◆IFDQ/RcGKIの物語



Stage.6 ミイラ男と星空と(後編)

----------------- REAL SIDE -----------------

「別に急ぐ必要なんかないですよ。所詮ゲームです、本当に死にやしませんから」
 早く帰ろうと焦る俺に、ショウはあっさりそう言い切った。
「でも相手が死んだら俺も消えるって……」
「確かに消えはしますけど、主人公は自動で生き返りますし。相手が蘇生すればこっちも元に戻ります。誰かの前でいきなり消えたり出たりしたらちょっとまずいかな、というていどの問題なんですよ」
「マジで? うわー心配して損した!」
 なんだよ、タツミのヤツも復活するのか。神竜も紛らわしい言い方しやがって、死んだらそれまでって意味だと思い込んでいたから、気が気じゃなかったっつーのに。
「――ただ僕たちにも、一応『生き返らない条件』ってあったじゃないですか」
 ショウが続けた言葉に、俺はつい顔をしかめた。あまり触れたくない話だ。
「あったな。心から絶望して自殺したら生き返らない、とか」
 もっとも主人公の自殺判定はかなりシビアで、ほとんどは戦略上の理由として片付けられて自動蘇生の対象となる。成功することは滅多にない。
 正義の主人公というのは、そう簡単には死なせてもらえないものだ。
「一応そこは気をつけた方がいいでしょうね」
 まあうちのあのプレイヤーに限っちゃ、まずあり得ねーな。
「ちょっと待ってください。コーラでいいですか?」
 表通りに向かう途中の自販機の前で、ショウが立ち止まった。コインを入れ、一斉に点灯した購入ボタンのうちのひとつを2度押して、先に出てきた缶を手渡してきた。
「えっと……」
 どうすれば、と思うと同時に、相手が自分の缶を目の前に持ってきた。
「ここに指を引っかけて、こうやって開けるんですよ」
 プシュッといい音がして、缶の上に水滴型の穴が空く。うまくできてるもんだ。 
「あんがと。そういう細かいとこが、ところどころわかんないんだよなぁ」
「僕も苦労しました。こっちじゃ常識だから、聞くに聞けないし」
「わかるわかるw」
 プレイヤーの生死に神経質になる必要はないとわかったし、事情が同じヤツと話しているのもあって、俺はすごく気が楽になった。
 やがて大きな通りに出ると、ショウは片手を上げて一台の車を止めた。屋根に変な形のランプがついている。
「住所がわかってるなら、こうやってタクシーを拾った方が早いですよ」
 なるほど、勉強になります。
 自動的にドアが開いて、ショウが先に乗り込もうとする。
「待てよ、これに乗ってけば帰れるんだろ? わざわざついて来なくてもいいんだぜ」
 さすがに俺も遠慮したんだが、彼は首を振った。
「落ち着かないんで、きちんと家まで送りたいんです。嫌じゃなければ、ですけど」
 嫌なわけはない。本音ではありがたい申し出だ。やっぱこっちの人間と違って、向こうのヤツはみんな親切だよなーっ。
 人工の光に溢れかえる街中を、車がゆっくりと走り出す。
 さて、いい機会だし、あとはなにを聞いておこうかな――。

