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暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

第四話 呪われし者
バザーで賑わう町で一泊した私たちは、観光もそこそこに再び歩き始めた。
しかし連日町から町へと歩き渡るような生活にはなかなか慣れない。
別段体力に自信がない訳ではないんだがな……

アレンは元の世界で世界中を旅した事があると言っていただけあって、
私をかばってなお余裕があるようだった。

「ちょっと水を汲んで来ますね」

へばってしまった私を気遣い、アレンは道を逸れ川へ降りていった。
ミュールから新しい靴へと履き替えたおかげでオフロードを歩くのは格段に楽になった。
この服に似合うような靴ではなかったが、さすがにそこまではな。
それにオシャレを見せたいと思う相手も、ここにはいないしな。

……帰れるのかな。
ふとそんな事を思う。

この空は私の街と同じで清々しい程に青いのに、
私の人生は変わってしまった。
どうせ変わるなら、もっと違う人生を歩んでみたかった。

次の町の象徴である城が見えてきた。
城と言っても日本のではなく、西洋のものだが。

ここはラダトームと言ってアレンも来た事があるらしい。
しかしそれならアレンの元いた世界とこの世界は違うという説は間違いという事にならないか?
本当に全ての町を回った事があるのか?

「そう言われてしまうと自信がなくなってきました。自分でもどうなっているのか分かりません。世界は自分が思っている以上に広いのでしょうか。が、これで王様に話を聞く事が出来ますから、物事は前向きに考えるべきです。さぁ行きましょう」

あ、いま絶対誤魔化したな。
しかし無意味な嘘をつくようなヤツでもない事はここ数日一緒にいて分かってる。
アレンはある意味、素直なヤツだと思う。

「しなのさんの知っている町も、どこかにあればいいですね」

そんな事を下心もなく言えるのだからモテるんだろうな、と邪推する。
私はひっかからないぞと思いながらも、彼の言葉通りになればいいなと願うのだった。

「しなのさん、城へ行く前に少し寄りたい所があるんです。
   このままでは王に謁見出来ませんので」

どこに?

「まぁ、付いて来て下さい」

ん……
何やら訳あり、というような顔で苦笑するアレン。
うーん何だろう。女か? 女なのか?

「残念、はずれです。男の方ですよ。……今までしなのさんには言ってなかった事があるんですが」

ま、まさか……
……い、嫌だ! 私は聞きたくないぞ!!
ベルトを外そうとするのは止めろ!

「実は僕、呪われた身なんです」

止めろー! 脱ぐな〜!! ……って……?

「悪魔のしっぽです……隠していてすみません。現時点ではほぼ無害でしたので……この先に呪いに詳しいご老人がいると聞いています。その方に頼んで外してもらったら城へ行―― ……しなのさん? 怒ってます……?」

……あぁ、物凄く怒っているぞ。
意味はまったく分からないが、怒ってる。

「そうですよね……」

だから、触ってもいいか?

「え? しっぽですか? えぇ、どうぞ……?」

ふふふ……
フサフサしているな……しかも柔らかい……
おぉ、こいつ動くぞ!
これは可愛いな! 存分に撫で回しておく事にしよう。
何故アレンにしっぽが生えてるのか分からないが、取れるなら次は私が付ける番からな。
なに? 装備したら呪われるって……?
アレン……君は私の事を何も分かっていないようだね。
私は以前ペットショップに入った途端、店中の犬に吠えられた事がある程の豪の者ぞ。
こんなにグッドなアイテムを見逃せるはずがなかろう!!

「あ、あの? しなのさん?」

……すまない、取り乱したようだ。
今のは忘れてくれ。
ちなみに呪われていると、どうなるんだ?

