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暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

第五話 勇者と勇者と私
「ったく、俺を城に入れないなんてどんな了見してやがるんだ! 呪いくらいいいじゃねぇか! なぁ?!」

ビールを一気に飲み干した男は、怒りが収まらないとばかりに私へ泡を飛ばす。
ジョッキを叩きつけられた木のテーブルは、少しばかり形が変わったかもしれない。

「まぁ城は一応神聖な場ですから……」

それをたしなめるアレンはワインを優雅にそっと一口。
二人が会話しているのを聞きながら私は酷い味のカクテルを口にする。
こんなのを良く客に出せるな。
私が作った方がまだ美味しい。
けれどその不味さは私の心中を表しているのかもしれないな、と思う。
だから先程の老人が出してくれたあのお茶のようにスッキリとしたかった。

「ハーブティーじゃ。あまり良い物ではないが」

アレンともう一人の男に勇者の泉へ向かえと告げた後、
老人は私だけに残るように言った。
少しだけならと承諾し、アレンには外で待っていてもらう事にした。

「しかしあの小僧が立派になったと思いに耽っていたんじゃがな。人はいつまで経っても変わらんもんなのかのう……」

老人が半ば呆れた表情で言う。
しかしそこにはほんの少しだけ、喜びも混じっているように聞こえた。
あの男を自分の子供のように思っているのだろう。

聞けばいくらでも彼との思いでを老人は語ってくれそうだが、
私だけに話とは何の用件なのか気になるところでもあるな。
まさか私にも何か呪いが掛けられているとか?

「安心しなされ。お嬢さんには呪いはかかっておらん。今は、な」

そうですか、それは良かった。

「しかし呪いの影響を今後も受けないとは言い切れん。いや、必ず受けるじゃろう。あの若者とどういう関係にあるか知らんが、今までよく無事じゃったな」

ふふ、そう見えますか?

「あまり年寄りを試すもんではないぞ」

失礼しました、と笑い合う。
ふと自分の事も相談してみようかという気になった。
これから自分はどうすればいいのかさっぱりだからな。
けれどどこへ行くとしても、旅に慣れている者と一緒にいた方がいいだろう。
何も分からないこの世界で、私はあまりに無力だ。

「……奴等に付いて行くつもりか?」

とりあえずは。

「やめといた方がえぇ」

そう静かに言い、茶を飲む。
どうしてこうも年老いた者の言う事は説得力を持つのだろう。

 「人が道を誤った時は呪いに掛かりやすくなると言う。じゃがその一方で呪いが人に道を誤らせる、とも言う。しかしあの勇者たちは必ずその呪いを解くじゃろう」

ゆうしゃ……?
……アレンが、勇者だと?

「何じゃ知らんかったのか。まぁ言わなければ分かるもんでもないからの。呪いなんてもんに関わっているせいからか、聖なるもんにも目聡くなっての。ワシには分かるんじゃ。あの2人の目に映っておるものが同じじゃとな」

……それは、少し分かる気がする。
アレンは私なんかとは、違う。

「そう自分を卑下するもんじゃない……むしろ彼らが特別だと思うんじゃな」

特別、か。

「勇者は人々の不安を希望へと変える。そして世界の秩序を取り戻し、新たな平和をもたらしてくれる」

それが勇者の運命という訳か?
無言の返答。
言わずもがな、か。
そして老人はか細い目でこちらを見てくる。

「あの2人を結び合わせたお嬢さんの役割はここで終わりじゃ」

役割。
この世界に来た意味が、それか。
人と人を結びつける役。
それもいいかもしれないな。

……待っていれば。
待っていれば、私は元の世界に戻れますか?

「あぁ……きっと、な」

……分かりました、ありがとう。
お茶、美味しかったです。

「……なのさん……しなのさん? 大丈夫ですか?」

アレンの声で我に返る。
ん……

「飲みすぎないで下さいね。明日からまた移動になりますから」
「でもどっちに行きゃあいいんだよ」
「まずはそれを探しに行くんですよ」

女のそれとはどこか違う男の友情、というヤツだろうか。
さっき会ったばかりの2人は仲良さそうに明日からの予定を話し合っていた。

対称的に見えるこの二人には以外な共通点があるようだった。
店に入り、乾杯を交わした後の事。

「まさかあの勇者アレフですか?!」
「おう、その通りだ。よく知ってるな」

アレンがらしくない声を挙げる。
この男がそんなにびっくりする程の有名人だとはとても思えないがな。

「知ってるも何も……驚かれるでしょうが、聞いて下さい。僕は、あなたの子孫です」
「へぇ、何だ面白い事言うじゃねぇか。ただの貴族の坊ちゃんかと思ってたが」

アレフは軽く笑い飛ばすが、アレンは真剣な表情を崩さなかった。

「竜王が世界を支配し時、勇者ロトの血を引くアレフはただ一人で立ち向かい、見事ローラ姫を助け出し平和を取り戻す」
「……」
「これで信じてもらえますか?」

アレンが懐から何かのメダルを取り出す。
それを見たアレフは少しばかり目を見開き、そのメダルと全く同じ物を取り出した。
翼を広げた鳥をモチーフにした金色のメダル。
それが持つ意味を私は知らないが、2人にはそれで十分通じたようだ。

「ここに着くまで道分かりました?」
「全然! 三日三晩彷徨ってようやくだぜ。途中リーザスとか言うトコは通ったっけな」

会話の中に見えてくるある種の連帯感。
それはつまり、2人が共に勇者である事の証なのだろう。

2人の旅に付いて行く理由、確かに私にはない。
私の知らないこの世界の情勢は、未だかつて無い状態にあるらしい。
そして勇者によってそれは正されるだろう、という老人の話だった。

そんな勇者の仲間として私なんかが相応しい訳がない。
特別な力を持たない私に何が出来るというのか。
付いていってこの2人に迷惑をかけるよりもここでお別れをして、
老人に言われた通り私は私の町へ帰れるのを待つのが正解なのだろう。
そうさ。ここでお別れなんだ。

2人ともすまない。私は行けないよ。

「……しなの、さん?」

私は、ここに残る。

「そんな! どうして!」

いいんだアレン。
明日からアレンのパートナーは、アレフだ。

「……」
「……なぁ、アレン。俺は組んだ事ねぇから分かんねぇんだけどよ」
「……はい」
「パーティーってのは2人じゃないとダメなのか?」
「いいえ、僕は3人組でしたよ。それが何か……?」

 「そうか、ならいいじゃねぇか。別に目的がある訳じゃないなら一緒に行こうぜ。パーティーってのも何だか楽しそうだしな!」

ワハハと笑い飛ばすアレフ。
いや……私じゃ役に立てないしだな……

「あ、何だって? ってかお前、アレンのコレなんだろ?」

なっ……!! ち、違うぞ!!

「いや……まだなんです」

いやいや、アレンもそういう事言うんじゃない……!!

「ホントかよ、だらしねぇなぁ。さっさとモノにしちまえよ。いいか、そういう時はだなぁ――」

どこか得意げにして女を落とす方法について語るアレン。
それを真剣な顔で聞き、時折質問し返したりするアレフ。
私を目の前にしてそれはないだろう……
ぷ……くくっ……あははっ……!

「よし、ほら行くぞ!」
「行きましょう、しなのさん!」

……あぁ、行くか!

私はまだ呪われてない。
だから私はまだ道を誤ってはいない。
行けるところまで行こう。
終着点は、私の世界だ。
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