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暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

第七話 お仕事
「お、屋根が見えるな」

のどかで小さな村。
道無き道を歩き続けてようやく人の居る場所に受け入れられるのは凄く安心する。
少しだけ散歩をしてみようか。
海岸から運ばれる潮風に木々や花たちが、そして私の髪が揺れる。
山から流れ込んでくる河川に水草や魚たちが、そして私の心が躍る。

「やっぱりこの世界は水が綺麗なんだな」
「汚い水なんかあるものか。ルビスのヤローの加護がある限りはな」
「……私の世界では水はそのまま飲めないほど汚れている。水は買うものとしての認識が今や一般的になっているな」
「水を買う? 砂漠の民じゃあるまいし」

アレンが笑う。
少し見方を変えると普通は異常に取って代わると言うからな。

「この世界は良い。水も空気も、そして踏みしめる大地さえもが自然そのままだ」
「それが普通なんだろうが。お前の話聞いてたらこの世界も満更じゃねぇって思うけどよ」
「だから私たちは世界を元に戻したいと願うのでしょうか」
「どうせまた魔王とかなんだろ? ぶっ殺して終わりさ」
「だといいんですけどね。その前に自分の事を何とかしないといけませんが」

勇者の泉という私たちの目的地。
地道に集落を回り情報収集をしているのだが、それがどこにあるのか未だに分からなかった。
この世界の女神ルビス様は何か導きを下さらないものだろうか……
結局また次の町を目指そうという事になった。

お……宿屋の外にわんこがいるぞ。しっぽを振ってるな。
お座りしながらしっぽ振るのは反則だと思う。
可愛いの域を超えている。

「ハッハッハッ……」

艶やかな毛並み。賢そうな眼差し。
やはりわんこは良いな。
……けれどきっと触らしてくれないんだろうな。
こっちの世界でも動物には嫌われてるし。
肉球プニプニしてみたいんだが……

お、こっちに気付いたな。
?!?!
わんこがこっちに走ってくる!
ピョンと飛びついて来た!!
これは夢か?!

「くーんくーん」

……
……
  _  ∩
( ゚∀゚)彡 わんこ! わんこ!
 ⊂彡    肉球! 肉球!

「おい、犬なんかに構ってるんじゃねぇよ」
「どうしました? そんなに犬が珍しいのですか?」

♪♪♪〜

「し、しなのさん……?」

ん? 何か言ったか?

「え、えぇ、まぁ……しなのさんは犬好きなんですか?」

犬に限らないが、動物は好きなんだ。
けれど向こうは何故か私の事を好いてはくれなくてな。

「そうなんですか。それは良かったですね。 でもちょっと連れて行くわけにはいきませんね」

駄目? どうしても?

「飼い主がいるかもしれませんし、それにモンスターの危険から守りきれるか分かりません」

そうか……残念だ……
こんなに可愛いのになぁ……お前も私と一緒に行きたいだろう?

「僕しなのとは一緒に行きたくないでちゅ〜」
「父さん……変な声出さないで下さいよ……」

仕方なく私は苦渋の決断でわんこに分かれを告げた。
あの純粋そうな目を記憶に焼き付けて、私はいつまでも名残惜しく手を振り続けた。
あぁ……バイバイ私のわんこ……

村を出て数時間後、夕暮れ時に早めの食を取る。
林の中の小さな空き地に火を焚いて3人で囲んで食事。
ファンタジーにありがちな一場面も、実際にやる立場となれば面倒の方が多いと知る。
なぁ、勇者って何なんだ?
私は最近思っていた疑問を口にしてみた。

「……」
「……」

おいおい、2人が考えてどうする?

「改めて言われると困るな」
「そうですね。なろうと思ってなったものでもないですし」

職業って訳じゃないのか。

「文字通り取れば勇気ある者という事になりますが、悪に立ち向かう宿命にある者という解釈ですね、個人的には」
「まぁ俺なんかは暴れるのが好きだから別にいいけどよ。血筋で勝手に勇者だと決め付けるのはあんまりいただけねぇな」
「誰でもなれるが、誰もがなれる訳じゃない。まぁ僕は勇者などいなくていい世界を望みます」
「そう言えばしなのは何やってた人なんだ?」

パチリと炎の中で木が音を鳴らす。
……私、か?

「あぁ、お前の世界でって意味な」

ん、とうとう聞かれてしまったな。

「……と言いますと?」

そうだな……
男と席を一緒して酒を作ったり、話をしたり、
嘘笑いをしたり、少し触られたりするような仕事さ。

「それって……」
「へぇ、そんなんで金貰えるのか。良い仕事だな。じゃあ俺にも酒注いでくれよ」
「アレフさん!!」
「あん? 何だよいきなり怒鳴りやがって」
「……本当に怒りますよ」

いや、いいんだアレン。
アレフ、酒はまた明日な。
今日はもう寝るよ。

「あぁ頼むぜ。おやすみ」
「……おやすみなさい」

馬鹿なアレフはいいとして、これでアレンも私の事を嫌ってくれるかな。
そんな事を思いながら目を閉じた。
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