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暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

第八話 好き
好きと相手に伝える事は、特別な事だと思う。
けれど客を喜ばす為だけにしか使われない私の言葉は何の価値も持たない。
こんな仕事をしている者の「好き」は媚びや社交辞令でしかないからだ。

本気の恋は許されない職業。
そのくせ一人前に恋をしたいなどと思う自分がいた。
擬似恋愛で一時の安らぎを与える商売。
それでも本当の自分を見て欲しいと思う自分がいた。
そしてそんな自分が嫌いになるくらいに、私は恋をしていた。

けれど私の中のズルイ部分がそれを実らせなかった。
どうしても私は人の心を試すような事をしてしまうのだ。
だからなのか、彼らが私の仕事についてどう思うのか知りたがってしまった。
嘘をついた訳ではないが、何故本当の事を言ってしまったんだろうと思う。
人に気を使って嘘を付くのには慣れていたはずなのに……

「おい」

誰かの呼ぶ声が聞こえる。

「おい! しなの!」

んん……

「起きたか?」

いや、まだ寝てる……

「起きてるじゃねぇか……」
  
何だ、アレフか……どうした? もう出発か?

「いや、その、だな……」

目が泳いでるぞ。

「……お前に謝りたい! どうすりゃいい?」

え……いきなり何だ。
どうすればいいと聞かれてもな。

「俺、お前の機嫌悪くさせちまったんだな」

あぁ、昨日の事か?

「あの後アレンに叱られちまったよ」

……この仕事はあまり認められないからな。

「いや、俺は別にどんな職業だって軽蔑したりはしねぇよ。むしろそういう仕事は尊敬したっていいと思ってる。モンスター相手にするより人間相手にする方がめんどくせぇからな」

そういうもんかな?

「そういうもんさ。少なくても俺にはできねぇ。誰かに嘘笑いするなんて特にな」

私は勇者アレフの方がよっぽど凄いと思うがな。
私よりよっぽど世界の為になっているだろ?

「呪われちまうような勇者のどこが凄いんだよ……」

まぁそう言うな。

「……」

私が言葉を続けなかったせいでアレフは所在無いのか、視線がせわしない。
猪突猛進なアレフのこんな弱気な姿を見れるのは貴重だと思う。
少し意地悪かな。

「……許してくれるか?」

いや、許さない。

「……」

アレフが私に呪文を教えてくれるまで許さないぞ。

「え……」

何をぽかーんとしてるんだ。
教えてくれないのか?

「……そんなんでいいのか?」

あぁ。いいだろ?

「よし分かった! じゃあまた後でな!」

途端に嬉しそうな顔をしてアレフは寝床に戻って行った。

アレフは何も悪くない。
悪いのは私だ。
自分の気持ちを言わずに相手に合わせて話を進めるのはズルイやり方なんだし、
許すも何も私にとっては謝らせてすまないという思いしかないのだが、
アレフの気持ちを無下にする事もできなかった。

けれどアレフの率直な言葉を聞いて安心したのも事実だ。
こんな私の事を少しも不快に思っていないようだ。
形としては私がアレフを許すという事になってしまったけど、
今はアレフの優しさに甘えさせてもらおう。
そして早く呪文を覚えて2人の役に立てるように頑張ろうと思う。

それにしても、あんなに申し訳なさそうにしているアレフは初めてみたな。
早朝に起こしたのはきっとアレンにバレるのが恥ずかしかったからだろう。
そんな事を思うと自然と顔がほころんでしまった。
案外カワイイところもあるじゃないか。
ふふ。

「いいか? 呪文ってのはだな、こう腹から吐き出すような感じでだな」

何だその嫌な例えは……

「だから〜こう体術とは少し違うって事だよ。中にあるものを引き出すってぇの?」
「精神の具現化、ですか?」
「あぁ、そんな事誰かが言ってたな。それだよそれ。つまり〜精神を具現化して〜」

その日からさっそくアレフに呪文を教えてもらう事になった。
なったのは良いのだが、どうもな。

「こうだよ、こうっ! 分かったか?」

いや、ちっとも分からん。全然。さっぱりと言う程にさっぱり。

「何だ物覚えの悪いヤツだな」

……これは私が悪いのか?
呪文を見たのも昨日今日だっていうのに、いきなり使えるようになる訳ないだろ。
だいたい人の手から炎が出るのは何かおかしくないか?

「おかしかねぇだろ。立派な力だ」
「しなのさんの中に呪文を否定する考えがある、というのが呪文を使えない理由の可能性がありますね。イメージは大切ですが、どうせなら良い方向に意識を持っていきたいですね」

そういうものなんだろうか……
と言うかアレフの説明が下手過ぎて困る。

「あんだと? じゃあアレンが教えろよ」
「僕は理論しか理解していません。練習はしましたけどね」
「それでも勇者かよ」
「パーティー内で役割分担出来ていればいいんですよ」
「よし、こうなったら一発呪文食らってみるか? そうすりゃ呪文が本当だって身をもって分かるだろ。安心しろ、すぐにホイミしてやっからな」
「ちょっと父さん!」

さすがに呪文を受けるのはイヤだな。
とりあえずイメージトレーニングとアレフの呪文をよく見る事が私の課題となった。
課題と言われると学生に戻った気分だが、この様子だと前途多難な予感……
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