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暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

第十三話 勇者ってなぁに?
「あなた達の勇気、こんなものですか」

さも残念そうにして言葉を紡ぐ精霊。
アレン達がモンスターを倒せない事を本気で嘆いているように思えた。

「僕達の勇気が、足りないと言いたいんですか……」
「いいえ、この戦いであなた達に勇気などない、と証明されたのです。勇気とは何ぞや? それは絶望への糧でしかない。少なくともそういう答えしか用意出来ないのであれば、いくらその問いに理性で反論しようとも無意味です」
「なら用意して突きつけてやるよ!!」
「ベホマズン!!」

アレフがいきり立ち、アレルが両手を天に掲げて呪文を唱える。
すると私達の体を光が包み込み、その傷を完全に癒していった。
メラゾーマの火傷を、魔の牙にえぐられた咬創を、六本の剣による切創を。
その全てを完璧に復元した勇者達は魔物に三度戦いを挑む。

まずアレフがマホトーンでマントゴーアの呪文を封じ、ラリホーでソードイドを眠らせる。
次いでアレンが会心の一撃でサラマンダーの首をはね、
ソードイドの腕を切り落とし、マントゴーアの翼を引き千切る。
最後にアレルがありったけの魔法力を込めたギガデインを放った。

動きの鈍いアレフは後方支援、敵の呪文の心配が無くなったアレンが直接攻撃、そして攻撃の当たらないアレルは呪文による全体攻撃という時間にして十秒にも満たない素晴らしいコンビネーション攻撃。
見ていただけの私にも感じ取れるくらいに三人には手ごたえがあった。

「グググ……」

それなのに、モンスター達は無傷の姿で土煙の中から現れてきた。
あの凄まじい攻撃を受けてなお無傷。
心が折れる音が聞こえた気がした。

「呪いのベルトは体を締め付ける鎖。悪魔のしっぽは無条件で呪文を受け入れる磔。不幸の兜は悪運を呼び込む器。それらを背負いし弱き勇者達よ、いや愚か者達よ。あなた達の心を私が食ろうてやろう」

発せられた言葉と共に精霊を包んでいた不思議な雰囲気の色が変わる。
彼女の雰囲気は神聖さを感じさせるものだと思っていたが、今思えばそれは神聖さとは真逆な邪悪さだと気付いた。

彼女の顔が醜く崩れ、とうとう本性を現したというところだろうか。
女の本性は怖いというが、女の私でも怖く感じる程に精霊はおぞましかった。
いや、もう精霊と呼ぶより悪魔と呼ぶべきだろう。
ストレートだった髪が今や乱れに乱れ、眼つきは鋭く口からは牙が見え始めた。
水面が落ち着き無く波立っていた。

「さてさて、ロトの血肉はどんな味がするのかのう」

舌なめずりをする悪魔の顔は紅潮し恍惚としていた。
このままではアレン達が……しかし私は呪いで動く事も出来ない。
いや、それが出来たところで私に何が出来るというのか。
結局呪文も使えるようにはならなかったし、勇者に勝てない怪物達に私が対抗出来るとは到底思えない。
呪いを解く希望の地であったこの場所で旅は終わりか。
そんな思いが私の頭をもたげた。

その時、微かな金属音を耳が捉えた。
アレンに貰ったスライムのアクセサリーだ。
そのピアスに意識が及ぶと、教会でアレン達が見舞いに来てくれた事が思い出された。

素直になれと言ってくれたアレフ。
君の真っ直ぐさを全部真似する事は出来ない。
けど私の持っている問題を解決するには素直になるのが一番なんだろう。
切羽詰った今なら出来そうな気がする。
いや、あの時のようにまた後悔するよりは素直になった方がいいと教えてくれたんだな。

髪を切って私の気持ちを後押ししようとしてくれたアレル。
アレルと同じように強い精神を持つ事は私には出来ない。
けどアレルの話してくれた女性のように私は変われるだろうか。
いや、変わってみせようか。
無口なあなたは私の心を軽くし、変われると教えてくれた。

そして好きだと言ってくれたアレン。
君の隣はとても居心地が良いと私は感じている。
この何も分からない世界で私の居場所を作ってくれた君の優しさに思わず甘えてしまうくらいに私は君に心を許しているみたいだ。
だから君には一番死んでもらいたくない。
だから私は勇気を出すよ。

私に出来るのは、私の気持ちを伝える事。
私の気持ちをアレン達に伝える事――

「アレン! アレフ! アレル! 頑張れ! 負けるな!!」

声が、出た。

そしてアレン達の体に小さな光が降り注ぐ。
私が唱えた回復呪文だ。
数字にすれば10も回復したかどうか分からない程の効果だろう。
アレルのベホマズンには到底及ばない。
だけど、しっかりと私の光は彼らに届いたんだ。

「な、なにぃ?!」

うろたえる悪魔をよそにアレン達はしっかりと立ち上がる。
呪いが呪いを呼ぶなら、勇気は他人へと伝播する。
そして元々持ち合わせていた勇気と合わさりさらに大きな勇気を生む。
私の勇気と彼らの勇気が溢れ出す。

「これは……」
「よっしゃぁ! ナイスしなのっ!!」
「行きますよっ!」

アレン達は剣を交差するように掲げ、同時に振り下ろす。
その切っ先から放たれた聖なる光がモンスター共々悪魔を飲み込んだ。
まばゆいけれど、暖かい光が呪いを打ち消していった。
悪魔の断末魔さえもその光が包み込んでしまった。
勇気ある者達の勝利だった。

「勝った、のか……」
「ざまーみろ! てめーら何かに負けるかっての!!」
「やりましたね、しなのさん!」

あぁと言おうとした時、聖なる光が消えていきその中から何かが地面に落ちた。
拾い上げるとジグソーパズルのピースのようにいびつな形をした石の板。
これは……

それが何なのかを調べようとした時、澄んだ綺麗な声と共にまたもや女性が現れた。

「ふぅ……ようやく出れました…………あぁ、そう構えないで下さい。私は本物の精霊です。迂闊にもあのモンスターに閉じ込められてしまったのです」

彼女はあの悪魔と同じように泉に立っていたが、以前のように水面に波紋は現れず、泉はまるで鏡になったかのようにぴたりと動きを止めていた。

「信じられないのなら、呪いを解いてみせましょうか?」
「チッ! もう遅ぇんだよ……」

精霊は私達が自分の力で呪いを解いた事を分かった上でそんな事を言ったのだ。
先ほどの悪魔よりは好感が持てた。

「ありがとうございます。人間にお礼を言うのは久方振りで少し恥ずかしいですが……」

こんな風に顔を赤められてはこちらが困ってしまうな。
可愛い精霊だ。

「礼なんかいいから何かくれよ」
「そうですね……では何か希望はありますか?」
「……しなの」

え? わ、私か?

「そうだな、今日のMVPはお前だ!」
「僕もそれに賛成です」

ありがとう。それじゃあ――
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