◆bvTKLCRja6の物語



第7話

レーベの村をさらに東に進む。
途中、何度か現れるモンスターに盗賊の男フランは一切戦おうとしなかった。
迫りくる攻撃をただ避けるのみ。

「悪いが俺は、戦闘は専門外なんでな。アンタにまかせるぜ」

盗賊だけあってか身のこなしはかなり素早く、華麗とも言うべき動作で俺の背に隠れる。
モンスターの攻撃を俺が仕方なしに受け止め俺一人で片づける。
RPGとかやっててたまにいる「着いては来るが戦闘に参加しないキャラ」って感じだった。

案内役として頼んでしまったから文句は言えないが、体の運び方はどう見ても一級品。腰につけた短剣は飾りか?と問い詰めたい。

………隠してやがる。


…………。

……。


そのままフランは一度として短剣を抜かず、そうこうしている内にフランの言っていた池のほとりに辿りついた。
そこは森を少し奥へ入った所にあり、池とは言い難い水溜りの出来た様な場所だった。
道も無く目印という目印はほとんど無い。全く知らぬ者がこの場所を見つけ出すのは難しいだろう。

「なるほど。こりゃ見つけられない……」
「だろう。ずっと使用されてなかったからな。草木が道や入口を隠してしまったのさ」

こっちだ。と言うフランの後をついていくとその入口はあった。遺跡の様な、地下へ続く人工的な階段。
フランに続き階段を下りる。
細く暗い道が続いていた。

その先にやや広い空間が現れた。
がらんとした何もない部屋……と思いきや、一部分の壁が崩れていた。
壁は相当な厚さだったらしく崩れた壁が周囲に瓦礫となって飛散、堆積していた。
奥に小さな小部屋が見える。

「今まではずっと封印されていたんだ。一度として利用されることもなく」
「封印?」
「この壁、強力な魔法で組み立てられていたらしい。誰がどうやっても崩せなかった」
「何故、今は崩れているんだ?」

崩壊した壁の破片を拾い上げる。力を込めて握るとそれは砂の様にボロボロとこぼれ落ちた。魔法の効力はもう無いらしい。

「一年より前の話だ。アリアハンから旅立った勇者はこの壁をどうやってか破壊し、他の大陸へと渡って行ったんだ」
「勇者……」

ベティの語っていた勇者の話を思い出す。
一年前に勇者と魔王は戦い、そして勇者は敗けた。その勇者か。アリアハン出身だったのか。

………もしかしたら、いや、やはりか。ベティのあの強さ。勇者と旅を同じにした仲間だったのかもしれない。



小部屋にはさらに地下へと続く階段があり奥へと進む。
突如、迷路に迷い込んだかの様に四方に道が分かれたフロアが存在していた。

「おっと、こっちだったな。しっかり着いてきな。足場にも気をつけろよ。モンスターは頼むぜ」
「……どうなってんだこの地下。どうしてこんな手の込んだ地下道なんか作ったんだ?」

会話の最中、巨大な芋虫のモンスターが1匹現れ、何をするのかと思えばくるくると丸まって体当たりをしてきた。
フランが避け、俺が剣で受け止める。今までにない衝撃。
このモンスターはアリアハンに生息するモンスターより強い。
と言っても毛が生えた程度。問題無く斬り伏せた。
……つーか戦えよフラン。そっちのが避けるより楽だと思うが。

「定かでは無いがここはアリアハンがロマリアに地上から攻め入るために作ったと言われている。まだ魔物のいなかった時代だ」
「……それって、人間同士で戦争してたってことか」
「今はもうそれどころでは無いがな。逆に言えば、そのお陰で手を取り合っていると言ってもいい」
「へえ…」

聞かなきゃよかった。どこの世界でも一緒じゃないか……。

「作った側はルートを迷う筈がない。しかし、ここを利用して攻め入られる場合は迷わせることが出来る」

それが入り組んだ地下を作った理由か。
今は亡き勇者。お前はここを通った時どう思ったんだろうな。

…………。

……。


「これが、旅の扉……!?」

地下の最奥。
突き当たった場所の地面から、奇妙な青い光が溢れ出ていた。
人一人が通れる程の大きさ。反時計回りに渦を巻いている。

「見るのも初めてか?」
「ああ。不思議な感じだ。これに、飛びこんだらワープするのか?」
「一瞬の内にな。稀に移動に失敗して身体がバラバラになってしまう、なんてことはないから安心して飛びこめ」
「こええこと言うなよ」

フランは黒布のマスクの上からフフッと鼻で笑った後、そのまま渦の中へと飛び込んで行った。
霧の中へ掻き消えるように跡形もなく消え去った。

「……俺の住む世界に在れば、学校に遅刻しなくて済むんだけど」

俺は深く息を吸い込み、止め、目をつむり渦を巻く光の中へと飛び込んだ。

………苦しいッ。
と思うのも束の間。浮遊感を感じた数瞬の後にはもう重力が再び身体を襲っていた。

目を開ける。
暗い。足元は草。肌に風を感じる。外だ。
すぐ隣に、フランがいた。

「よう。ちゃんと来れたみたいだな。バラバラにならず」
「……当然だろう」

外へとワープしてきたようだが既に日は落ち真っ暗だった。
地下を進んでいる内に夜になっていたようだ。



「ここから真っ直ぐ北に向かえばロマリアは見えるだろう。3、4時間ってとこだな」
「ってことは明け方には間に合うか。うーん……」

少しばかり眠いが、もう少しでロマリアに着くと言うのならこのまま行った方がいいか。
そう考え、フランの意向を確かめようとして問いかけたのだが、返事が無い。

どうしたのかと顔を見ると人差し指を口元に当て「しっ」の一言。
なんだ。何か様子がおかしい。
元々鋭さのあった目つきが更に鋭さを増していた。遠くの一点をジッと睨んでいる。

