[] [] [INDEX] ▼DOWN

暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

第六話 せいすいの如く怪物を遠ざけてくれる存在、是即ち勇者
冷たい水で顔を洗い、長くなってきた髪を軽く梳く。
そろそろ美容院に行きたいところだ。
薄めのファンデに口紅を施し、香水をふとももへ。
うん、今日も完璧。

「何ちんたらやってんだよ。早く来やがれ」

アレフ……君はもう少し女性に対して気をつかった方がいいな。

「旅してんのに男も女もあるかよ。だいたい俺そういうのは嫌いだし」

この生意気な口を利くのはアレフ。
私たちの新しい仲間で、アレンのお爺さん。
と言うとかなり語弊があるが、私たちと年齢は変わらない。
どうなってるか分からないが、そういう事だ。
しかし外見だけなら活力溢れた青年という感じなのに、どうにもがさつでいかんな。
絶対に中身で損をするタイプと見た。

「ちょっと父さん? 親しき仲にも礼儀あり、ですよ。少しはやっていただかないとローラ姫に嫌われます」
「おぉ我が息子よ。ローラの事は言うなって言っただろ? アイツこそもっと俺に気を使うべきだ」

この掛け合いがこの2人の最近のお気に入りらしい。
実際には父さんじゃなくてお爺さんだし、息子じゃなくて孫なのだが……
しかもどちらかと言うとアレフの方が子供っぽいのでどうも違和感がある。
これで勇者というのだから、イメージが崩れてしまった。
まぁでも勇者とて人なのだから、それくらいはいいか。

ところでアレフは何で呪われてるんだ?
しっぽか? 獣耳か? 肉球か?

「何だよ嬉しそうに。ベルトだよベルト」

何だか凶悪そうなバックルだな。……可愛くない。

「呪いに可愛いも可愛くないもあるかよ。変な奴」

そんな感じで3人の旅が始まった。
何の因果かこの世界で目覚めて幾数日が経ち、ようやくこの世界の事が少しずつ分かってきた。
人間たちの集落として確保されている土地は、自然界に比べてあまりに小規模で集中的だ。
私の世界より文明的に劣るからだと考えたが、アレンの話では怪物の存在が主な原因らしい。
凶悪なモンスターたちが蔓延る外の世界は私の想像以上に危険なようだ。
というのは、モンスターの怖さを私が知らないからだ。
外の世界をさんざん歩いてきたにも関わらずモンスターと遭遇する事はなかったからな。
そもそもモンスターという概念がよく分からないし。
野生動物みたいなものか?

「モンスターとは特別に凶暴である生き物の事を言います。それが魔王の仕業である説、性悪説、色々とあるみたいですが、人間の普段の生活において差し当たって邪魔者扱い、目の仇にされる存在です。平和を望む者にとっては悩みの種となっていますね」

そうか。どうやらここは私の世界よりも十分に危険な世界のようだな。

「お前の世界は平和なのか。って事は魔王倒したんだな」
「どうですか? 平和な世界を生きるという事は」

平和、か。
度が過ぎると必ずしも良い環境だと言い切る事は出来ないと今では思うよ。
あのミュールを履けるくらいに、な。

「……そうですか。でも僕はやはり平和を取り戻したいです」
「俺と一緒なら余裕でいけるさ」

さらりと言ってのけるなアレフは。
その調子で私も元の世界に帰してくれればいいんだが……
まぁどうすればいいのか分からないんだけどな。

クレージュと言う町で水や食料を購入し、その先にあった大きな木の根元で休憩タイム。
地平線を望みながら時を過ごしていると、何かがピョコピョコと私に近づいてきた。
鏡餅にツノを生やして、コミカルな目と口を書き込み、青で彩色すると出来上がり。
少し触れれば崩れてしまいそうなくらいに透明なブルー。
ゼリーのような体をプルプルと震わせてこっちを見てくる。
何とも愛らしい……

そう言えばいつか読んだ小説で女子高生がこんな生き物と一緒に旅をしていたな。
私もそんな事が出来たらなぁと夢見たものだ。

……そうだ。
もしかしたらあのコウモリのように私に懐いてくれるかもしれない。
チャレンジ! とばかりに意気込んで少しずつ近づいてみる。
警戒されないように今度は笑みを浮かべながら、だ。

ん……? 何をそんなに怒っている?
もし君の縄張りに入ってしまったのなら謝ろう。
言葉は通じなくても私の心は分かるはずだ。
さぁおいで〜お姉さんは怖くないですよ〜
……痛っ!!

「しなの?」

私の指に噛み付いたその生き物は、逃げるようにして飛び跳ねて行ってしまった。
はぁ……最近フラれてばかりだな……

「どうしたんだよ。おいおい、何泣いてんだよ?」

……逃げられた。

「は? 誰にだよ」

何か、青いの。

「あぁスライムか」

スライム?

「あぁ、指大丈夫か? 別にスライムくらいならいいけどよ、あんま俺らから離れるなよ? 知らないモンスターもちらほら見かけてるからな。まだ襲っては来ねぇが」

ふぅん。
モンスターの話聞いて不思議に思っていたんだが、何で襲って来ないんだ?

「ここら辺のモンスターがそこまで強くないってのもあるが、あんな野郎共でも本能的に強者と弱者の区別を知ってんだな。つまり俺様が強いって証拠さ!」

得意気に胸を張るアレフ。
なるほど、さっきのスライムが逃げたのはアレンのせいだったのか。
私が嫌われた訳じゃなかったんだ、良かった。
せっかく仲良くなれるチャンスだったのになぁ……
そんな風に暢気で居られる程、私の旅は平和だった。
[] [] [INDEX] ▲TOP

©2006-AQUA SYSTEM-