「ところで、さっき『心配した』って言ってましたよね?」
 俺が口を開く前に、少し低いトーンでショウが聞いてきた。
「言ったけど、どうかしたか?」
 ふと、彼の顔から笑みが消えた。
「プレイヤーに同情は禁物ですよ」
 一瞬、返す言葉に詰まる。相手は「ふぅ」と溜息をついた。
「右も左もわからない異世界で、お互いに自分の正体を知っているのは立場を交換した相
手だけ。情が湧くのも当たり前ですけどね。でも、地位も名誉も、家族も仲間もすべて捨
てて――よっぽどの覚悟を決めて、こっちに来たんでしょう?」
「そりゃ……まあ」
「プレイヤーに同情してクリアまで手伝ってたら、すべてフイになりますよ」
 こいつは、本当はそれが言いたくてタクシーに乗り込んだんだなと、俺は悟った。冷たく突き放したような内容だが、言ってる本人も少ししぶい顔をしている。
「僕も最初はずいぶん悩みましたよ。プレイヤーも『帰りたい』って泣きましたし。でも考えてもみてください。相手は、つかの間でも現実の生活を忘れたくて『ゲーム』を楽しんでたんです。慣れれば必ず向こうを選びます。現に僕のプレイヤーなんて、一週間で永住を決めましたよ」
「帰りたくない、って?」
「もちろん、そうなるように僕も誘導しましたけど。――今は僕たちが『プレイヤー』なんですから、うまく相手を動かさないとね」
 小さく肩をすくめて、彼は俺を見た。
「あとは好きに生きればいい。いつまでも相手のフリをする必要もありません。僕たちがこっちで生活するために利用してるだけで、どうせ親兄弟も赤の他人なんだし」
 その通りだった。
 俺が感じていた不安や疑問をすべて的確に晴らしてくれる答えだ。
 ただ――なぜか俺はそこで、すぐに返事ができなかった。
 黙り込んだ俺に、ショウはフッと笑った。
「よけいなお世話、でしたか?」
「いや……そうだな。お前が正しいよ」
 救うべき世界をプレイヤーに押しつけて逃げ出してきた罪悪感と。
 命懸けで守ろうとした世界が作り物だと知ってしまった虚無感と。
 全部振り切って、ここで生きていこうと決めたのだ。いまさら引き返せない。

 車が停まった。いつの間にかタツミのマンションの前まで来ていたのだ。
「そう言えば、あなたはこちらでは、なんて?」
「タツミ。三津原辰巳」
「いい名前じゃないですか。……じゃあまた、頑張ってくださいね、タツミ君」
 俺を降ろしたタクシーは、少し行った先で角を曲がり、すぐに見えなくなった。



----------------- REAL SIDE ANOTHER -----------------


 ――1台のタクシーが夜の住宅街をすべるように進んでいく。
 とあるマンションの前でいったん停車し、黒髪の少年を一人降ろして再び走り出す。
 その車は、近くの十字路を折れてマンションからの死角に入ると、もう一度停まった。
「ここまででいいです」
 後部席に乗っていた黄色シャツの少年が運転手に告げた。財布から紙幣を数枚出して、座席の間のカウンターに置く。運転手は紙幣を数えると、メーターの示す金額を引いた釣り銭を代わりにカウンターに置いた。
「ところで、さっきのはゲームの話だよね?」
 運転手が聞いてくる。少年は釣り銭を財布に戻しながら「ええ」とうなずいた。
「いまどきのゲームって凄いよねえ。自分みたいなオジサンにはついていけないよ」
「やってみたらそんなに難しくもないですよ。特にドラクエとかは」
 少年は愛想良く答え、車を降りた。

 そして、走り去っていくタクシーのテールランプに向かって、少年は呟いた。
「近いうちに、嫌でもかかわることになるけどね――」
 さきほど別れたもう一人の少年が帰っていったマンションを注意深く眺める。4階の右端の部屋に明かりが灯ったのを確かめると、携帯電話を取り出した。
「……僕です。やっぱりゲームサイドの人間でしたね。でも、あんまり期待できないと思いますよ。なんか人の良さそうな子だし。……いや、それはないと思いますけど」
 通話口の向こうで懸念を示す相手に、彼は静かに言った。
「もう少し様子を見ましょう。それでもしもの時は……僕がちゃんと、処理しますから」
 彼はもう2、3言交わしたあと、通話を切って歩き出した。
 街灯と街灯の合間にある影の溜まりに踏み込んだところで、ふと立ち止まる。
 次の瞬間、そこから光の柱が立ち上がり、空を貫いていった。
 あとには誰の姿もなかった。




