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◆2yD2HI9qc.の物語

五、町
揚々と町へ出たヨウイチは、はじめに店へ行こうと決めました。
店の人ならいろんな人と出会うので、きっといい事を知っていると考えたのです。
さっそく、宿屋の目の前にある道具屋へ足を運びました。

「いらっしゃいませ!」

主人が元気よく挨拶をしてくれます。

「あ、どうも。実は買い物にきたんじゃないんです。
 ええと…」

ヨウイチは考えます。

 ここで元の世界に戻りたいなんて言っても信じてもらえるわけない。
 どう話をすればいいのだろう。

「おや、あんたは宿屋で世話になってるよな?」
「ええ、まぁ。知ってるんですか」
「知ってるってもんじゃないよ。町の人間ならみんな知ってるんだ。
 その宿屋にはみんな世話になっててね。いいよ、なんでも聞いてくれ!」

どうやらヨウイチの事は町中に知れ渡っていました。
でも、別の世界からきたというのは知らないようなのでホッとしました。

「助かります。それで、何か不思議な噂なんかは聞いたりしませんか?」
「不思議な? なんでまたそんなこと」
「…俺は旅が好きなんです。面白そうな場所はないかと思って」

この世界で不思議な事を追いかけていけばもしかすると戻れるかもしれないと、ヨウイチは思いました。
噂を聞くだけならあまり怪しまれることはありません。
ドラオのような見たことのない生き物がいるくらいです。
きっと元の世界へ戻れる不思議な事があってもおかしくはないのです。

「ふぅん。しかし不思議な噂っていってもなぁ。特に聞かないよ」
「そうですか… ありがとうございました」
「あ、ちょっと待った。あんたの名前は何だい?」
「ヨウイチです」
「そうか。ヨウイチ、何か変わった話を聞いたら聞かせてあげるからまたきなよ!」

手ごたえはありませんでしたが、町の人と話が出来たのでヨウイチは安心しました。
それから武器屋と食堂、教会までまわって話を聞きましたが自己紹介するくらいで何もありません。
町を歩く人も噂はなにもないと言います。
それからしばらく町の中を歩き、いろんな人と話をしたり見たりしてから宿屋へ戻ります。

「おかえりヨウイチ」
「あ、女将さん。ただいま」
「何か思い出せたかい?」

そうでした。
ヨウイチは本当の事を女将さんにも話していません。

 世話になっているし話さなきゃいけない。
 もし知ったらどんな顔をされてしまうだろうか。
 それでも、女将さんには話しておかなければいけないぞ。

女将さんはちょうど客の受付を始めたので、それが終わるのを待ち話しかけました。

「ふぅ。何か話したそうだね。
 何かわかったのかい? お昼も食べないで出かけてたんだから」
「いえ… その、話してないことがあるんです」
「そう。いいから、話してみて」

女将さんはフロアにある椅子へ腰掛けます。

「実は、俺はこの世界の人間じゃないんですよ」
「…? どういう意味だい」

きょとんとした顔をされましたが、構わず続けます。

「目が覚めたらこの宿屋のベッドの上で… 俺の知ってる場所でもないんです」
「そう言ったって、あんたは町の外に倒れてて─」
「でも、本当なんです。
 俺の知ってる世界じゃなくて、なんていうか、知らないんです全部」

女将さんはヨウイチの顔をじっと見つめます。

「この世界には電気もガスも、車も電車も飛行機もない。
 ありえないんですよ、住んでいた場所はどんなところでも電気くらいはあったから」

ふぅとため息をついて、女将さんは暖かいお茶を運んできました。
そのお茶をヨウイチにもすすめてずずずと飲み、話します。

「ヨウイチ。あんたの言っている事はぜんぜんわからないよ。
 …だけど嘘はついてないね。
 私は長年、宿屋でいろんな人間を見てきたからわかるんだ」

嘘じゃないことをわかってもらえただけでも嬉しいことでした。
ヨウイチの顔は思わずほころんでしまいます。

「まぁ、私はなんだっていいんだ。
 悪い人間じゃないようだし、協力させてもらうよ。
 それに… どうしてなのかわからないけど、世話してあげなきゃならない気がしてね」

夜になると客は訪れません。
その日は遅くまでヨウイチ自身の、現実世界を話して過ごしました。
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