◆2yD2HI9qc.の物語
十八、まほう
シエーナで買ったものは食糧や薬草、毛布だけではありません。
装備も買っていました。
「これは銅の剣っていうんだ。かっこいいよな」
「キィー?」
「い、いや。初めてなんだよ、本物は…」
銅の剣はずっしり重く、形は剣ですがまるで金属の塊でした。
初めての本物は不安ですが、自分がとても強くなった気にさせてくれます。
「キキキ?」
「防具は… もう金がなくて買えなかった」
「キィー……」
「ちがうよ。ネックレスじゃなくてあのいんちきな薬草のせいだよ。あれがなければ革の鎧っていう、ごついのが買えたんだけど」
「キッキキ」
「これ? これは旅人の服っていうんだ。冒険者見習いの証らしいよ。防具屋の人が最初はそれでいいって言ってた」
振り返るとシエーナははるか彼方、前のほうにはうっそうとした森が見えます。
嘘じゃないとしたらどうして騒ぎにならないのだろう。
遠いといっても見えるのに。
それでもヨウイチは自分の好奇心を抑え切れません。
もしかするとこの森の中で、元の世界へ戻れるかもしれないと思ったからでした。
路を外れ森へ足を踏み入れます。
ほとんど人が通ったことのないような、そんな雰囲気にヨウイチは心がわくわくします。
ドラオは体にまとわりつくツタや葉にとまどいながら、ヨウイチにピッタリくっつきました。
「隠された町なのかな。森の広さで見るとかなり狭そうだ… ん!」
がさがさと音を立て、目の前にくらげのようなモンスターが現れました。
ホイミスライムです。
スコップを持ついたずらもぐらも、のそのそ後から出てきました。
「初めて見るモンスターだな。剣の練習するんだったらスライムがよかったけど…」
いたずらもぐらがスコップをふいふいと振り臨戦態勢になります。
ホイミスライムは笑顔でじっとしていますが、それが逆に不気味でした。
ヨウイチは覚悟を決め、まずいたずらもぐらを倒すことに決めました。
「おらー!」
重たい剣をぶんと振り、いたずらもぐらをかすります。
腕にニブい感触が伝わり、どうやら小さな傷を負わせたようです。
それを見たホイミスライムが突然、たくさんの足をいたずらもぐらにくねくねとしました。
ヨウイチは驚きます。
傷がふさがり血は止まり、いたずらもぐらが元気を取り戻してしまったのです。
「ななな…!?」
今度はスコップが、動揺するヨウイチをかすりました。
ドラオはどうしていいかわからずにそこらを飛び回りおろおろしています。
「なんだったんだ??」
「キキッ?」
考えてみても、いたずらもぐらの傷を治したのは薬草ではありません。
意味がわかりませんでしたが必死に剣を振るいスコップを払い、それを繰り返します。
何度かカチンカキンとしているうちにもう一度いたずらもぐらに当てることができました。
今度はかなり深い傷で、もぐらは動きが鈍くなっています。
よくわからない事をさせないように止めを刺そうと剣を大きく持ち上げたとき、
ささっとホイミスライムがくねくねしていたずらもぐらの傷を治してしまいました。
「また…!!」
いたずらもぐらはひょいと体を翻し、剣の落ちる場所から離れます。
そのままスコップで足を乱暴に叩き、ヨウイチはその一撃で膝をついてしまいました。
「あつっ!」
「キキキー!」
ドラオが道具袋から薬草をちぎって取り出し、ヨウイチの口へ押し込みます。
飲み込むと痛みは治り、こんな状況なのにドラオの器用さに感心してしまいました。
「あ、ありがとう。いま思い出したけど、あれは魔法ってやつなのかもしれない」
「キィ?」
「…聞いてくれ。いいか……」
「キ?!」
余裕な表情を浮かべじりじりとモンスター達が近づいてきます。
「魔法の事は後で教える! 生きてたら!」
「キィィィ〜〜〜!?」
ヨウイチの耳打ちに戸惑うドラオでしたが、ヨウイチは構わずいたずらもぐらを攻め立てます。
ホイミスライムは時々ふらふら動くのですが、勝利を確信しているのでしょう、攻撃はしてきません。
その証拠にスコップのほうが生身を切り裂く音をたてるのです。
「いてぇぇ!! ちくしょうぅぅ!!」
もうボロボロで痛くて、剣も鈍くなっていましたが懸命に攻撃し続けます。
気迫に押されてしまったのでしょうか、いたずらもぐらが少し後ずさりした所に大きな一撃を与えます。
「よしっ! はぁはぁ!」
かなり堪えたのでしょう。
もぐらはクラクラして目の焦点があっていません。
とどめのために剣を振り上げます。
瞬間、ホイミスライムがくねくねしようと細い足を一本持ち上げました。
「キ、キキキー!!!」
大きなドラオの声が響き、ホイミスライムはくねくねしますがいたずらもぐらの傷は治りません。
ドラオの羽がホイミスライムの口を完全に塞いでいたのです。
「もう治してもらえないな」
力いっぱい剣を振り下ろし、いたずらもぐらにごすんと強烈な一撃があたります。
血は流しませんでしたがぐたりとその場に倒れこみ、いたずらもぐらが動くことはありませんでした。
「よっしゃ! ドラオよくやった!」
「キー!」
ヨウイチの声でドラオはホイミスライムから離れます。
「ふぅ。さーお前、まだ戦うのか」
薬草を飲み込みながらホイミスライムを威嚇してみます。
無言のホイミスライムでしたが少しの沈黙のあと、静かにこの場を離れていきました。
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