----------------- GAME SIDE -----------------


「少し、いいかな」
 僕は周囲を警戒しつつ、エリスに小声で話しかけた。
「……はい」
 暗闇の中から、エリスのか細い声が返ってくる。
「死んだ時、生き返ることが "不可能" な条件って、なに?」
 この世界じゃあまりに常識だからか、かえって本なんかには載っていなかった。こんな時に話したい内容ではないが、こんな時だからこそ早めに確認しておくべきだろう。
「そうですね。自ら命を絶った者は生き返らないケースがあります」
 彼女がゆっくりと答える。知らなかった、自殺は蘇生対象外なのか。
「それから、魂を呼び戻すための器である肉体が必要です。半分もあればいいそうですが」
「つまり、バラバラになったら半分くらいはかき集めろってこと?」 
「ですね」
 ふー。ますます「血はダメだ」とか言っていられなくなってきたな。
 ってかおかしいよこのドラクエ。堀井先生もそこまで生々しい世界を想定して作ってたとは思えないんだけど。
「あ〜、それで遺体を運ぶときって、やっぱりアレに入れて引きずるの?」
「折りたたみ式の車輪の付いた棺桶が人気があるそうです」
 さいでっか。
「うち棺桶なんか用意してないけど、ふくろに詰め込んでもいいのかな……」
「それだと、教会に渡すとき、うっかりパーツを取り出し忘れたりしそうですね」
 エリスがフフっと笑う。うわー、ありそうだ。
「あとからアイテム出そうとしたら、干涸らびた腕とか出てきたりね」
「それでサミエルなんて『記念にとっておく』って言い出すんですよ」
「やーめれー。なんの記念だよ〜w」

 しっかし僕らも不謹慎な話をしてるよなぁ。まあエリスも笑ってくれたし、少しは気が軽くなったかな。
 あとは脱出をどうするかだけど……。

「勇者様」
 不意に彼女が動く気配がした。やわらかい重さが僕の全身に被さってくる。
 首に回される細い腕。耳元でささやく、優しい声。
「私は、いいんですよ……?」
 エ、エリス!? びっくりして混乱しかかった僕に、彼女はちょっと笑った。
「落ち着いてください、勇者様。あなたは頭のいい人ですから、本当はずいぶん前から、決断されていたのではないですか?」
 この状況で、どうするのがベストなのか――。
「それでいいんです。冒険には、よくあることですもの」

 ………………頭の芯が、すうっと冷えていくのが自分でわかった。

「じゃあ、ちょっと様子を見てくるから、君はここで待っててくれる?」 
 気がつくと、僕は彼女にこう言い渡していた。
 エリスはどこかほっとしたような、諦めたような、そんな笑顔でコクリとうなずいた。
「なるべく早く、帰ってきてくださいね」
「もちろん」
 即答した僕に、彼女は少し迷ってから、そっと唇を重ねた。
 全面的な肯定を態度で示してくれたのだろう。本当に優しい子だなぁ、と思う。

 そして僕はエリスと別れ、一人で通路を歩き出した。
 まずは現在位置をはっきりさせよう。頭の中にピラミッドの地下室のマップを引っ張り出し、落下した位置と逃げてきた方向を照らし合わせる。たぶん、このあたりは出口に近い方の区画のはず。例の隠し階段もこの辺だ。
 上に置いてきた二人だが、戦闘面はお任せのサミエルに、お堅い職業の割には機転の利くロダムがついていればまず心配ない。事前の打合せ通りに他の宝箱をすべて無視し、地図に従って進んでいれば、もう魔法の鍵を取って脱出してもいい頃だ。
『構うな、鍵を探せ』
 あれは一応、そこまで計算した上での指示だ。
 もう一つ。地下室に散らばっている死体をいろいろ観察しているが、さすがピラミッドパワーが効いているのか、どれも意外と保存状態がいい。きれいに片付いている地上と違って、地下には死体を食い荒らすようなモンスターもいないようだ。
 以上より、結論はこうなる。

 【さっさと脱出して、3人で彼女を「回収」しに戻った方が早い】

 しばらく進んだところで、後ろからエリスの叫び声が聞こえた。助けを求めるものではなく「さっさとこっちに来なさいよ!」とか「やれるものならやってごらん!」なんて、彼女らしくない威勢の良い啖呵を切っている。
 そこかしこでざわめいていた魔物の気配が、そちらへと流れていくのを感じる。
 僕はただ、敵との遭遇を避けることに専念しつつ、出口を目指して進む。
 本当は、地下に落とされた瞬間にここまでのシナリオはできていた。先刻の「死」についての談義も、彼女が自発的に囮役を引き受けてくれるのを期待してのものだ。
 どちらも今になって気付いたことだけど……結局僕は、こういう人間なんだろう。

