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暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

第二話 もしもの話
「ふぅ、美味しかった」

もう食べないのか?

「えぇ、すみません。僕、少食なんです」

私はまだ頂くよ。
朝食はしっかり食べないと元気が出ないからな。
それに確かに美味しいし。

「ごゆっくりどうぞ」

あわただしく宿屋を追い出された私が何故この男と朝食、
もとい昼食を一緒にしているかをまずは説明しなければなるまい。
その理由は単純にして深刻な問題だった。
お金がない。
ドラマのタイトルじゃないぞ?
泊まった覚えのない宿代は私の持っている金で払う事は出来なかった。
つまりこの男に借りが出来てしまったという訳だ。

「何か当てが出来るまでは僕を頼りにして下さい」

私を気遣うようなその言葉とは裏腹に、
男は私と居られる理由が出来た事を喜んでいるようだった。
そして言うが早いや、男は私の腕を取って近くにあった定食屋に連れ入った。

きっとその内、とても言えないような事を私に要求してくるのだろう。
私は断る権利もなくこの男の手に落ちてしまう、というシナリオだ。
う〜ん、エロいな。

そんなくだらない事を考えられるくらいに私は落ち着けたようだ。
と同時に、可笑しくなってつい笑ってしまいそうになった。
昨日の今日にはこうして名前も知らない男と一緒にいるのだから。

それとも、この出会いにも意味があるのだろうか。
食後にココアを頼み、本題へと入る。

「アレンです。呼びにくければアリィでも」

あぁ。私はしなの、と言う。
じゃあアレン、君の話を聞いてもいいかな?

「えぇ。そうですね、では今朝の事から話しましょうか」

テーブルの上でアレンが手を組む。
食後のまったりとした空気の中で時計の針の音だけが場を支配していた。

「もし……」

もし……?

「もし目が覚めたらそこが見知らぬ宿屋だったら」

……凄い仮定だな。

「そしてベッドの隣にはこれまた見知らぬ美女。前後不覚になって連れ込んだか? いや、むしろ記憶ははっきりしている。昨日は自分のベッドで眠りについた、と」

……私の隣で寝ていたのか?

「えぇ。あっ、大丈夫です! もちろん、何もしてませんから」

寝顔を見られたのか。
こんなに恥ずかしい事はない。
気まずさを隠す為にココアに口をつける。
その暖かさが心地良い。
うん、それで? と話を促す。

「今朝僕は外を少しだけ見て周りました。けれどこの町は初めてだった。故に一つの仮定が導き出されます。それは、この世界が僕のいた世界とは違うのではないか、という可能性」

ふぅん……その前提は?

「……僕はある理由で世界中を旅した事があります。知らない町はありません」

その話が本当なら……
信じがたいけれど本当なら、確かに君と私は同じだ。
しかし君は私と違ってさほど動揺しているようには見えないが?

「話は通じる。料理を食べる余裕がある。危機迫っている訳でもない。そして、お金の心配もない、と」

と言いながら金を取り出し、テーブルに置く。
どうやら飯代も払ってくれるらしい。

しかしな……それなら尚更分からない事がある。
何故私に付きまとうんだ?
困ってる女性はほっとけない性質なんだ、とか?

「そうですね」

皮肉に対してアレンは何故か楽しそうに、少しだけ考える仕草をした。


「あなたの事が気に入ったから、でしょうか」

そういう事を軽く言うから……
こうして私はフラれた次の日に口説かれてしまったのだった。
何だか嬉しくない、な。
たくさんシャワーを浴びて寝るとしようか。

清潔なシーツに、暖かいベッド。
どんな時でも、どんな場所でも、眠る瞬間だけは安心していたいと思う。

その日私は、私の世界の夢を見た。

「…なのさん……しな……」

目覚ましが鳴ったら、仕事の準備……
それまでは寝れる……

「しなのさん、しなのさん?」

ん……
目を開けると昨日と同じようにアレンの顔。
あぁ朝か……おはよう。

「おはようございます、しなのさん。起き抜けで申し訳ないのですが……」

ん、まぁ気にするな。

「いえ、その……町が無くなってしまいました」

何を言ってるんだ、いきなり。
私はちゃんとベッドで……うん?

「……昨日から分からない事だらけですね。けど、ここに居ても仕方ありません。出発しましょうか」

どこに? と問い返すとアレンはさぁ? とのん気に、だけどどこか楽しげに笑った。
アレンの手に引かれて草のベッドから抜け出す。

あぁ……今日は美味しい朝食が食べれないのか……
落胆しながら昨日まで町があった場所を調べていると何やら立て札が。

なんと立て札は裏側だった!

"望みの町へようこそ。一夜限りのおもてなしは、あなたの望むがままに"

何だそれは?

「……僕たちは幻を見ていたのかもしれませんね」

そんな馬鹿な。
昨日の出来事が全て嘘だと言うのか?

「嘘、ではありませんよ。こうして僕としなのさんは出会っているのですから」

まぁ、確かに、な。
……あの朝食もシャワーもベッドも私が望んだ、のか。

「……ハーゴンの仕業なのか?」

ん? 何か言ったか?

「いえいえ。一応道もある事ですし、先を目指しましょうか」

先とはどこの事を言うのだろう。
光の柱を所々に形作っている林道へと足を進める。
振り返り、どこか寂しそうな立て札にサヨナラを言った。
バイバイ。
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