、後は欠けた石の板でした。
「こんなので本当にもとの世界へ帰れるのかな。どうも信じられないよ… けど、今は他に手がかりはないんだよなぁ」
「キィ〜、キーキィ」
「うん。ちょっと危ない目にもあったりして手に入れたもんな。ゲレゲレを信じて次は神殿を探そう!」
「キー!」
二人はすぐに身支度を整えブルジオの家を出ます。
町は最初に訪れた時よりも明るく見えて名残惜しくなってしまいましたが、門をくぐり山を降り始めます。
目指すべき神殿が何処にあるのか、噂ですら聞いたことはありません。
ですが、一つの大きな目標を達成した二人にはなんの躊躇も無く、ひたすら道を進むのでした。
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