   ◇

 途中で何度かミイラに襲われたが、ここでも星降る腕輪が効力を発揮して助かった。
 とはいえ、なんとか地上までたどり着いた時点でほとんど立っていられない状態で、僕はその場に突っ伏したまま動けなくなった。
「勇者様! ご無事でしたか!」
 その途端にロダムの声が聞こえた。いやはや、僕の計算も大したもんだね。
「エリスがまだ中にいるんだ。案内するから、急いで僕を回復してくれる?」
 可能性は低いけど、まだ間に合うかもしれないし。
 ……が、サミエルとロダムはなにやら戸惑ってて、顔を見合わせたりしている。
 ちょっと、そっちも疲れてるかもしれないけど、早くしないとエリスが可哀想だから。
「それともロダム、MPない? 薬草でもいいよ」
 僕の方は使い切っちゃったけど、ロマリアで買い込んできたからそれは残ってるはずだ。
 だが、彼らの道具袋に手を伸ばそうとしたところで、ロダムに止められた。
「お待ちください勇者様。もうよろしいですから」
「は? なに言ってるんだ、エリスがまだ中にいるんだよ?」
 思わず声が荒くなる。年配の僧侶は、まるで諭すように穏やかに続ける。
「彼女は我々が迎えに行きます。こちらの地図に印をつけてくださればけっこうです」
「俺らの方は全然OKッスから。勇者様のお陰でホントにお客さん扱いで、あのあとまったく敵も出なくて……」
「僕が案内した方が早いって言ってんの。いいからさっさと回復して!」
 さらに言いつのる僕に、ロダムとサミエルはますます困ったような顔をする。

「では言い方を変えましょう。地下に置いてきたということは、彼女を助けに行くのではなくて、遺体の回収に向かうということなんですよね?」
「そうだね。はっきり言ってしまえば」
「でしたらそこまで急ぐ必要もないでしょう。それに正直なところ、疲弊しているあなたを連れて行くより、我々だけで向かう方が楽なんです」
 あーなるほど。僕を連れて行くメリットとデメリットを考えると、デメリットの方が大きいということか。戦闘じゃまだまだお荷物にしかならないもんなw
「了解。確かに二人に任せた方が効率的だね。いいよ、地図貸して」
 差し出された地図に印をつける。回復呪文を受けてる間に、地下での注意点を簡単に説明して、僕はすぐに二人を送り出した。

「さすが最年長、冷静で助かるね」
 二人とも妙な顔で僕を見てたのは気になるけど、エリスの件はこれで片付くだろう。
 預けられた『魔法の鍵』を見てみる。それは小さくて煤けてて、想像よりずっとみすぼらしいシロモノだった。伝説のアイテムといってもこんなもんなんだろうか。
 さてと、みんなが戻ってくる前に、一応あの人にも報告しておこうか。心配してるかもしれないし……っていうか、イヤミのひとつも言っておかないと気が済まない。
 なーにが「リロードは早めに」だ、バカ勇者。



----------------- REAL SIDE -----------------


 家に戻ってみると、部屋の中は明かりもなく静まりかえっていた。
 玄関にあった女物の靴が無くなっているから、どうやらヤツの母親はでかけたらしい。もう夜も8時を回っているんだが、こんな遅くにどこに行ったんだろうか。
 そういや俺も連絡すら入れてなかったな。放任主義という情報は正しいようだ。

 タツミの自室に入る。テレビは出かける前に消していたから、ここも暗かった。
 明かりはつけずに、ベッドが寄せてある壁側の窓にカーテンをひく。窓に背を向けてベッドに腰掛けると、ちょうど正面にテレビが来る。
 手元にあったリモコンで――どうにも気が向かなかったがーースイッチを入れた。黒光りする鏡でしかなかったモニターが、命を吹き返したように光を放つ。
 が、思ったほどの光量でもない。画面の向こうも夜らしい。
「やっぱピラミッドか……」
 砂漠の真ん中にぽつんと配置されている△の前に、勇者が一人でたたずんでいた。
 あいつ仲間はどうしたんだ。まさか一人旅ってことはないよな。今までろくに連絡を取ってないから、まるっきり状況がわからん。今なら携帯も繋がるだろう。向こうが電源を切ってなければだが――。

 プルルルルルル! プルルルルルル!