「呪われし者よ、立ち去れい!」
「ぐわぁ〜!」
「……と、なる訳です」

と、城の門番に若者が力ずくで追い出されている場面が目の前で繰り広げられる。
ふぅん……お城に入れなくなるのね。
だから謁見出来ないって訳か。
という訳でアレンの呪いを解いてくれるという老人の家を訪ねたのだった。

「不躾にすみません。少し診て頂きたいのですが――」
「こりゃあいかん! 早くこっちへ!」

小さな一軒屋に入るなり慌てた様子の老人に引っ張られ、椅子に座らされるアレン。
私は二人の邪魔をしないように部屋の隅に立つ。
呪いは無害だとアレンは言っていたが、何がそんなにいけないのだろうか。

しかし老人の逼迫した雰囲気からそれを聞くのは躊躇われた。
静寂が時を支配し、刹那が無限に感じられる。
重苦しい空気は、あまり好きじゃないな。

「なんと! これは新しいタイプの呪いじゃな! 私には解けぬ、許して下され。うくく……」

アレンの事を診ていた老人が突然絶叫する。
うくくって何だ、うくくって……

「悪魔のしっぽ自体は珍しくないんじゃ。じゃが、何かが違う……」
「……教会の神父様にもお願いして駄目だったので、あなただけが頼りだったのですが」
「まぁアイツらには到底無理じゃろうな。呪い自身を知ろうとはしないのじゃから」
「どうすればいいのでしょうか」
「そうじゃな。まず――」
「おらぁ〜! ジジイいるか〜!」

とその時、勢い良く扉が開かれ慌しく誰かが入ってくる。
お、先程城門前で吹き飛ばされてた人だ。

「……何じゃまたお前か。一度では懲りんヤツだな」
「何ぃ? まだ何も言ってねぇだろ!」
「言わずとも分かるわい。呪いは呪いを呼ぶとはまさにこの事……愚かなお前が再び呪われてここにやってくる事はむしろ分かっておったわ」

知り合い、なのか。
家族ではないようだが、遠慮がまったくと言っていいほどないな。

「うるせー! じゃあさっさと治せよ! そんであのヒゲ兵士をぶっ倒してやる!」
「煩いのはお前じゃ。お客に失礼じゃろう。 それにお前の呪いも解く事は出来んようじゃ」
「あ? 何だよそれ!」

その言葉に対していきり立つ男を制し、落ち着かせる老人。
何だかんだで老人には逆らえないらしい男は大人しくアレンの隣に座った。
老人はアレンと男の顔を順番に眺め、少し考えるような仕草で溜め息をつく。

「これも何かの予兆、なのか」

独り言をつぶやく。
何か重いものを感じ、それに返答する事は出来ない。
静かに開かれた老人の目が、アレンと男をジロリと睨む。

「いいか2人共、勇者の泉を目指すのじゃ」
「勇者の泉……?」

「ラダトームの西、ローレシアの北、サマルトリアの東。そこで清めてもらえば、もしやな」
「行った事ねぇよ……ってか何で今治せないんだよ……」
「僕はあります。ですが、今そこに行けるかどうか……」

世界地図をアレンが困惑の表情で見つめる。

「現在の地理的状況は非常に混濁していると僕は考えています。誰一人として正確に道を把握している者はいないでしょう。地図の全修正も検討しなくてはいけないかもしれません。このラダトームに無事にたどり着けた事でさえ、今では奇跡に思えます」
「ふぅむ……つまり、勇者の泉が今もあるとは言えない。そうじゃな?」

コクリと頷くアレン。
唸る老人。
そして憤慨する男。

「何とか言えよ! 呪いの第一人者なんだろ?!」
「……呪いはお主たちをゆっくりゆっくりと蝕んでいくじゃろう。死ぬ事はないが、死ぬ事の出来ぬ苦しみを味わうやもしれん。呪いの怖さは目に見えぬところにある。しかしな、お主たちは絶望に飲み込まれて終わる運命にはないとワシは見た。故に道無くとも勇者の泉へ行かなければならない」

有無を言わせない老人の言葉に思わずゴクリと飲み込む2人。
蚊帳の外な私はお茶をゴクリと飲み込んだ。

「ここで出会ったのもルビス様のお導きじゃろう。2人で協力し、そこを目指しなさい」

……私は?
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