「ど、どうしt……」
「黙れ」

言いかけのところをすぐに断ち切られ言葉を飲み込む。何かいるのか。
その視線の方へと目を向けてみるが暗く俺には分からない。

「………アンタ。やっぱり盗賊団に入る気は無いのか」
「な、なんだよまた急に…。」

フランの小声に小声で返す。
意味がわからない。何故この場で聞くんだ。つーかどうしたんだよ。誰かいるのかいないのか。

「やっかいな奴に狙われているんだな……」
何を言ってる。俺が?誰に?
「盗賊団に入ると約束しろ。ならば助けてやらんこともない」
助け?なんだよそれ。誰がいる?
「…と言っても勝てる保証は無いがな」
声が震えてる。お前、強いんじゃないのか?

「はやく決めろ」
語気を荒々しく急かす問いに俺は「無理だ」と答えた。
「…そうか」
「違うぞ。盗賊団に入るのが無理って言ってるんじゃなくて決められないっての」
「いやいい。みなまで言うな。だったら逃げろ。旅の扉を使え。アンタが狙われているんだからな」

冷静さを保とうとしている様だったが、声は早口で慌てているのが分かる。マスクで表情は読み取れないが。
一体。誰が。どうして俺を狙っているのか。なぜ狙われているのがフランでなく俺だけだと分かる?



「じゃあ行けよ。フラン。俺が標的なら戦うのは俺一人でいい」
「な、んだと。……死ぬぞ。一応アンタの強さを把握した上で忠告するが」
「ああ。死んだらそれまでの男だってことだろ。生きてたらまたどこかで会えるだろう。案内助かったよ」
「………チッ。わかった。……まったくおしい奴だ」

視線を暗闇の先から俺へとよこしたフランは、惜しげに俺の顔を少し眺めた後すぐに向きを変え、旅人の扉へと姿を消していった。

……結局、フランの強さも盗賊団の詳細も分からずじまいになってしまった。
分かるのは、暗闇の先に俺を狙う何者かが潜んでいるということ。強い何者かが。

眠気などとうに吹っ飛び、死んでも全く持って構わない俺は好奇心に駆られ、フランが視線を向けていた方へ歩き出した。
地面は背の短い草が一帯に茂っていて物音を立てずに歩くのは難しい。

……どれくらい強いんだろうか。どんな奴だろうか。一目見る間もなく殺されてしまってはかなわない。
銅の剣を抜く。なんか盾でも買えばよかったな、と思う。

「俺を狙う理由は何だ?」

少し進んでから暗闇の中へ向かって話しかけてみた。気配は全く感じられない。
俺には索敵能力が無いのか、それとも相手の隠密能力がよほど長けているのか。
だがフランはすぐに何者かの気配を感じ取っていた。盗賊のなせる技か。
なら潜んでる相手も盗賊かなんかの同業者?
しかし、狙われる理由がさっぱりわから…

「………っない!!」

咄嗟に身体を捻った。
が、それは俺の左腕に突き刺さり、反対側へ勢いよく抜けていく。
一瞬闇に小さく光った何かが、俺めがけて飛んできた鉄の矢だと気がついたのは左腕を突き破った後だった。

「くっ!!」

さらに同方向から、二発、三発と飛んでくる。一つを剣で弾き、一つは俺の頬をかすめていった。
暗闇じゃ飛び道具にまるで目がついていかない。
はっきりとは分からないが今のは矢ではなくもっと小さいクナイの様なものに見えた。

だがどうでもいい。
相手は姿を現した。人間の様だ。
暗がりの中、全身黒ずくめ。頭から頭巾を覆い被っている。
まるで忍者のような風体。

「日本じゃあるまいし…。つーか日本にもいねえっての」



片手に鎌が見える。その取っ手からジャラリと鎖が繋がっている。鎖鎌って奴か。

「なんで俺狙ってるんだ?」
「…………」
「俺何か悪いことしたか?」
「…………」
「どうして俺がここを通るって分かった?」
「…………」

痛い目あわせなきゃ口は割らないようだ。出来るか俺。
つーかなんで人間同士で戦ってんだよ。相手が違うだろ。魔王倒しに行くだけなんだけどな……。

「ったくもう。話になんないな。殺したいなら早く殺せ」

こちらから距離を詰めることにした。
ベティには負けてしまった俺だが、人間の力を超えた強さを持っているのは自負している。
簡単には負けはしないと思った。が。

「…………っくそ。毒……かよ」

前に進もうとして、俺はそのまま倒れた。
矢で腕を射抜かれた時、若干感じていた痺れ。それが相手に飛び掛かろうとした瞬時、一気に全身に及び俺は動けなくなった。
指先すら動かせない。喉もやられるようだ。声が出せない。
目だけが動く。
黒ずくめの奴が音も無く歩み寄ってくるのが見える。
自分の吐く息の音が聞こえるということは耳は正常のようだが、近づいてくる足音は全く聞こえない。
卓越した足運び。

こいつは、俗に言う暗殺者って奴だろうか。
盗賊なんかよりもきっとずっと人殺し、戦闘に長けた存在。
フランが逃げ出す程の。

………暗殺者?
だとしたら。
ベティは。
狙われていないのだろうか。

「…………」
「…………」

俺の首に鎌が当てられる。容赦しないようだ。
間近から頭巾の奥に隠れた瞳をじっと睨む。

それは、間違いなく人間の瞳だった。

続く。