 かけようとした途端、向こうからコールがきてちょっとビビった。
「……よう」
『やほーアルス! 今どこ?』
 なんだ、いきなりテンション高いな。
「お前の部屋だ。画面で見てるが、まさか本当にピラミッドまで来てるとはな」
『ふっふっふ、早いだろ。ダテに4周してませんから』
「鍵はもう手に入ったのか?」
『まあね。取ってきたのは僕じゃないんだけど、その辺の報告しとこうかと思ってさー』
 奇妙に軽いノリでしゃべるヤツは、そのまま『実はねー』と続けた。
『ごめんアルス! 君の元カノ、見殺しにして逃げて来ちゃってさ。今サミエルとロダムが回収しに……って、そうそう、この三人が仲間なんだけど知ってる?』
「ああ、1回目の冒険の最終パーティーだった連中だ」
『え、そうなの? 僕はそんな名前のキャラ作ってないんだけどな』
 そのあたりのズレは俺にもよくわからないが。
 それよりお前――その声。
『なんだっけ。そうだエリスちゃん。いやホントごめん、助けたかったのは山々だったんだけどさ。力及ばずというか、ぶっちゃけそこらの高校生には荷が重いっていうかw』
「……タツミ」
『だいたいピラミッド最悪だよ、なにあの罠。ありえないって。本当にここはドラクエかと小一時間問い詰めたい! でもスクエニ本社に問い合わせても意味ないしねー』
「タツミ、落ち着け」
『っていうかアルスが一番ひどいって。こっちは必死だってのに、なにふざけて……』
「タツミ!」
『……………』
 遮られて、急に機嫌が悪くなったみたいに黙り込む。
 参ったな。相手の心情がわかりすぎるだけに、対処に困るというか。
「とりあえず、ちょっと上見てみ。その様子じゃ気づいてないだろ」
 普通は気がつかない方がおかしいってもんだが、俺もあの時は顔を上げる気力もなくて、しばらくわかんなかったからな。
『は? 上ぇ? なんでさ』
「いいから、騙されたと思って」
『上ってなにが――』
 次の瞬間、携帯の向こうで、はっと息を呑むのが聞こえた。
『…………すごい……星が、降ってる……!?』
「そこな、世界的な流星群の観測地帯なんだそうだ。俺も初めて見たときは、言葉をなくしたよ」
 今でも鮮明に思い出せる。遮る物のない砂漠の空いっぱいに広がる星の海と、そこから雨のように降ってくる大量の流れ星と。信じられないくらいきれいで、思わずぽかーんと見上げてたっけ。
「でさ、先にカミングアウトしちまうとな。俺、最初の時そこでかなり泣いた」
『え、泣いた……?』
 タツミがびっくりしたみたいに聞き返してくる。
「泣いた泣いたw だってピラミッドなんて暗いし死体だらけだし、マジこえーじゃん」
 1周目はまだ冒険の進め方もよくわからなくて、序盤の難関のピラミッドでは当然のように全滅寸前になって。
 古ぼけた小さな鍵を握りしめて、たった一人、命からがら逃げ出して。
「もうやってられっか!って叫んで上見たら、そんなのが一面だもんなぁ。なんか急に切なくなって、ずいぶん長いこと一人でわんわん泣いてた」
『そんなこと、あったんだ』
「だからさ、お前も我慢すんな。ーーエリスが死んだのは、お前のせいじゃない」
 しばらく返事はなかった。
 待っていると、やがて少しかすれた声が、途切れ途切れに漏れてきた。
『……でも、僕のミスだし』
 しゃくりあげそうなのを必死にこらえている感じだ。
『こうなること、わかってたのに……僕は、仲間より鍵を優先して』
「まあ指揮官なんだから、目的を優先するのは当然だな」
『でも……女の子を見捨てて、逃げ出しただけで……』
「戦場で男も女も関係ねえよ。その方がいいと判断したことなんだろ?」
『だけど……こんな……僕……勇者なのに……!』
「相手は天下の魔王様だぜ? キレイゴトだけじゃ戦えねっつーの」
『……でも………うぅ……うわぁぁぁぁぁああああ!!!』
 はいはい、それでいいんです。
 リーダー張ってるからには、仲間の前じゃなかなか見せられないが。一人になったときくらい素直に泣けるようにしとかねえと、この先保たねえぞ。これも冒険のコツだぜ。

