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暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

第一話 不思議の国のしなのさん
気持ち悪い……頭痛が痛い……
うぅん……
ベッド際のシーツを片手で頭に引き寄せ、
眠りの中から私を引き起こそうとする明るい光から逃げるように体を丸める。
何でだっけ……

ん……そうだ。
私は、フラれたんだった。
それでヤケ酒を……
……思い出したらまた気持ちが沈んできた。
今日は一日中寝ていようか。

「ちょっとお客さん!」

扉を叩く音と共に誰かの呼ぶ声がする。

「お客さーん! もう起きて下さいよ〜!!」

うるさいな……
私は今悲しいんだ。
ほっといてくれ。

「ったく……これじゃあ眠り姫だな」

そうそう。
姫様の眠りを妨げるなんてのは重罪だぞ。

「ちょっと、見てないでお願いしますよ」
「あぁ。さ、姫。もう起きませんと」

思わず従ってしまうほどに優しい声。
ゆっくりと目を開けるとそこには若い男と、その後ろに髭を生やした中年の男。
両者の顔に見覚えはなかった。

「おはようございます」

ニッコリと微笑む若い男。
私はそれに答えず、目だけで威嚇する。
寝起きを見られる事ほど恥ずかしい事はない。

「すみません。もうチェックアウトして頂きたい、とご主人がおっしゃるものですから」

赤く充血しているであろう私の目を見ながら男が申し訳なさそうに言う。
チェックアウト?
ご主人?
そういえばさっきも私の事を客と呼んでいたな。
私はホテルか何かに泊まっただろうか。

聞きたい事は山ほどあるように思えたが、まずは身支度と頭の中を整理したかった。
分かった。では15分ほど時間をくれないか?
そう男に告げる。

「もちろんです」

2人が部屋から出て行ったのを見計らってベッドから抜け出し、
窓際で陽の光を浴びながらグッと伸びをする。
硬い体に血が通い始める感覚は、一日の始まりを告げてくれる。。

普段着のまま寝ていたらしく、カットソーがシワシワになってしまった。
デニムのショートパンツも少々ごわついていて着替えたかったが、
今はお色直しをする事は出来ないようだ。
とりあえず髪を軽くとかして部屋を出た。

「ったく……」

忙しいのに、とこぼしながら主人は私が寝ていた部屋に入っていった。
何がそんなに不機嫌にさせているのだろうか。

「もうよろしいのですか?」

振り返ると先程の若い男が近づいてくるところだった。
背は私より高く、切れ長の目は優しい輝きを放っている。
体をタイトに包む服と少し流した前髪がその整った顔に似合っていた。
その歩き方さえ絵になるくらい、一種の美しさを感じる。

あぁ、すまなかった……寝起きがどうしても悪くてな。
と、本当の事が言えずに嘘を付いてしまう。

「いえ、私の事は」

男は目を閉じ、気になさらないで下さいと言いたげな仕草をする。
と言うか、君は誰だ。
私は行くぞ?

「あぁすみません……
   では一緒に朝食でもどうでしょうか。
   起こしてしまったお詫びという事で」

その意見には同感だが、悪いな。
ナンパはお断りだ。
第一そんな気分じゃあ、ない。

「ちょっと待って下さい! 僕は――」

そういう男だったか。
外見だけが武器の優男。

「……あなたはこの場所に見覚えがない。そうではありませんか?」

男の横をすり抜けようとした足が思わず止まる。
……何故それを知っている?

「僕があなたと同じ、だからですよ」

私の心を読んだかのような男の答えと、初めから変わらぬその笑み。
それはこれからの出来事を予感させるにはあまりに小さな不思議だった。
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