 ふと、あいつの言葉がよぎる。
(プレイヤーに同情は禁物ですよ)
 しかしなぁ。後輩クンが昔の俺と同じところで悩んでたら、つい励ましたくなるのが人情ってもので。いや、偽善もいいとこだってのも、わかってるけどさ……。
 俺は画面から目を離して、そのままベッドに寝ころんだ。横になったまま、カーテンの端をつまんで隙間から空を眺めてみる。こっちは地上の光が強すぎて、ただ灰がかった闇がよどんでいるだけだ。
 あの星空も、俺が捨ててきた物のひとつなんだろうな。
 堰が切れたように泣きじゃくるタツミの声を聞きながら、俺はそんなことを考えていた。



----------------- GAME SIDE ANOTHER -----------------

 
「いや〜、あんなつらそうな顔してんのに、自分で気づいてないんだもんなぁ」
 地下へ続く狭い階段を下りながら、サミエルは深々と溜息をついた。
「本当はかなりムリしてるんスかね?」
「なんというか……あの子は頭が良すぎるんでしょうな。冷静な考えが先行してしまって、感情が置き去りにされてしまうというのか」
 ここ数日の付き合いではあったが、ロダムも時折、同じ不安を抱いていた。
 モンスターとの戦闘でも、「血はダメなんだよねぇw」などとヘラヘラ笑っていたが、その目の奥に押さえつけられている恐怖は本物だった。だがそれを表に出したところで意味がない、そう理性が先に判断したのだろう。小刻みに震える指先にも、はやり気づいていないようだった。
 今回も、せめて一人にしてあげようと地上に残してきたが、あの少年は一人になったところでそのままのような気がする。なにか切っ掛けがあれば別かもしれないが――。
「えーと、本名なんて言いましたっけ? 珍しい名前でしたよね」
「タツミ=ミツハラですよ」
「だったっけ。呼んじゃいけないとなると、つい忘れるッスよ」

 彼らを迎えにアリアハン城にやってきたその少年は、3人を別室に集めるなり、とんでもないことを切り出した。
「この世界に、勇者アルスはもういません。僕はその人の代理としてここに遣わされた、まったく別の世界の人間です」
 いったいなんの話だ? そうロダムが思うと同時に、エリスが立ち上がった。
「ではあなたはアルス様ではないのですか? アルス様はどうなされたのですか!?」
「わかりません。しかし彼は『勇者』ですから、魔王が関わっている可能性は高い。真実を知るには、やはり魔王を倒す以外に方法はないでしょうね」
 全身から力が抜けたようにガクリと椅子に座り込むエリス。少年はあくまで冷静に、先を続ける。
「ですので、あなた方は偽りの勇者を掲げて旅をすることになります。注意事項は二つ」
 あとで教えるが、本名では呼ばないこと。アルスの名でも呼ばないこと。
「特にこだわるわけではありませんが、咄嗟の時に対応が遅れる可能性があります。対外的にはアルスとして通してもらいますが、普段は肩書きで呼んでください」
「勇者様、ですか?」
 エリスがぼんやりと問い返すと、少年はにっこり笑った。
「結構です。ところで、あなたはアルスの恋人だったそうですね? 僕をここに導いたルビス様が、あなただけは必ず仲間にしなさいと言っていました」
「え、私を……?」
「アルスには、なくてはならない存在なんだそうです。一緒に来ていただけますか?」
 目に見えて元気になった彼女が、大きくうなずく。そこですかさず、彼はテーブルに3枚の契約書を広げた。
「ではここにサインをお願いします。あなたがたはどうなされます?」
 実に手際がいい。サミエルがおそるおそる手を挙げた。
「んで、その……あんたは、魔王を倒せるのか?」
 お前は勇者たるに相応しい人物なのか。戦士の質問に対し、少年はやはり顔色ひとつ変えずに、さらりと言ってのけたのだった。
「倒しますよ。――最短でね」

「俺はハッキリ言ってどうでも良かったんスよね。オルテガさんに憧れて魔王退治に出たいだけだったッスから」
 言いながら戦士が剣を抜く。
 同時に、新たな獲物を見つけたミイラたちが寄ってくる。
「でも、今は『ほっとけない』って感じッスかねぇ」
「私もですよ」
 少年が何者かはわからない。だが彼は確かに、命懸けでこの世界を救おうとしてくれている。そこにどんな事情があるにせよ。
 子供たちにばかり、苦労させるわけにはいかない。二人は全力で武器を振るいながら、仲間の少女の元へと急いだ。